ローカルエネルギーが暮らしにある未来 02 木質バイオマスによるエネルギー事業とは?
編集者。東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、『みづゑ』編集長、『美術手帖』副編集長など。2011年に北海道へ移住。2016年に岩見沢の山間に山林を購入。その経緯をまとめたイラストエッセイ『山を買う』を出版。森の出版社 ミチクルという出版活動を行っている。
地域の資源を使って地域にエネルギーを還元していく。国や自治体、大企業といった「大きな組織」が行うエネルギー事業とは異なるあり方を目指して、株式会社sonraku(以下、sonraku)は数々の挑戦を行っています。
今回は、北海道厚真町で昨年から計画をスタートさせた木質バイオマスのプロジェクトを取り上げます。取材は、この町でプロジェクトがスタートするきっかけをつくったキーパーソン、厚真町役場の宮久史さんと代表・井筒耕平さんとの対談形式で行いました。
木材の宝庫である北海道だからこその可能性。
井筒さんは愛知県出身で、北海道大学と名古屋大学とで学んだのち、再生可能エネルギー導入に関するコンサルティングの仕事をしていました。その後、岡山県美作市の地域おこし協力隊となり、2012年に「村楽エナジー(現・sonraku)」を起業。エネルギー関連事業とともに、「あわくら温泉元湯」の再建など、多岐にわたる活動を行ってきました。(「ローカルエネルギーが暮らしにある未来 01」)
北海道との縁は大学時代から。起業をし、岡山県西粟倉村を拠点としつつ道内の自治体と連携してセミナー開催なども行っており、この地を訪ねる機会は多かったそうです。
井筒さんにとって、北海道は木質バイオマス利用の可能性が感じられる土地です。厳しい冬が長く続くため、部屋を快適に保つ暖房器具は欠かせません。年間の灯油の使用量は全国でトップクラス。化石燃料への依存度が高く、長期的に見れば、再生可能エネルギーへのシフトは不可欠であると井筒さんは考えています。
井筒さん:
「熱に対する需要はすごく大きいのでバイオマスに適している土地だと思います。しかも、燃料として使う木材の量が他県に比べて多いことも特徴です。例えば岡山県と比較すると9.5倍もあります」
木質バイオマスによるエネルギー事業では、熱利用と発電という二つの方法があります。性質からすると熱利用の方が効率的だそうで、木質バイオマスをボイラーで燃焼させ、そこから発生した熱を、集合住宅の給湯に利用したり、ビニールハウスの暖房設備に利用したりできるそうです。
これまで井筒さんは主に熱利用に取り組んできましたが、今回、厚真町では熱利用に発電を加えた、バイオマスコージェネレーションシステム(以下バイオマスCHP:Combined Heat and Power(バイオマス熱電併給の略称))事業に挑戦します。
ローカルベンチャースクールが繋いだ西粟倉と厚真。
厚真町役場の産業経済課に所属する宮久史さんは、以前から井筒さんが暮らしていた西粟倉の取り組みに注目していました。
宮さんは岩手県出身で、井筒さんと同じ北海道大学に在学。ここで天然林について学んだ後、NPO法人での活動を経て役場に入り、林業関係の仕事に従事。2016年からは町の起業家人材育成プログラムの立ち上げにも関わりました。
このとき事業の実施を担ったのが、西粟倉で「ローカルベンチャースクール」という起業支援事業を行う「エーゼロ株式会社」でした。
宮さん:
「井筒さんのことは、お会いする前から一方的に知っていました。西粟倉をウォッチしていると、「村楽エナジー(現・sonraku)」の取り組みだったり、あわくら温泉元湯(昨年までsourakuが運営していた温浴宿泊施設)のことだったりが出てきました。井筒さんは、自分がつくりたい未来のために、この村をあえて選んだ。そんなふうに起業したくなる村なんだなと興味を持っていました」
5年前、厚真町でも「ローカルベンチャースクール」を実施することになりました。その関連講演会に井筒さんがパネラーの一人として呼ばれたことがきっかけとなり、初めて顔を合わせたそうです。
この出会いは、厚真町でバイオマス事業をsonrakuが推し進める重要な契機となりました。
井筒さん:
「厚真町でこの事業をやろうと決めた理由は、宮さんの存在が大きかったですね。志があって、課題感も共有できるし、僕にはない視点があるのも魅力です」
現在、sonrakuでは、バイオマスCHPを町内に設置しようと準備を進めています。宮さんは必要に応じて、人材や地域資源を紹介するなどのサポートをしているそうです。
経済を回しつつ、バイオマス事業を浸透させる課題とは?
