ローカルニッポン

山形県の地域材の魅力を伝える「家具工房モク」

十木十色

全国で9番目の県土面積(93万ha)を誇る山形県。
その内72%(67万ha)もの面積を森林(モリ)が占めています。特に「ブナ」の天然林は15万haと全国一の規模。その雄大で美しい姿から「森の女王」と呼ばれるブナの原生林、その光景は魂を揺さぶられるほど壮観です。

森林は木材や水源の供給、豊かな自然景観、県土の保全や精神文化など、古くからそこに住む人々の生活に深く関わってきました。一方で、木材価格の低迷や過疎化による林業・木材産業の衰退により、その多様な役割が果たされづらい状況が懸念されています。また、多様化する現代において、子ども達が木と触れ合う機会も減少してきました。

これらの問題に対し、山形県では独自政策「森林(モリ)ノミクス」を掲げ、オール山形で林業の振興や地域の活性化、子どもたちの木育に取り組んでいます。そんな山形県で出会ったのが、今回紹介する「家具工房モク」の渡邊英木さん。今、山形の「木(モク)」に注目が集まっています。

家具工房モク

手作業でモクモクと家具を仕上げていく渡邊さん

渡邊さんが家具づくりを始めたのは大学生の22歳のとき。 きっかけは世界的に有名な木工家具デザイナー、ジョージ・ナカシマ氏の作品との出会いでした。

渡邊さん:
「小さい頃から木製の家具に触れていたんですよ。大量生産のものより、人の手をかけて残るもの、そんな仕事をしてみたいっていう憧れもあったのかもしれません」

心打たれた渡邊さん、なんと当時通っていた大学を中退してしまいます。そのまま趣味のツーリングで訪れた山梨の工房で求人を見つけ、木工家具の世界に飛び込んだそうです。現在の穏やかな笑顔の渡邊さんからは想像もできない中々の破天荒ぶり。

「周りは反対しなかったのか?」の問いに、「それは反対されたよ!私が親でも反対するかな」と笑います。数々のエピソードに取材の場も和みました。

山梨での3年間の修業を終え、山形の実家で工房を開設します。

渡邊さん:
「でも最初の頃は実績もないし、原木を買うお金もなかったんです。工具だけはあったので、内装関係の仕事を手伝いながら、原木の調達や展示会の準備をしていました」

展示会や書籍で学び、木と向き合いモクモクと技術を磨く日々。現在ではその確かな技術やデザインが評価され、日本全国に留まらず、海外の有名ブランドからも発注を受けるようになりました。

家具工房モクのこだわり ~原木調達から始まる「モク」の物語~

冬季に伐採され乾燥を待つ原木達

こうしてはじまった「家具工房モク」では、原木調達・デザイン・設計・加工・販売・納入までを一貫して渡邊さんが行っています。その物語の始まりは原木の調達から。

渡邊さん:
「最初は原木の情報を手に入れるのにも苦労しました。色んな所を自分の足でまわって、林業家さんや製材工場など、地道に関係を築いていったんです。ありがたいことに、今では良い原木がみつかると連絡をいただけます」

原木探しの範囲は県内全域。全て実際に自分の目で確認し、伐採に携わることもあるそうです。

渡邊さん:
「最近では事前にスマホで画像を送ってもらえるので、昔よりもずいぶん楽になりました」

と、最新のスマホを操作します。新しくて良いものはどんどんと取り入れていくスタイルも渡邊さんの魅力の1つです。
お客様からオーダーをいただくと、メール等でやりとりを行い、デザインや材料を決めてラフスケッチを提案。デザインを基に設計を行い、加工作業に入ります。

渡邊さん:
「木の表情を活かしながら作るようにしています。デザインも大事ですが、何より木材の表情が見えるように作っています」

作る家具にもよりますが、製作期間は数カ月に及ぶことも。

渡邊さん:
「お客様自身も出来上がりのイメージがわからないというプレッシャーもある。でもそれ以上に『渡邊に作ってもらいたい』とオーダーをいただいているので、それを超えるものを作りたいという気持ちが勝ります」

完成した家具は、(距離にもよりますが)基本的に渡邊さん自らがお客様へ納入します。

渡邊さん:
「色んな事情があるんだけど、やっぱりお客様に直接渡して喜んでもらえる瞬間が一番なんです。自分で仕上げたものを最後まで、という気持ちもあるし、道中の運転も結構好きなんですよ」

渡邊さんの根本にある「すべてを楽しむ」というスタイル。本人が楽しいからこそ、多くの人々を魅了する作品が生まれるように思います。

山形の気候が育む地域材

たくさんの原木がそのときを待つ工房内

使用する木材は基本山形県で育った地域材です。

渡邊さん:
「山形は夏は暑く、冬は寒く雪深い。雪が積もっている時期は木がゆっくり成長するので、目積み(年輪の細かさ)が良いんです。目積みが良い木は大人しくて、家具にしたときに歪みにくい。天板とかに使うと良いものができるんです」

