ローカルニッポン

感性と感性が出会う、一期一会の“場”を

長野県は諏訪湖畔に佇む、SUWA ガラスの里。この地を舞台に、ガラス工芸に限らず、ひろく作家活動を行うアーティストの展示販売のために90cm四方のブースを公募で提供する試み『ArTIST SqUARE』がはじまりました。

コロナ禍をきっかけに、いまできることを見つめ直し、アーティストと来館者、アーティスト同士、そしてアーティストとあらたな“場”と、ひろがりの連鎖を生み出しながら、“感性と感性が出会う場”づくりへと舵を切った、この春に立ち上がったばかりの取り組みを紹介します。

ガラス製品中心の物販から、作家との出会いづくりへ

「アーティストとの出会いの場、ですね」
諏訪湖のほとりに佇む、SUWA ガラスの里 でスタートした『ArTIST SqUARE』をそう表現したのは、企画の運営に尽力されたひとり、宮坂守さんです。

それまではガラス製品を中心とした物販を展開していた一角を舞台に、アーティストひとりあたり90cm四方のブースを用意して、ガラスに限らない“作品”をひろく募り、展示販売の場とすることを試みました。

SUWA ガラスの里 は諏訪湖畔に佇む、ガラス工芸をテーマにした美術館を持つ観光施設です。新型コロナウイルスの感染拡大がはじまる前は、遠方からのバスツアーやドライブなどで立ち寄る観光客が、来館者の大きな割合を占めていたと聞きます。

それが新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、ツアーや遠方からの観光需要が以前ほどの勢いを期待できなくなるだろうことが予測される中で、この先、 SUWA ガラスの里 はどうあるべきなのかと、新たな模索がはじまりました。

下諏訪宿 本陣 岩波家 の二十八代当主にして、SUWA ガラスの里 の代表取締役社長でもある、岩波太佐衛門尚宏さんを中心に、この美術館を舞台になにができるか、あるいはなにをすべきか、考えを重ねる日々が続きました。

そして、思案を経て生まれた試みが、“アーティストとの出会いの場”こと、この『ArTIST SqUARE』です。

『ArTIST SqUARE』会場。“アーティストとの出会い”をコーディネートした

ガラス工芸に限らず、ひろくアーティストを受け入れ、展示と物販のブースを等しく提供する……。それまでにも絵画の展覧会開催など、公募を受け入れた実績はあったとはいえ、いままでに経験のない、まったく新しい試みです。

未知の挑戦を前に、当初の想定では参加アーティストの数は30程度とし、募集もせいぜい中部地方圏内でと無理をしない規模ではじめることを考えていました。

しかしながら、いざ公募をはじめたところ、出展するアーティスト同士のネットワークによって、この新しい試みの情報がひろがり、参加へのエントリーが増えていったのだと、冒頭にも登場した宮坂さんは振り返ります。

宮坂さん:
「結果的に、2021年3月のオープンにあわせて展示したアーティスト数は、50にものぼりました。また、展示は一定期間での入れ替えを想定しているのですが、実はすでに12枠の“待ち”が発生しているんです」

展示と同時に物販も行っている。気に入った作品は、その場で購入できるのも魅力だ

どの作家も、同じ90cm四方のブースで

『ArTIST SqUARE』へ参加するアーティストの経歴やバックボーンは、さまざまです。
目を見張るような輝かしい経歴を誇る、先生と呼ばれるような名高い作家が出展する一方で、まだ駆け出しの若手や自分らしい創作を重ねるアーティストたちも同じように、肩を並べて作品を展示しています。

ここでは、肩書きやキャリアに関わらず、誰もが同じ90cm四方のブースを割り当てられます。
訪れる人たちも先入観にとらわれることなく、思い思いのペースで、じっくりと作品を眺めながらブースからブースへと歩き渡ります。

そして、作品のジャンルも多岐に渡ります。ガラス工芸はもちろん、木工や漆芸、陶芸といった手工芸がひろく出展されているかと思いきや、一方では、多肉植物の寄せ植えやエッセンシャルオイルの調合、天然石を取り入れたアクセサリーなど、枠や形式にとらわれない思い思いの表現が並びます。

気がつけば、参加アーティストの出身や活動拠点も、全国各地にひろく散らばっていました。
そんな中、すべての出展ブースに共通しているのは、それらの作品がどれも、唯一の、一点ものだということです。

