ローカルニッポン

ローカルエネルギーが暮らしにある未来 03 教育、スポーツ、エネルギー。地域循環に欠かせないピース

書き手:來嶋路子
編集者。東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、『みづゑ』編集長、『美術手帖』副編集長など。2011年に北海道へ移住。2016年に岩見沢の山間に山林を購入。その経緯をまとめたイラストエッセイ『山を買う』を出版。森の出版社 ミチクルという出版活動を行っている。

この連載では、バイオマスエネルギーを地域に根付かせようと活動を続ける株式会社sonraku代表の井筒耕平さんをナビゲーターに、各地で行われているプロジェクトについて紹介しています(01 バイオマスで地域の熱をあげる。sonrakuの挑戦。02 木質バイオマスによるエネルギー事業とは?)。

第3回目は、北海道士別市にある株式会社イトイグループホールディングスの取り組みです。このグループでは、地域にある木材資源を生かそうと、木質バイオマスエネルギー事業をスタートさせています。今回は土木や住宅、介護など多彩な事業を行うイトイグループが、なぜバイオマスに注目するのかを代表の菅原大介さんに聞きました。

地域創生という視点で始めた再生エネルギー事業。

北海道北部に位置する士別市には、道立自然公園である天塩岳や豊かな水を育む天塩川があり、水と緑にあふれる田園都市です。
市内の朝日町にあるイトイグループは、土木と建設業を中心に行う株式会社イトイ産業と、介護と飲食事業を行う株式会社北秋など、地域の暮らしを支える事業を展開しています。

グループの中で、ひときわ個性的な社名と言えるのが、再生エネルギー事業を行う株式会社あんぐらエナジーです。あんぐらとはアンダーグラウンド。地下という意味をもち、サブカルチャーの世界でよく使われる用語ですが、そこにはどんな意味が込められているのでしょうか。

菅原さん:
「イトイグループは、もともと昭和23年に造林業を行う『下野組』として始まりました。創業者の下野利彦の名前から考えたのがアンダーグラウンドという言葉です」

野の下ということで地下。地中からもらった水やエネルギーで木が大きくなっていくというイメージのロゴマークもつくられました。
イトイ産業の三代目であり、グループの代表である菅原さんは、この社名に会社のルーツとなった林業をもう一度見つめ直したいという思いがあったと語ります。

イトイグループホールディングス代表の菅原さん。

イトイグループホールディングス代表の菅原さん。

あんぐらエナジーをつくるきっかけとなったのは、土木事業部で回収作業を請け負っていた、ダム湖に溜まる流木の有効活用を考えたことでした。以前は、これらを下川町に送ってチップにしてもらい、それを買い戻してボイラーの燃料として使っていたそうです。

菅原さん:
「わざわざ地域の外に出さなくても、自分たちで活用できる方法はないだろうかと考えました」

解決策を探る中で知ったのは、sonrakuが行ってきたバイオマス事業の取り組みです。菅原さんが2017年に井筒さんに講演を依頼したことをきっかけに、再生エネルギー事業が始まりました。
現在、木材をチップにする機械とそのチップを燃焼させてエネルギーに変える木質バイオマスボイラーを導入しています。社屋での熱利用とともに、市内の交流施設にあるボイラーにチップを納入し、さらには士別市や士別地区森林組合、朝日商工会となどでチームをつくり、地域の再生エネルギー活用を促進させようとしています。

社屋で使っている木質バイオマスボイラー。

社屋で使っている木質バイオマスボイラー。

あんぐらエナジーにはsonrakuも出資。井筒さんはあんぐらエナジーの取締役にもなり今春から士別市に通い、より一層の連携を強めていくことになりました。
まずスタートとして、熱利用に発電を加えた、バイオマスコージェネレーションシステム(以下バイオマスCHP:Combined Heat and Power(バイオマス熱電併給の略称))事業を行い、さらには製材業にも力を入れていくそうです。

