ローカルニッポン

今ここで、できること。 鹿児島県熊毛郡屋久島町

書き手:藤岡 麻紀(株式会社良品計画 「ローカルニッポン」編集担当)

コロナウィルスという見えないものに対峙し、当たり前が当たり前でなくなった今、改めて働き方や暮らし方を考える方も多いのではないでしょうか。
何が必要で不必要なのか、本当に好きなもの面白いと思うモノコトは何なのか。こんな時におたがいさま、おかげさま、お疲れ様と伝えあえる相手は誰なのか、を立ち止まって考えること。

一方で、様々な地域の個人商店や顔なじみの飲み屋さん、自然と人が集まるシェアスペース等、今まで当たり前に訪れていた場所が危機に直面して困窮していることに心が痛みます。

集まろう、集まろうとしていたことができなくなった今、活動がシェアされることで、じんわりと広がるエネルギーになればという想いをこめて“ローカル”で行われている「今ここで、できること」を少しずつご紹介していきます。

多様性のあるメディアをつくる

今回ご紹介するのは、鹿児島県に属する屋久島での活動です。世界自然遺産・神秘的な苔むすの森・縄文杉・ウミガメの産卵…等、屋久島のイメージは豊かな自然。たがわず、宮之浦岳はじめ九州地方最高峰の山々、放射線状に広がる川と滝。そしてそこにはほぼ同数の人とサルと鹿が共存しているといわれています。円錐状の島は北と南・高低差から日本列島の縮図とも云われ、季節ごとに育まれるここにしかないあらゆる生態系やしっかりと守られてきた圧倒的に美しい自然の姿を求めて海外からも多くの観光客が訪れます。

この島の主要産業は、観光です。いつもの春~5月にかけては修学旅行や観光で多忙を極める時期ですが、現在は新型コロナウィルスの感染拡大を受けて、壊滅的な状況。
今ここで、何が始まっているのでしょうか。

お話しを伺ったのはここ屋久島で2020年の4月1日に「Yakushima Film」を立ち上げた田中俊蔵さんと皆川直信さんのお二人です。「Yakushima Film」は、田中さんが写真を愛する現地ガイドたちに声をかけてはじまった、写真と映像の力で島の魅力を発信していくプラットフォーム。おふたりの他にも6人のメンバーがいます。全員に共通しているのは “屋久島が好き” なこと。そして、ガイドであり、普段コンテストや展示会などで写真を通じた表現者であること。意外にもメンバー同士はほとんどが “山の中で挨拶する程度” という間柄だったそう。

普段の撮影風景。何日も山にこもることもあります。

普段の撮影風景。何日も山にこもることもあります。

田中さん:
「自分が撮りためてきたものや島に関する知識や情報を、『いつか発信したい』とずっと考えてきました。そして、今の屋久島の姿をこの先後世に伝わるものとしてきちんと『残していきたい』という気持ちもありました。もちろん表現者としてでもあるけど、その先の伝えて残したい気持ちの方が大きかったですね。だから、一人でそれを実行するよりも、趣味嗜好も違いすぎるバラバラなメンバーで異なるアプローチができた方が伝わるって思ったんです。様々な角度から屋久島を切りとる “多様性”ですね。多様性のあるメディアになったら面白いだろうなって。だからルールはつくらず、方向性もみんなで創っています。例えば、皆川さんは “美しいもの” を追求しているし、僕はドローンを使って鳥の目線になって屋久島を切り撮ることで “島の新たな素晴らしさ” を追求しています」

ガイドをしながら、自身の探求心も刺激される森の中

ガイドをしながら、自身の探求心も刺激される森の中

皆川さん:
「屋久島って一つの視点では語りつくせないんですよ。島の特徴は本当に色々だし、視点によって語られることも全然違います。この島が好きだということが同じでも、海が好きな人もいればひたすら森ばかりの人もいるんですよね」

探求心から、後世に残るものを

島内も自粛モードが続いていたため、実はYakushima Filmをスタートするにあたりメンバー間で顔をあわせて打ち合わせできたのは1度だけ。あとはリモートでやり取りしながら、それぞれがそれぞれの探求心のもと島中を走り回っているのだとか。

田中さん:
「ガイドの仕事は完全になくなったのに、なぜか忙しいですね。季節的に永田浜のウミガメの産卵やシャクナゲの開花…本当にネタがたくさんあるんです。日々動き回っていますね」

皆川さん:
「いつものこの時期は忙しくて、なかなか興味のままに動き回ることができないんです。でも季節的にも撮りたいものだらけの今、自由に動けるのは本当に変な話だけど嬉しい。気づいたら島1周していますよ」

「サルを毛繕いするシカ」 田中さん撮影

「サルを毛繕いするシカ」 田中さん撮影

彼らのあふれんばかりの探求心には驚かされます。ガイドと写真家という両面で自由に記録できるこの瞬間を心から愉しんでいる、と同時に、季節や天候によって全く異なる空気をまとう屋久島の魅力にもう一つの純粋なファンの目を通して改めて虜になっているようにも見えます。こうして今蓄えた新たな視点がまた、ガイドと写真家としての厚みになっていくのでしょう。

こうして、はじまったばかりの「Yakushima Film」。
この先どんな風に変化していくのでしょうか。

田中さん:
「今は、屋久島が好きだけど来られないっていうファンに届けたい気持ちもあるし、それらが蓄積されて自然と “図鑑” みたいになったらという想いもあります。実は、今メンバーが自由に好きな写真と文章をあげているのですが、それにタグ付けをしています。#ハゼとか。長い目で見るとマイペースに上げていたデータが10年経てば、ゆくゆくは図鑑になってしまうかもしれない。図鑑を創ろうと思うと堅苦しくなってしまうから、この方法がいいなと思うんですね」

「靄(もや)」 皆川さん撮影

「靄(もや)」 皆川さん撮影

当初4人ではじまった取り組みも、メンバーが少しずつ増え8名となりました。それぞれが異なるジャンルで、力強く好きなものをもつ多様性のあるチーム。これからは、編集力や写真のスキルを高めあう工夫もしながら、発信力の底上げをしていきたいと皆川さんはいいます。

皆川さん:
「屋久島には多種多様な面白さがある。だからこそ一つのプラットフォームから多角的に発信することで、屋久島の理解も深まるし、新しい魅力が生まれてくるかもしれません。単一方向的なメディアではなく、島の内側から外へ発信するための新しいメディアとして可能性があります。 その“可能性” を感じてもらえるのではないかと思います」

田中さん:
「地球規模での環境変化と同じように、屋久島においてもまた数種の高山植物が絶滅したり、海藻が壊滅したりと、着々と変化しているのが実状です。Yakushima Filmでは、これからも変わり続ける自然とさらには文化の変容も含めて記録していきたいと思っています」

Yakushima Filmは “屋久島の自然、歴史、文化のデジタルデータベースを系統立てて蓄積し、後世に引き継ぎ、世代が変わっても、過去のデータが失われることなく未来に蓄積されていくような仕組みを構築する” というミッションを掲げています。
先人たちが過去長きにわたって、守ってきた島の姿があるからこそ、今デジタル技術を用いそれらをこの先の後世に残しておくことができるのでしょう。

Yakushima Film メンバー
加藤葵賛史/古賀 顕司/笹川 健一/鈴木 洋見/高久 至/田中 俊蔵/松田 浩和/皆川 直信

リンク:
Yakushima Film