ローカルニッポン

津軽塗を未来につなぐプロジェクト

青森県弘前市を中心に、江戸時代から300年以上受け継がれてきた津軽塗。しかし、全国の産地同様、津軽塗も職人の高齢化や担い手不足など課題を抱えているのが現状。そんななか、異業種のメンバーがプロジェクトを立ち上げ、それぞれの得意分野を生かしながら、これまでとは違ったアプローチで津軽塗を未来につなげていこうという動きがあります。
そこから生まれた、津軽塗ブランド「KABA(カバ)」の取り組みをご紹介します。

刀の鞘(さや)を彩る装飾から始まった津軽塗

そもそも、津軽塗とはどんなものなのでしょう。その歴史は、江戸時代中期にさかのぼります。弘前藩4代藩主 津軽信政が藩の産業育成のために全国から職人を集め、その時に召し抱えた塗師(ぬし)が刀の鞘に漆塗りを施したのが始まりだとされています。

1873年のウイーン万国博覧会に県が「津軽塗」という名称で漆器を出品して以来、認知度が高まり、産業として発展していきました。1975年には伝統的工芸品に選ばれ、2017年には国の重要無形文化財に指定されました。漆芸分野では、石川県の輪島塗に次いで全国2例目です。

塗り・研ぎを繰り返すことで浮かび上がる漆の小宇宙

津軽塗の特徴は、全国でも珍しい「研ぎ出し変わり塗り」という漆工技術。多くの漆器は、塗装した上に模様を描きます。それに対して、津軽塗は凹凸をつけて何度も重ね塗りした色漆の表面を研ぐことで、奥底から複雑な模様が浮かび上がってきます。

津軽塗の代表的な技法は4種類。津軽塗の代名詞ともいえる唐塗 (からぬり)、菜の花の種を用いて江戸小紋風の小さな輪紋を表現する七々子塗 (ななこぬり)、炭粉と黒漆を使ったクールな印象の紋紗塗 (もんしゃぬり) 、七々子塗の変化の一種で高度な技術が必要とされる錦塗 (にしきぬり)。これ以外にも、それぞれの塗を織り交ぜることで無限の塗が表現できるといいます。

津軽塗の見本帳・手板。独創的な表現を追求し、職人たちは切磋琢磨したという

津軽塗の現状にショックを受け、任意団体を設立

池田守之さんは、後に前述の津軽塗ブランド「KABA」が生まれることになるプロジェクトの発起人。日頃は、弘前市でグラフィックデザイン事務所「マス グラフィックス」を運営するプロデューサーとして活躍しています。池田さんは、2011年に弘前市立博物館で開催された津軽塗の特別企画展でトークイベントに参加し、津軽塗の現状をあらためて知ったといいます。

池田さん(KABAプロデューサー):
「津軽塗の売り上げが落ち込み、若手職人は津軽塗だけではご飯が食べられないのでバイトをしていると聞いて、すごくショックで…。若手職人が自分の仕事に誇りを持って働くことができて、さらに業界全体を盛り上げるために何か貢献できないだろうかって思ったんです」

そこで、池田さんは、津軽塗の研究・開発に取り組んでいる「地方独立行政法人 青森県産業技術センター弘前工業研究所」の協力のもと、2014年、任意団体「津軽塗新ブランド創設プロジェクト」を設立。津軽塗の若手職人のスキルアップや伝統工芸の継承・発展、また、津軽塗の新しいブランド創設を目指して活動するとともに、研究所との共同研究も続けてきました。そうした活動をベースに、池田さんは、2019年、津軽塗ブランド「KABA」を創設しました。

異業種メンバーが集結し、商品開発に着手

「KABA」のメンバー。左から森田優子さん、佐々木直美さん、池田守之さん、葛西彩子さん。

池田さん(KABAプロデューサー):
「最初の頃は、3人の若手職人と私が直接やりとりしていたんです。でも、私は職人ではないので、塗りの手法とか技法がわからない。なので、こんなデザインがいいなと思って提案しても、職人からすればそれは技術的に難しいと…。なかなかかみ合わないまま、試行錯誤の日々が5、6年続いたんです」

そんな時に、池田さんが声をかけたのが、弘前でギャラリー「CASAICO」(カサイコ)を営む葛西彩子さん。宮城県仙台市出身の葛西さんは、東北芸術工科大学で漆を学び、2008年、結婚を機に夫の故郷・弘前に移住しました。ギャラリーに併設された漆工房では自ら作品作りを行うとともに、漆塗りの教室も主宰しています。

葛西さん(KABAディレクター):
「池田さんからご相談を受けた時、まさに今、池田さんがご苦労されている職人とのやり取りや橋渡し役こそ、私ができることなんじゃないかって思ったんですね。せっかくやるなら、チームを組んでそれぞれの得意分野を生かしながら活動することで何か新しいことができるんじゃないかなと思いました」