菅原さん:
「木材が有効活用され、地元にお金が流れていけば、山には価値があるということがわかりやすいのではないかと考えました」

井筒さん:
「バイオマスCHPは単に発電して終わりではなく、地方創生的な文脈が絶対に必要だと思います。イトイグループはローカルに根付いた安定感のある企業で、社会性も非常に高い。ここでしっかりと僕の役割を果たしたいと思いました」

sonrakuの井筒さん。

sonrakuの井筒さん。

イトイグループでは2020年に新社屋を建設しており、ここでも「山の価値化」という挑戦が行われています。道産木材のトドマツを集成材のパネルとして加工した「CLT(Cross Laminated Timber)」を建材として使用。コンクリートに匹敵する強度のある構造材で、断熱性も高く、省エネルギー効果が期待されているものです。

これまで行政施設にはこの材料が使われる事例があったそうですが、北海道の民間企業で、CLTを導入したのはこの社屋が初めて。その建築は高く評価され、第33回北海道赤レンガ建築賞で奨励賞を受賞しました。
今後は、土木事業や住宅事業の分野で、さらなるCLTの活用を進めていくそうです。

CLTによって建設された社屋。

CLTによって建設された社屋。

スポーツチームの存在で広がる可能性。

ここまで紹介したイトイグループの活動は、ほんの一面にすぎないと言えるかもしれません。
一代目となる菅原さんの祖父は、造林業から始まり土木・建設事業へと会社を発展させました。父親はそれを引き継ぎつつも介護・飲食事業も行うようになりました。
三代目となった菅原さんは、2018年に会社をホールディングス化して、さまざまな新規事業を行うための環境をつくっていきました。

菅原さん:
「社長として何がしたいのかと考えたときに、イトイという文字の角度を少し変えると“人人人”と見えるなと思ったんですね。1人目は社員、2人目は発注者や取引先、3人目は地域住民と、3人のyouに『いいね』と思ってもらえる会社にしたいと考えました」

菅原さんは、再生可能エネルギー事業に加えて、自動車販売・修理事業部をつくり、また連携企業である株式会社 志BETS ホールディングスでは、地ビールの開発にも着手するなど、ジャンルにとらわれることなく多角的に取り組みを行っています。
なかでもユニークなのは、スキーチームと野球チームの存在です。

菅原さん:
「ジャンプ台がある、この街の地方創生に欠かせないと思ってスキーチームをつくりました。しっかり仕事をしながら、自分の競技も極めていってほしいなと思っています」

ジャンプの街と呼ばれる朝日町。各地のスキーチームが合宿に訪れる。

ジャンプの街と呼ばれる朝日町。各地のスキーチームが合宿に訪れる。

さらに今年は、球団「士別サムライブレイズ」を結成し、野球独立リーグ「北海道ベースボールリーグ」に参入しました。

スポーツチームをつくった理由の中には、人材確保という面があると菅原さんは語ります。
建設業や林業の担い手は、募集をしてもなかなか集まらないのが現状だそう。
そうした中で、選手としてプレーし、かつグループでも働くという仕組みをつくることで、人材獲得の可能性は大きく広がっていくそうです。
「士別サムライブレイズ」の選手はほとんどが本州出身。元高校球児だった井筒さんもこの野球チームの関西方面統括責任者として、選手獲得に努めています。

井筒さん:
「菅原さんから野球チームをつくると聞いて、ものすごくテンションが上がりましたね。野球チームにしてもバイオマス事業にしても、本州と繋いでいく役割を担っていきたいと思っています」

「士別サムライブレイズ」のユニフォームにはローカルな企業の名前が並ぶ。sonrakuもスポンサーに。

「士別サムライブレイズ」のユニフォームにはローカルな企業の名前が並ぶ。sonrakuもスポンサーに。

取材の日、「士別サムライブレイズ」の公式戦が行われていました。
多忙な菅原さんですがスケジュールをやりくりして試合の実況中継を動画で配信。自分の手で球団を盛り上げようと情熱を傾ける姿が印象的でした。
そこには人材確保だけにとどまらない、士別の未来を見据える眼差しがありました。

