かつて、私たち日本人は、森から食料を得、樹皮や枝葉で道具をつくり、木の家に住み、森と深くかかわりあって生きていました。いま、私たちの暮らしは森から離れ、森林の荒廃が進んでいます。
「豊かな森を次世代に残していきたい」
NPO法人「いとなみ」を運営する藤井芳広さんは、そんな思いで、福岡県糸島市を拠点に森の再生に取り組んでいます。
保水力がなくなり、根を張れなくなった日本の人工林
糸島市の二丈岳。標高約700メートル、加茂川の上流にある森が、藤井さんのフィールドです。小さな小川に丸太の橋。緑の木々の合間から木漏れ日がさし、深呼吸すると澄んだ空気が全身に満ちていくようです。
「気持ちいいでしょう?僕、森にいる時間が大好きなんです」と、藤井さんが笑顔で語ります。
この二丈岳の森をはじめ、糸島市内数か所の山で、藤井さんは森林再生の取り組みを行っています。
藤井さん:
「いま、日本の森林は、残らず伐採して何もなくなるか、手入れがされず荒れ果てるか。ゼロか100かという状態になっているところがほとんどなんです。自然豊かな九州も例外ではありません。特にいまは海外から木材を安く輸入できることもあり、杉やヒノキは採算がとれないからと、高度経済成長期にたくさんつくられた人工林が放置されている。
間伐されず木々が密集すると、幹が細り、保水力がなくなり、根を張れなくなる。倒れやすくなり、土砂崩れなどの災害につながります。山は海ともつながっていますから、山が痩せると、海の生態系も崩れてしまう。それは、私たち人間の暮らしにも直結します」
このままでは豊かな山や海を子どもたちに残せなくなる。100年先、200年先の世代にも、森を残していきたい。そんな思いから、藤井さんは2010年から糸島の森を再生させる活動をスタートしました。ユニークなのは、その方法です。
大人も子どもも参加できる、チェーンソーを使わない間伐
「皮むき間伐」という手法で、竹べらを使って樹皮をペリペリとはがすのです。皮がなくなった木は自然に水分が抜け、枯れるため、簡単に切り倒すことができます。重量も軽くなるので、人の手で軽々と持ち運べます。
チェーンソーや重機を使わなくてもできるこの皮むき間伐を、藤井さんは誰もが体験できるワークショップのスタイルで行っています。
藤井さん:
「面白いように皮がはげていくので、ワークショップは盛り上がりますよ。いまは大人も子どもも森に入る機会がないので、森の空気やいろんな生きものに触れることができると喜んでもらえます。ワークショップで初めて日本の森林の状況を知る人も多く、そうした人たちが周りの人に伝えてくれて、この活動も徐々に広がってきました」
伐採した木は、保育園やお店などの内装に使われたり、商店街のベンチになったり。 むいた樹皮で染めものをしたり、木の端材で小物を作ったりと、さまざまに工夫して活用しています。
自ら購入して森を守るという方法
実は藤井さんが管理している二丈岳のこの森、藤井さんが自身で購入した土地だというから驚きです。
藤井さん:
「これまで、森林再生の取り組みをいろんな山でやってきましたが、10年から20年かけていい状態に戻しても、その山の持ち主が変わったら、育てた森が全部伐採されてしまう可能性がある。だから、本当に森を守ろうと思ったら自分で所有するしかないんです。
最初は1人で購入していましたが、いまは仲間ができて共同購入というかたちをとっています。所有権は誰ももたず、みんなで手入れして未来に渡そうと。
山の管理って大変なので、もっている山を手放したいという人はけっこう多いんですよ。僕からしたら宝の山(笑)。だから僕らがそれを一手に引き受けて、糸島じゅうの山をよみがえらせたいって思っているんです」
人も動物も分けあえる。「食べられる森」づくり
さらに、いまチャレンジしているのが「食べられる森づくり」。
海外では「フードフォレスト」と呼ばれ、単一の植物や作物だけ植えるのではなく、果樹や野菜、ナッツ、ハーブなどさまざまな食べられる植物を計画的に植えることで、多様性のある豊かな森をつくるという考え方です。
藤井さんは高齢化で耕作放棄地になってしまったみかん山を引き継ぎ、農薬を使わずに甘夏を育てながら、周辺に自生する多彩な植生を残し、「食べられる森」を少しずつ育てています。
藤井さん:
「毎年実と種をつける “食べられる森”は天然のシードバンク。気候変動が激しいいまのような時代、単一栽培だと収穫ゼロにもなりかねませんが、多様性のある“食べられる森”なら不作の時期や食糧難にも対処できます。
“食べられる森”づくりは、自然のままだと30年から50年かかるところを、人が手をかけ、きちんとデザインして植えることで5年ほどで実現できます。この森の食べものは人だけじゃなく、動物も食べられます。お互いに分けあっていけば、動物たちが人の畑にまで下りてきて作物を食べなくてもよくなります」
農薬や化学肥料を使わず育てる藤井さんの甘夏はおいしいと評判で、果汁はジュースに加工して糸島市内のカフェなどで販売もしています。大手食品メーカーから果汁をゼリーに使いたいという申し出もありました。
藤井さん:
「昨年からはオーガニックマルシェも始めました。日本は有機農業が遅れていて、取り組む人が少ないので、環境に配慮した農産物を求める消費者のニーズを可視化することで、特にこれから農業を始める若い人たちが有機農業に取り組む後押しになればと思っています」
子どもたちに残せるものは、森だけ
昨年、2人目の子どもが生まれました。
藤井さん:
「自分がいなくなったあと、子どもたちに何を残せるだろうと考えると、森しかないと思うんです。昔から、山は亡くなった人の魂が還る場所でした。だから僕たちの先祖は山を大切にしていたんだと思います。僕も自分が還る場所をつくっているという気持ちです。いなくなってもここにいるよ、ここから見守っているよと。そんな場所を子どもたちに残していけることが、うれしいんです」
荒廃した森が再生するには、数十年、数百年かかるといわれています。
藤井さんが見つめているのは、次の世代、その次の世代、そして7世代先の未来。気が遠くなるような遥か先のことに思えますが、藤井さんはたしかな未来を信じています。
藤井さん:
「間伐した森に光がさし、そこから草木が芽吹いているのを見たときの感動は忘れられません。これまで手入れしてきた森に少しずつ植生が増えていって、1日1日、変化しているのを感じます。100年後、200年後の豊かな森が、いま育っているんだな、と」
未来は、森や海と生きることが当たり前の世界に
森と海を循環させ、地域の環境を健全にしようと、糸島の海でビーチクリーン活動や、水質を浄化する効果のある「葦刈り」の活動なども行う藤井さん。
家族が食べるお米は自分たちの手でつくろうと、棚田に一枚田んぼをもち、米と麦の二毛作も実践しています。
「いとなみ」を立ち上げて約10年。東京時代を含めると、環境を守る活動は足かけ20年になります。
藤井さん:
「始めたころはマイノリティだった。でもいま、ワークショップにたくさんの参加があったり、企業が活動に注目してくれたりして、僕らがメジャーになる時代がきたんだと思っています。
メジャーというのは有名になるとか、そういうことじゃなく、当たり前になるということ。未来では、森や海とともに暮らしていくのは当たり前のことになっています。そういう文化を未来につないでいくのが、今を生きる僕たちの役割なんだと思います」
天に伸びるまっすぐな杉の木を見上げる藤井さん。
その瞳にはきっと、植生があふれる多様な森と、そこであそぶ子どもたちの姿が鮮やかに映っているに違いありません。
文:神原里佳
写真:神原里佳、NPO法人いとなみ