ローカルニッポン

生姜で持続可能な農業に挑む。瀬戸内ファーム・藤野広規さん

岡山県南部に位置する「藤田」は、江戸時代から明治時代にかけて開発された広大な干拓地にある地域です。水稲をはじめ、さまざまな作物が栽培される農業の中心地でもあるこの藤田に自社で栽培から販売まで行う農園があります。

「農業生産法人 株式会社瀬戸内ファーム」。

農薬・化学肥料に頼らない有機農業にこだわり、生姜の栽培に取り組む農園です。こちらで生産されているブランド野菜「おかやましょうが」が今、注目されています。

「おかやましょうが」で作られた「OKAYAMA GINGER SYRUP」

収穫された生姜は、青果として出荷されるだけでなく、生姜シロップやジンジャーエールの素に加工されます。

自社ブランド「three seeds(スリーシーズ)」の看板商品として販売されている「OKAYAMA GINGER SYRUP(おかやまジンジャーシロップ)」は、炭酸水やアルコールで割ったり、冬はホットで飲むのもおすすめ。地元の飲食店でカクテルなどにもアレンジされ、ドリンクメニューとして提供されています。

この「OKAYAMA GINGER SYRUP」は、有機無農薬で手間ひまかけて栽培された「おかやましょうが」をたっぷりと使い、喉に残らないすっきりとした甘さと心地よい刺激、余韻のある爽やかな風味が魅力です。開発時に砂糖・スパイス・果汁などの配合バランスを30回以上も調整。女性を中心としたモニターによる試飲を幾度も重ねて完成させた逸品です。

また、使われている砂糖にもこだわりが。選ばれたのは、奄美諸島産の素焚(すだき)糖。生姜との相性抜群ながら、低GI(低糖質)が特徴です。キレの良さと上品な甘さが感じられます。

「OKAYAMA GINGER SYRUP」は、無印良品 イオンモール岡山でも購入できます。

自社ブランド「three seeds」の「OKAYAMA GINGER SYRUP」

「おかやましょうが」の生産者、藤野広規さんにインタビュー

今回は、「おかやましょうが」の栽培と販売を行う「瀬戸内ファーム」のオーナー藤野広規さんにお話を伺いました。全国でも数少ない有機農法での生姜栽培と、“農業の未来”への取り組みをご紹介します。

「瀬戸内ファーム」を訪ねると、のどかな田園風景のなかにありました。敷地面積約15000㎡の畑には、生姜の葉が青々と茂ります。

農業生産法人 株式会社瀬戸内ファーム 代表取締役 藤野広規さん

後継者不足に危機感、就農を決意

後継者が減少している現状に危機感を覚え、2016年に就農した藤野さん。 きっかけは、農業の不人気さに疑問を感じたことだったと振り返ります。海外では高所得で人気の職業であり、生命維持に不可欠な“食”を生産する一次産業として尊い仕事のはずなのです。

藤野さん:
「不人気の大きな理由は『稼げないから』でした。私の知る現役生産者の子どもたちは、別の仕事に就いていることが多いのです。農機具などにかかる経費と収穫量が見合わないために赤字になるケースが多く、苦労する親の背中を見てきている彼らは、後を継ごうと思いません。

そんな話を見聞きするうち、栽培方法や業界の構造に疑問が生まれました。このまま農業が衰退すると国内の自給率も低下する、ということは……!こうした現状に危機感を覚え、『自助努力で農業へ革新が起こせることを証明したい』という思いで農業への挑戦を決めました」

有機農業への参入

就農して経験を積んでいくなかで、ある現場で目にしたことが有機農業に参入するきっかけとなったそうです。

野菜を農業用水で育てていたところ、葉物野菜が枯れてしまったという現場に遭遇した藤野さん。原因は農薬の混入でした。中干し(一度水を抜いて土を乾燥させる)の際、水田に散布した農薬が混じったままの水が排出されていたのです。

藤野さん:
「農業活動は、選んだ栽培方法が自分たちの活動に直接影響してくることを痛感しました。この出来事がきっかけとなり、有機農業へ参入することにしました。 有機農業は、土に住む微生物が有機物(たい肥など)を分解して養分を作り、その養分を作物が吸収して育つという自然の循環を利用した農業です。作物を育てるための『微生物が暮らせる土』を作ることが、有機農法の基礎となります」

生産難易度の高い生姜を選んだ理由

有機農業に参入し、数種類の野菜を栽培していた藤野さんは、収穫した野菜を売りに行った先で壁にぶつかります。せっかく良い野菜を作っても、有名産地のブランド野菜には勝てないという現実がありました。