このような木が育つのは雪が3メートルくらい積もる豪雪地帯。伐採は真冬に行う「寒伐り」が一般的なのだとか。ちなみに、昔から冬季の新月直前に木を切る「新月伐採」を行うと木が長持ちすると言われており、家具工房モクのロゴもこの新月と木をモチーフとしたデザインになっています。

渡邊さん:
「木は冬に眠る。水分の吸収を止めて、硬い樹皮をつける。だから寒伐りした木は水分が少ない代わりに脂分が多く、虫にも食われにくい」

とは言うものの、真冬の伐採は想像以上に過酷です。氷点下を下回る中、木の周りの雪を数メートル掘って伐採し、雪が解けた頃に回収。その後は3年~5年も乾かすのだそうです。

工房内には家具を夢見て乾燥中のたくさんの木がならんでいました。でもこれは、ほんの一部だといいます。工房内には収まりきらず、外にもたくさんの木が家具として生まれかわるそのときを待っていました。

木は人。性格も顔も世界に1つだけの無垢材

130年の米蔵を改装したギャラリーと、割れを活かした千切りの入ったテーブル

渡邊さんの手掛ける木材は全てが広葉樹の無垢材(集成材のような加工品ではなく、純粋な一つの木でできている木材)。

渡邊さん:
「広葉樹は堅くて家具に向いてるんです。そして、素材の良さを一番感じられるのが無垢材だと思うんです」

デザインや設計に木を合わせるのではなく、それぞれの木がもつ表情を活かす。

渡邊さん:
「木は生き物だから、もちろん大変なこともたくさんあります。木ごとの違いはもちろん、同じ樹種でも硬さや滑らかさも異なるんです。曲がっているものもあれば、節が目立つものもある。同じものが1つとしてないし、環境が違うと曲がったり、歪むこともある。そう考えると、木という素材は人と同じかもしれませんね。1人1人考えも違う、性格も顔も違う。だから厄介なんだけど、そこがあったかくて面白い」

ギャラリーとして改装されたのは、130年の歴史を誇る米蔵。
1つ1つ手作業で丁寧に作られた家具たちが並び、どれをとっても渡邊さんの熱い想いが伝わってきます。木の曲がりをそのまま利用したというテーブルには、割れも活かして千切り(木の割目などを補強する蝶型の木片)が入れられていました。本来は無垢材の欠点として捉えられる割れも、渡邊さんの手にかかれば魅力的な個性になってしまいます。

また、無垢材は再生可能なのも魅力の1つと語ります。

渡邊さん:
「傷がついた場合、紙やすりで研磨して蜜蝋ワックスを塗ると傷が消えるんです。メンテナンスがしやすいんですよ。時間とともに色も自然に変わっていくので、そこもまた楽しんで欲しい」

これまでとこれからと

楽しそうに木琴の説明をする渡邊さん

今後の展望について伺ったところ、

渡邊さん:
「うーん、いままでと変わらずかなぁ」

と、少し困り顔。ただ、キャリアを伺っていると、この「変わらず」というのは「今までと変わらずに変わり続ける」ことなのだと思いました。一方で、家具作りに向き合って30年。自身の技術を若い人に受け継いでいきたいという思いも芽生えてきたそうです。

渡邊さん:
「手で作ることの大事さ、木の本質を考えながら作っていくというやり方が、結局は一番長続きすると思っています。機械にセットすれば木は切れるが、1つ1つの木は固さや柔らかさが違う。間違った方向で使うと簡単に割れたり壊れたりするんです。手で加工した方が固さ柔らかさが自分の手でわかるし、それはどうしても経験を積むしかない。

それが分かってから機械にセットした方が、その木の味が出せるし、思った形になる。なんでも機械に頼るのではなく、手から始まって自分の手でたくさん経験を積んで、その上で機械も利用していく。そのほうが良いモノがたくさんできると思うんです」

また、お孫さんが生まれてからは「木育」にも興味が。 うらやましいことに、お孫さん専用のキッチンやイスもお願いされて作ってしまったそうです。

渡邊さん:
「子ども用のイスはオーダーいただいて作ったことがあったんですが、玩具は初めて作りました。現在では子どものための『木使い講座」もやったりしてるんです」

そう言ってみせてくれたのは木琴のおもちゃ。

渡邊さん:
「いろんな種類の木を使ってます。それぞれの木のにおいが違うし、叩くと音も違う。磨いて面を取れば木の固さも伝わる。そうやって木の文化に触れていってほしいですね」

どうやら渡邊さんの木(モク)の物語、これからが佳境に入っていくようです。

文・写真:ホシママ(やまがたぐらし 編集長)