『ArTIST SqUARE』へ出展される作品は、すべてが一点もの。一期一会の出会いが待っている

コロナ禍で、地元を見つめ直した

それまでの SUWA ガラスの里 は、諏訪湖畔の観光スポットとして遠方からの来訪客で賑わう一方、必ずしも地元の人が足繫く、気軽に通うような施設ではなかったと、岩波さんや宮坂さんをはじめスタッフの皆さんは振り返ります。

そのような中、「コロナ禍がきっかけで、地元を見つめ直すことができた」と語るのは、オンラインへの情報発信を担当する上島さんです。

上島さん:
「遠くへ出かけられなくなったことで、諏訪で過ごす時間が以前より増えました。その結果、身近すぎて気がつかなかった地元のことを、深く知ることができたと感じます。諏訪には高い技術力をもった企業が、数多くあります。諏訪市と企業が協同し、諏訪の技術を紹介し発信する『SUWA PREMIUM』という試みがあるのですが、この SUWAガラスの里 も『SUWA PREMIUM ショップ』として、諏訪の技術力の素晴らしさを紹介してきました。

ですがいまは、さらにもっと諏訪の良いところを知ってほしい、と考えるようになりました。今後はこの SUWA ガラスの里 や『ArTIST SqUARE』を通じて、良いものをつくっている作家たちのことを届け、もっと多くの人に知ってもらえたら、と思います」

この諏訪の地で、多くの人たちと出会いながら進んでゆく、 SUWA ガラスの里 の未来への期待。
それについてもやはり、作品やアーティストと、諏訪に住む人たち、あるいは遠方から諏訪を訪れる人たちとを結びつけ、“感性と感性の出会い”を生み出すことだと、宮坂さんは語ります。

宮坂さん:
「このガラスの里という場所が『土』であるならば、アーティストはそこを吹き抜けてゆく、さまざまな『風』です。この地で『土』と『風』とが出会い『風土』となり、交じり合うことで、この地を訪れる人にとっても常に、新しい出会いや刺激が生み出されていく……。

ここから眺める諏訪湖や八ヶ岳の風景が、一瞬として同じものではないように、『ArTIST SqUARE』に並ぶ作家の作品も、季節が移ろうように変わってゆきます。そして並ぶ作品はどれも、やはり同じものはふたつとない。どれもが、たったひとつのクラフト作品です。

同じ出会いは二度とないからこそ、この地で過ごした時間や体験を、良い思い出にして、諏訪のことを好きになってもらいたいと考えています」

思い思いにブースをまわり、立ち止まる時間。心がふるえる作品との出会いを期待しながら

くらしを飾りたてる一人ひとりが、“アーティスト”

手探りで立ち上げた『ArTIST SqUARE』の試みは、この SUWA ガラスの里 に新しい機運ももたらしていました。

「実はいま、SUWA ガラスの里 を離れた場所においても『ArTIST SqUARE』をコーディネートしてほしいという相談を、いくつかいただいているんですよ」と語るのは、諏訪大社の側に佇む 下諏訪宿 本陣 の当主としても知られる、岩波さんです。

岩波さん:
「その一方で、今回出展をいただいたアーティストの中では、作家同士で意気投合し、コラボレーションを進める話が浮上している方々もいると聞いております。この『ArTIST SqUARE』は、SUWA ガラスの里 を訪れていただく人々とアーティストの出会いだけではなく、アーティスト同士の出会い、あるいはアーティストと“さらにあらたな場”の出会いへと、つながりの形も変化し、ひろがっていくのかもしれませんね」

岩波さんは、作品を出展する作家だけでなく、それを見て、表現を受け止める側の私たちもまた、アーティストなのだと語ります。

岩波さん:
「たとえば、お気に入りを集めて、部屋の空間を心地良く飾ろう、と思う感性。それもやはり、くらしや住まいをより良く創ろうとする、“アーティスト”の表現なのですよ」

ガラス製品中心の物販から、感性と感性の出会いを生み出す場づくりへと舵を切った、SUWA ガラスの里の、まだはじまったばかりの挑戦。

今後はアーティストを囲んだイベントやワークショップの企画など、この地を訪れる人にとって、さらに深く“出会える”機会をプロデュースしていきたいと、先の展望も描き出されはじめています。

諏訪湖のほとりに佇む、大きな三角屋根の美術館を舞台に、心のふるえる一期一会と、くらしにアートやクラフトを取り入れる豊かさが、ひとりでも多くの人へひろがってゆくことを願いながら。
『ArTIST SqUARE』はこの春、はじまりの一歩を踏み出したばかりです。

左から、SUWA ガラスの里 の 上島さん、岩波太佐衛門尚宏さん、小泉孝文さん、宮坂守さん