エネルギー事業を進めるための課題は、原料となる木材の調達。厚真町の周辺では、苫小牧市と江別市で大規模な木質バイオマス発電が行われており、燃料となる木材の多くは、この二地域に集まっているそうです。
現在、再生可能エネルギーによる発電には、国が定める固定買取制度(FIT)があり、計画通りに発電すれば安定した利益が見込めることから、事業規模を拡大したり、新規参入する企業が増えています。そのため、道全体で燃料材が品薄の状態になっていると言います。
井筒さん:
「sonrakuで必要な木材は年間数百トンから多くても数千トン。大規模な発電所に比べると、その規模は二桁以上少ないのですが、それでも原料を集めるのに苦労しているところです」
原料を販売する林業者側からすれば、大規模な発電所に一度に大量に購入してもらった方が手間は省けます。こうした中で、井筒さんは原料を単に購入するだけでない関係を築こうとしています。バイオマスCHPによって生み出された熱を使って、木材チップを乾燥させ、それを販売するなど新しい産業へとつながる取り組みを計画中で、林業者と共に事業を起こそうとしています。小さな組織が互いに手を取り合って、多様な事業を展開していくことに活路を見出しているのです。
宮さん:
「他分野と繋がりながら、いままでになかった掛け合わせを発見するような工夫があれば、大量生産大量消費というところから視点を変えられると思います。発電とともに木質バイオマスでは熱利用もできますから、農業利用をしたり、サウナ施設をつくったりとか、熱を使ってどんな楽しい空間がつくれるかを考えていくことで、熱の価値も変換できるわけです。井筒さんはバイオマスの専門家でありながら、宿の経営もしていたし、守備範囲が広いので、独自の視点で事業を展開できるのが強みだと思います」
井筒さん:
「宮さんの言う通り、分野を超えたコラボレーションは重要です。例えば、住宅事業では必ず熱を使うので、そこにはずっと興味を持っています」
ヨーロッパでは、木質バイオマスによる熱利用もさかん。各地で地域熱供給が行われているそうです。一方、日本では岩手県紫波町などごく一部の事例にとどまっています。井筒さんによると、ヨーロッパでは組合方式が取られているケースが多く、こうした方式に馴染みの薄い日本では、なかなか浸透していかないのだと言います。
井筒さん:
「熱利用だけでは事業として成立する状況にはありません。日本では、電力に対する政策は手厚いですが、熱に関しての補助金が限られていることも、広がらない要因の一つになっています」
困難がありつつも、事業を進めようとする理由
企業として利益を確保するために、まずは発電に力を入れることを井筒さんは考えています。しかし、本来あるべき姿は熱利用を推し進めていくこと。経済性と理想とが融合するには、まだ時間がかかりそうですが、それでも木質バイオマスにこだわる理由とは、どこにあるのでしょうか?
井筒さん:
「なぜバイオマスをやっているのかというと、原料となる木材資源が再生産できるものだからです。さらには、地域から取り出せる再生産できる資源を活用して、まわりと相互に補いながら自立できる環境をつくっていきたいとも思っています。近年の社会は、石油社会であり中央集権社会であるとも言えますが、長い歴史から見通せば、こうした社会は大変に短いものです。それ以前にあったような、村個々が独立し、互いに交易をして不足分を補うような社会をもう一度復活させることができたらと考えています」
こうした思いは宮さんとも共通する部分。宮さんが林業に着目した理由は、やはり「再生産可能な資源」だったからだそうです。
宮さん:
「僕は社会の持続可能性を少しでも高めて、子や孫たちに繋いで行きたいという思いを持っています。環境保全と木材生産が両立した形での林業をベースにした木材が社会で使われる割合が増えていくということが、持続可能性を高める一つの手段なんじゃないかという仮説のもとに、これまで森林に携わってきました。しかし、林業だけでは解決できない課題ももちろんあります。そのため最近は、我々の経済成長を支えているエネルギーや資源のうち何割が再生可能なのだろうかと考えるようになりました。今よりももっと厚真町を再生可能なものに基づいたコミュニティにしていきたい。そのために循環できる木材資源は欠かせないと思っています」
厚真町でのバイオマスCHP事業は、いま急ピッチで進められています。長く厳しい冬の続く北海道が新緑に包まれる頃、材料の調達や設置場所などを具体化させ、2022年度中に稼働することが目標です。ローカルエネルギーという価値を人々の暮らしに浸透させていく試みは続いていきます。 さて、次回の連載では、北海道でsonrakuがもう一つの拠点づくりをしている士別市での取り組みをご紹介します。
文:來嶋路子
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