ローカルニッポン

枡の生産量日本一の地で「枡の魅力を次世代に繋ぎマス」

節分の豆まきや、祝いの席で活用されている枡。その8割は岐阜県大垣市で生産されていますが、日本人の生活様式の変化によって、需要は減少傾向にあります。逆境の中、地場産業の存続をかけて枡の進化に取り組む専門メーカーである有限会社大橋量器 代表取締役 大橋博行さんにお話を伺いました。伝統や固定観念にとらわれない斬新なアイデアとは?

大垣市は枡生産の全国シェア8割

古くから東西交通の要衝であり、関ケ原の戦いをはじめ、歴史的に重要な機能を果たしてきた人口16万人の市、岐阜県大垣市。良質で豊富な地下水に恵まれた “水の都” としても知られ、その恩恵を受けて大垣の人は暮らしを育み、産業や文化を発展させてきました。そんな大垣市で、岐阜県東濃地方や長野県木曽地方などのヒノキを使った地元名産の「枡(ます)」の製造販売を手がけるのが1950年創業の大橋量器です。同社は年間120万個の枡を生産する国内最大手。大半は樽酒を振る舞う酒器として出荷していますが、カラフルな枡や、プロダクトデザイナーとコラボしたインテリア枡などのオリジナル商品が人気を集め、地元を代表する専門メーカーとなりました。

大垣市は枡生産の全国シェア8割を誇る産地。多くがこの地で作られています

このままでは枡生産が成り立たなくなる

もともとは米などを量る計量器として生まれ、時代とともに縁起ものや酒器に用途を変えながら1300年以上の歴史を紡いできた枡。大垣市が枡の産地になったのは実は明治時代以降なのだそう。

大橋さん:
「良質な木曽ヒノキの集散地として栄えた名古屋市へのアクセスが良く、材料が手に入りやすかったことが、大垣市に枡生産が定着した一番の理由でしょう」

ただし、ピーク時は市内に11社あった専門メーカーが現在は4社に減少していることからも伺える通り、枡の需要は減退傾向にあることは否めません。1993年に家業を継ぐべく入社した社長の大橋さんは当時、強烈な危機感を抱いたといいます。「このままではいつか枡産業が成り立たなくなる」と。

大垣市に自社工場を構える大橋量器。敷地内には枡の材料であるヒノキが整然と並びます

生産減から自社開発型メーカーに変身

大学卒業後、大手コンピュータ関連企業に就職し、愛知県でサラリーマン生活を送っていた大橋さん。2代目社長の父親から大垣に呼び戻されたのは28歳の時でした。最盛期は1億円以上あった家業の売上高は5600万円ほどに激減、大垣市の枡専門メーカーの中でも後発の大橋量器は当時、苦戦を強いられていました。

一念発起した大橋さんは自ら全国を飛び回り、酒造メーカーに酒器としての枡の提案営業を行うことで業績の回復に成功。ところが入社5年目で再び減収に転じてしまいます。お酒の多様化やライフスタイルの変化により、“日本酒で祝う” という習慣自体が衰退したことが主な要因でした。

そこで、「枡をもっと日常的に楽しく使えるものにしよう」。そう考えた大橋さんが次に取り組んだのは、自社オリジナル商品の開発。そしてこのことが大橋量器にとって、ピンチをチャンスに変える転機となったのです。

「家業に入って初めて、枡が斜陽産業だと知った」と入社当時を振り返る大橋社長

枡であることは後から気づいてもらってもいい

商品を企画したこともなく、「すべてが手探りだった」と話す大橋さんですが、試行錯誤の末、2003年から販売を開始したのが「カラー枡」というオリジナル商品。枡はヒノキの木肌を生かしたナチュラルな雰囲気が特徴ですが、カラー枡は塗料で色付けしたモダンな印象で、ライフスタイルショップなどに販売が広がりました。その後も “枡をエンターテイナーに” というコンセプトを突き詰めて、独創的なオリジナル商品を次々と開発し続けています。木の自然蒸発を利用したエコ加湿器「MAST(マスト)」、食洗機も使える「塗りのジョッキ枡」、正三角形の酒器「すいちょこ」・・・一見すると枡のイメージとはかけ離れた商品もありますが、それらも手に取ると、アラレ組と呼ばれる伝統的な枡づくりの技法で精巧に作られていることが分かります。

大橋さん:
「これって枡だったんだ、と後から気づいてもらってもいいんです。ひとりでも多くの人が枡に触れるきっかけになれば」

と大橋さんは笑顔で話します。

左 ヨットを想起させる「マスト」、右 ‘11にグッドデザイン賞受賞の「すいちょこ」

枡が活躍するシーンはまだまだたくさんある

2005年には、工場の倉庫だったスペースに、枡作り体験もできる直営アンテナショップ「枡工房ますや」をオープン。さまざまなメディアで取り上げられたことも追い風となり、大橋量器は ”大垣の枡” というブランドイメージとともに全国にその名を広めていきました。「枡工房ますやを訪れた方に、枡づくりの奥深さやおもしろさを伝えたい」との思いから、枡作り体験イベント(*)もスタート。一合枡の組み立てやヤスリがけ、焼印押しなどの作業が体験でき、自分だけの“マイ枡”が作れるというもので、幅広い世代から人気を集めています。

(*)・・・開催は平日9:00~16:00、土日祝9:00~12:00。参加費1人税込1,000円。10日前までに2〜6名で要予約

2020年春にはコロナ禍でマイナスの影響を大きく受けましたが、逆風に負けず、枡と植物を一緒に楽しむ「masu green(マスグリーン)」、側面に「#stayhome」と焼印を入れた枡「わたしたちはコロナに負けずおうち時間を楽しみ枡(ます)!」などの新商品を発表。炊いたご飯を冷凍保存し、食事前に電子レンジで温めることでヒノキの香りをまとったご飯を楽しめる枡のおひつ「COBITSU(コビツ)」は、クラウドファンディングサイト「Makuake(マクアケ)」で合計1400万円超の支援を集めました。

「枡が活躍するシーンはまだまだたくさんあると思っています。これからも暮らしの中に彩りを与えるもの、幸せをもたらすものを大垣の地から自由な発想で生み出し、枡の魅力を次世代に繋ぎたい」と大橋さん。大橋量器の挑戦はこれからも続きます。

左 鉢植えに仕立てた「マスグリーン」、右 21年10月に一般販売が予定されている「コビツ」

文:青山まりこ(株式会社トランジット)  写真:有限会社大橋量器、狩野綾香