養蜂には”転地養蜂”と”定地養蜂”という方法があります。
転地養蜂とは、季節に応じて花の咲く場所を転々と移動していく養蜂のことです。それに対し定地養蜂は、場所を定めて行う養蜂のことを言います。
千葉県夷隅郡大多喜町の養老渓谷で定地養蜂を学ぶことができる教室、「はちぐみ」が始まりました。はちぐみが取り組む、定地養蜂とは一体どんなものなのでしょうか。
蜂の育つ環境を育てる
千葉県夷隅郡大多喜町の養老渓谷。紅葉の名所でもあるこの地域は、秋になると色づく落葉樹や、人工的に植えられた杉や檜などの針葉樹に覆われています。それら森林に囲まれた小高い山の上に建つ木造校舎旧老川小学校がはちぐみの教室です。
はちぐみでは、養蜂に必要な最低限の技術や大切な心得を1年を通して学ぶことができます。全12回の授業を1年間かけて受講し、定地養蜂家として一人前になることを目指します。
この日行われた1時間目の内容は「蜂を知ろう」。3月から始まる実習に備えて、養蜂の基礎や蜂の生態を学びました。
講師は養蜂家の澤ゆきのさん。はちぐみの代表でもある澤さんは、実家のある大多喜町平沢で、祖父が筍農園を経営していた山を活用するために養蜂を始めました。千葉県の山は、養蜂に適さないと澤さんは言います。杉や桧などの人工林が多いため、蜜源となる花の咲く木が少ないからです。そのため、千葉県の養蜂家は、菜の花や桜などの春の花が咲き終えると、蜜源となる花が多く咲く信州や東北の山間部などへ移動することが多いのです。
このように季節に応じて転々と巣箱を移動させる方法を転地養蜂と言うのに対して、はちぐみが取り組む養蜂を定地養蜂と言います。転地養蜂家が蜜源を求めて移動を繰り返すのに対し、定地養蜂家は、場所を定めて養蜂を行います。夏に花が咲かないのなら、花の咲く種を蒔き、山に花が咲かないのなら、花の咲く木を植えます。蜂が育つ環境を作るところから始めるのが、はちぐみの目指す定地養蜂の特徴です。澤さんはこの定地養蜂家を増やすことで千葉県の山を、花が咲く健やかな山にしていきたいと考えています。
技術や知識の共有で可能なこと
座学が終わると3月からいよいよ実習が始まります。実習の場となるのは、旧老川小学校から車で5分の場所で2.5町の休耕田を再耕した石神菜の花畑。実習を担当するのは千葉県市原市で養蜂を営むonedrop farmの相京さんと岡川さんです。1ヶ月に一回ほどのペースで行われる実習で、座学で得た知識を実践しながら確認していきます。
実習のひとつめは“建勢”です。3月下旬から4月にかけて咲く桜や菜の花の時期に、群の働きを活発にするための準備を行うことで、女王蜂が卵を産んでいるか、無駄巣や王胎はないか、一つ一つチェックしていきます。
相京さん:
「働き蜂が無駄巣を作っていませんか、作っていれば仕事がないということです。だから仕事を与えてあげるために新しい巣枠を入れましょう」
わかりやすい説明に生徒も聞き入ります。
相京さん:
「蜂の生態は人間に似ているところがあるので、人間に例えるとわかりやすい。」
一方で養蜂を教えることは難しいとも言います。個人で始めた養蜂家は、それぞれの考え方があり、それぞれのやり方や売り方で養蜂を行う人がほとんどです。そのため養蜂を学ぶ機会やわかりやすく伝える場、養蜂家同士で技術や情報を共有することは今までほとんどありませんでした。
相京さん:
「技術や知識を占有するのではなく、逆にオープンにしてシェアしていくことで、お互いの苦手なことを補い合い、得意なところを高めあえる、そんな仲間を作っていきたい」
一本の木を切り、一本の木を植える
4月にははちぐみの入学式を予定してます。入学式では、はちぐみの拠点である養老渓谷の山で切られた杉の板を使って巣箱を作ります。
養老渓谷は2019年9月の台風による杉の倒木が多い地域でした。台風で倒れた木が電線を切り、ここ養老渓谷も1週間近くの停電が続きました。道路を走っていると倒木がそのままになっているところが台風から半年近くたった今でも多く目立ちます。
被害をもたらした倒木のほとんどが、人が植えた杉や檜でした。昔は木を植えて育てて売ることができました。隙間があれば木を植えたと言います。それが今は安い外材が多く入ってきたため、国産の杉や檜が売れなくなってしましました。売れると思って植えた杉や檜が、売れずにそのままになってしまったのが今の千葉県の山なのです。
少しずつかもしれませんが、地元の山の木を使う流れを作っていきたいと澤さんは言います。
また、養蜂の必需品の一つに燻煙機という道具があります。巣箱を内見する際に、蜂に煙をかけることで、蜂をおとなしくするための道具です。煙を感知すると山火事だと勘違いをし、巣箱に戻り蜜を守ろうとする蜂の習性を利用します。この、燻煙機で煙を炊く際に、木のチップを使います。はちぐみでは、このチップにも、地元で切った木を使えないか検討しているところです。
また卒業式では、卒業生みんなで花の咲く木を植えます。入学式で一本の木を使い、卒業式で一本の木を植える、とても小さな取り組みですが、大勢でやれば大きな取り組みになります。だからはちぐみは教室を開催し、同じ志を持つ仲間づくりを行っています。皆でやれば、杉だらけ問題だらけの千葉県の山を、蜂が育つ健やかな山へと変えていけるかもしれません。「それぞれは小さな動きかもしれませんが、山を育てることができる定地養蜂家が増えることで大きな動きになれば」、と澤さんは言います。
教室は仲間づくり
はちぐみは養蜂を教える教室であると同時に、組合でもあります。卒業後も組合に所属することで仲間と助け合いながら養蜂を続けることができます。
例えば一人では大変な採蜜作業などは組合のみんなで行います。一人一人が大きな道具を持って行うのではなく、みんなで一つの道具を共有し、順々に協力しながらやっていきます。収穫の喜びだけでなく収穫の苦労も分かち合える仲間作りを行っているのです。
はちぐみには、同じタイミングで養蜂を始める同級生のほか、知識や技術を持った先輩養蜂家や、副業の一つとして養蜂を学ぶお菓子職人や地元のデザイナー、野菜農家、元校長先生など様々な職種の人が所属しています。そういった、相談できる仲間がいるのは、はちぐみの特徴の一つです。澤さんはそういった人たちと様々なプロジェクトを仕掛けていくことも楽しみにしています。
澤さん:
「なによりも教室のある老川小学校は、図工室や家庭科室、お菓子の商品化が可能な菓子工房、コワーキングスペースなど様々な機能を持った場所です。その環境を使い、生徒同士、組合員同士でもプロジェクトが生まれていくと面白くなっていくのではないでしょうか」
同じ方向を向き、互いの苦手な部分を補い合い、互いの得意な部分を高め合う、そんな仲間が増えていけば、少しずつかもしれませんが千葉県の山を変えていけるかもしれません。はちぐみの仲間作りは始まったばかりです。
文・写真:高橋洋介
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