菅原さん:
「スポーツと教育が地域を活性化させるために不可欠です。地域に野球チームがあることで、僕たちが子どもたちと関わる接点が持てるようになりました」

いま、菅原さんは選手と子どもたちがともに体を動かすという交流だけでなく、ビジネスからのアプローチも考えています。企画中のキッズキャンプでは、野球の試合観戦や運動プログラムに加え、プログラミングも学べる場にしたいそうです。

菅原さん:
「例えば、キャンプで集まった子どもたちに、野球チームの球団運営や広報などをどんどん企画してもらったら、ものすごく面白いことになると思っています。子どもたちのアイデアをもっと社会に生かしていきたいんです」

地域創生という目標なら、自分がずっと乾いていられる。

なぜ菅原さんは企業の利益を追求するだけではない広い視点を持つことができたのでしょうか。インタビューで幼少時代から学生時代の話を聞いて、そこにヒントがあるように思えてきました。

菅原さん:
「小学1年生の1学期は全日遅刻で、お昼くらいに学校に現れていました。僕は、その辺の田んぼを泳いでいたりとか、近所のみなさんから『うちよってけ』と言っていただいて、ご飯食べたり風呂入ったり、遊びながら学校に行っていました。みんなが僕に声をかけてくれたんですね」

その後、東北の工業大学に進学したものの、理数科目が大の苦手だったことから卒業までに8年を費やしたそうです。菅原さんによれば自身の“暗黒時代”。友人たちが卒業をしていく中で、次第に孤独感に苛まれるようになっていきました。

菅原さん:
「自分は何をするべきなんだろうと、めちゃくちゃ考える時間がありましたね。孤独感の中で自分を見つめると、本当にクズだなと思いました。そのときに、小さい頃、この街ですごくいい思いをさせてもらったことを思い出して、この恩にむくいなかったら俺の人生ダメだなと。それで大学最後の1年間、勉強を必死に頑張って卒業して帰ってきたんです。暗黒時代に比べたら、ここは天国でした。家族もいて信頼できる仲間もいて。会社自体は、公共事業が低迷して大変な時期でもあったんですが、やりがいを感じましたね。それに、地域住民に向けて仕事をする限りは、ずっと満足することなく“乾いていられる”と思いました。この街のために、この地域の人のためにと思っている限りは、やり続けられるだろうと」

企業理念は、「Make many Good for you.」。
地域にたくさんの「いいね」が循環するように、「誰も取り残さない社会」の構築を目標に掲げています。
スポーツチームも、再生エネルギー事業も、そのほかグループ全体の仕事も、この地域を支え、未来をつくるための欠かせないピースとなっているのです。

社屋に掲げられた地域の中で「いいね」が循環する仕組み。

社屋に掲げられた地域の中で「いいね」が循環する仕組み。

井筒さん:
「僕がなぜエネルギーをやろうと思ったのかといえば、サスティナブルな地域をつくる手段として必要だと思ったからです。イトイグループのように、すでに地域をつくろうと活動している民間企業が、エネルギー事業に入っていくというのはすごく無理のない形。社会性があって多角化できるローカルな企業という事例はたいへん貴重です」

菅原さん:
「バイオマスの発電と熱の利用。加えてCLTの建築があり、利用を促進するために需要を生み出し、そこに地域の木材を生かしていく。さらには、山に入って木を切り、製材をして建材やチップをつくり、その担い手をスポーツ人材で回してく。そんな循環をつくりたいですね」

sonrakuとタッグを組んだエネルギーの取り組みは、いよいよ本格化。イトイグループの多角的な挑戦に今後も目が離せません。 次回のローカルエネルギーが暮らしにある未来は、良品計画と一緒に考える再生エネルギーの可能性についてお送りします。

文・写真:來嶋路子

リンク:
株式会社イトイグループホールディングス HP

過去の記事
01 バイオマスで地域の熱をあげる。sonrakuの挑戦。
02 木質バイオマスによるエネルギー事業とは?