藤野さん:
「そこで、需要がありながら生産が今後限られてくるであろう野菜に着目しました。そのひとつが生姜です。実は連作障害※にとても弱い野菜なのです。そのため競合となる生産者が少なく、この先も減っていくと予想されます。

連作障害が起きると『土壌くん蒸剤』を使い、土のなかに住む微生物もろとも消毒しなければなりません。すると、病原菌や害虫は駆除されるものの、微生物がいなくなったことで生態系が崩れ、農薬の耐性がついた病原菌や害虫が再び繁殖します。そのため、ある程度は連作できますが、やがて病気が抑えられなくなって辞めざるを得なくなります。私は、この問題を有機農業でクリアできると考えました」

※同じ土で同じ作物を栽培し続けると起こる、病原菌・害虫の増加や生育不良などの障害

土から露出した生姜に「土寄せ」を行う藤野さん。「おかやましょうが」は10月から11月にかけて収穫期を迎える

農業に挑戦して、今感じていること

藤野さん:
「有機農業に取り組んでみて『野菜は人ではなく微生物が育てている』ことに気づきました。作物によって必要になる養分が異なりますので、その養分を作り出す『微生物に適した土』を作ることになるのですが、それがまるで妖精を呼び出す『魔法の呪文』みたいで楽しいですね。そして、原料=価値を生産していることにやりがいを感じています。その原料をどう商品化するか、アイデアを練ることにもおもしろさを感じています」

【地域との繋がり】「原料産地の開発」の支援で、地域と業界に貢献

地元生産者に有機農法の技術提供も行う藤野さん。生産した作物を海外へ輸出する際に有利となる「JAS規格(日本農林規格)」の取得支援を行っています。

JAS規格の取得をめざすのは地元の酒米生産者。岡山県は「酒米処」としても知られ、県内各地で「山田錦」や「雄町米」などが多く栽培されています。近年、海外で日本酒の需要が高まっていることを受け、原料産地の開拓として有機農法を用いた酒米づくりをサポートしています。

藤野さん:
「日本は人口が減少し続けているので、持続性のある生産体制を整えて輸出をしなければ、経済はこれ以上活性化しません。一方で、農林水産省は『みどりの食料システム戦略』を策定し、2050年までに国内の農地25%を有機農業にという目標を掲げています。

そこで私たちは、農業の活性化と持続性のある生産をめざし、県内の酒米生産者に7年間の経験で得られた有機農業のノウハウをお伝えする活動をしています。有機農法で酒米を作ることは大変難しいのですが、安定して収穫できるようになり、国内の農産物を守ることに繋がればと思っています」

地元の酒米生産者とともに有機転換にも取り組む

【地域との繋がり】農業廃棄物の再資源化に取り組む

瀬戸内ファームでは、地域の米生産者から排出され、これまで焼却処分されていた「もみ殻」を再資源化。生姜畑の排水を行うために埋設されたパイプの上に、透水性の高いもみ殻を敷き、環境にやさしい疎水材として活用しています。

藤野さん:
「泥が落ちてパイプが詰まらないようにフィルターの役割をしてくれます。発酵させると良い素材になりますよ。しかも土に還るのでエコな素材です」

「もみ殻」を発酵させ、埋められている排水パイプの上に敷く

有機農業で自立する生産者として農産地を守り、農業人口を増やしていきたい

有機農業を実践し、地域貢献も行う起業家のモデルケースになろうとしている藤野さん。瀬戸内ファームが取り組む有機農業の展望についてお話を伺いました。

藤野さん:
「現在、輸入される食品のなかに、輸出国で消費されないような規格や栽培方法で作られた、安全ではない食品が流通していることは事実です。
こうした状況から農産地を守り、就農する若者に夢を持ってもらえるよう挑戦し続けたい。消費者となってくださるみなさまに“本物の食”をご提供したいという思いで、今後も良いものをお届けしていきたいです」

お話を伺いながら、「消費者のあり方」が重要だと感じずにはいられませんでした。まず、普段食べているものが、どこでどう作られたものなのかに疑問を持つこと。そして、作られる過程や作り手の思いから「本当に良い食とは何か」に気づくことが、有機農業の普及と食の未来を守ることに繋がるのではないでしょうか。

今後は「おかやましょうが」の通年収穫をめざすと同時に、加工商品のラインナップも充実予定という藤野さん。新たに漬物・調味料・ワイン・茶葉など、商品化の準備がすすめられています。夢の持てる持続可能な農業の普及をめざし、藤野さんの挑戦は続きます。

今年も、みずみずしい新生姜が芽吹く

文:野鶴美和 写真:野鶴美和、瀬戸内ファーム

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