そこで、葛西さんは「CASAICO」の津軽塗教室に生徒として通っていた森田優子さんにアプローチ。群馬県出身の森田さんは、東京でのITシステム開発・プロジェクトマネジメントの仕事を経て、弘前にIターン。弘前市の地域おこし協力隊制度を活用して、地域資源を活かした新たなビジネスモデルの創出をめざす「Next Commons Lab弘前 通称:NCL 弘前」のコーディネーターとして活躍していました。

さらに森田さんから、当時、弘前市岩木地区地域おこし協力隊として活動していた佐々木直美さんにお声がけ。佐々木さんは首都圏で雑貨メーカーでの営業企画、商業施設での販売促進やイベント企画などに携わった経験の持ち主。Uターン後は、こぎん刺しや、りんご手籠など、地域に古くから伝わる手仕事の魅力を観光コンテンツに結び付けられないかと模索していたところでした。

こうして、2019年には葛西さんが、2020年には森田さんと佐々木さんが津軽塗ブランド「KABA」のメンバーに加わり、異業種連携による津軽塗の新たな商品開発がスタートしました。

この日のミーティングでは、次回作に向けたデザインについてイメージを共有

ふだん使いのアクセサリーシリーズ「SUCOSi」

商品開発にあたって留意したのは、高いデザイン性もさることながら、できるだけ多くの人の目にふれやすいアイテムを作ること。そのためには、食器類のように家の中で使うアイテムではなく、「ふだん使いできるアクセサリー」にしようと意見が一致。消費者ニーズを的確にとらえるために約300人にアンケートを実施し、実際に身につけたいと思うアイテムや価格帯などを細かくリサーチしました。

佐々木さん(KABAプランナー):
「青森に限らずですが、今までの伝統工芸品はモノができてからどう売ろうか、と考えるパターンが多かった。でも、いろんな人に合わせようと思うと結局誰にも刺さらないものになってしまう。なので、私たちは30~40代の女性をメインターゲットに、身に付ける人のライフスタイルやファッションを具体的に想定し、コンセプトを明確にするところからスタートしたんです」

森田さん(KABAプロジェクトマネージャー):
「イメージとしては、ベーシックなものを取り入れつつも、自分の好きなものにはお金や時間をかける女性。そうなると、『いかにも津軽塗!』ではなく、さりげなくそれを主張しつつ、ふだん使いできるデザインがいいなということになったんです」

メンバーたちは、定期的に集まりミーティング。さらに、前述のKABAプロデューサー池田さんの事務所のデザイナーたちとオンラインでつないで、広告や動画の打ち合わせを行いました。こうして誕生したのが、「~日々の暮らしに“少し”自分らしさを~」をコンセプトにした「SUCOSi」。アイテムは、ネックレス、ピアス、イヤリングなど全12種類。塗のバリエーションは11種類です。

「~日々の暮らしに“少し”自分らしさを~」をコンセプトにした「SUCOSi」

津軽塗を施した牛本革スエードと、金属のパーツの組み合わせが印象的なデザイン。地金は、葛西さんの後輩にあたる2人の彫金作家にオーダーしたものです。地金を金づちで叩いて模様を打ち出したり、細い金属を立体的に張り付けたりと、細部のディテールにもこだわりが詰まっています。

葛西さん(KABAディレクター):
「塗の色を決める時に活用したのは、漆芸家で研究者の故・藤田清正さんが1970年代に制作した500枚の手板。これを参考に、みんなで選んだんです」

手板は、いわゆる津軽塗の見本帳。時を経た今も古びるどころか、まるでモダンアートのように美しく、それ自体が芸術作品のよう。津軽ではそれぞれの職人がオリジナルの手板を持っているといい、先人たちの心意気と気概が感じられます。

若い世代からも反響を呼んだ展示販売会

2021年12月には、仙台の画廊で初の展示販売会を開催。2022年2月には、弘前市内の商業施設にポップアップショップとして出店しました。

弘前市内の商業施設で行った展示販売会。お客さまの反響の大きさに驚いたという

池田さん(KABAプロデューサー):
「お客さまのリアルな反応を知りたかったので、あえてプレスリリースはしなかったんですが、SNSでも話題になり反響が大きかった」

佐々木さん(KABAプランナー):
「ターゲット層の女性はもちろん、若い男性が贈り物に選んでくれたり、若いカップルがおそろいで買ってくれたり、今まで津軽塗に馴染みの少ない若い世代にも好評でした」

森田さん(KABAプロジェクトマネージャー):
「通りすがりの女の子たちが、『かわいい』と手に取ってくれたり、『こんなのが欲しかった!』という声もうれしかったです」

弘前の会場で紋紗塗(もんしゃぬり)の四角いネックレスを購入したという30代の男性からは、「友人に『これ津軽塗なんだよ』と言ったら、すごく驚かれた。『どこのブランドですか?』と聞かれて、身に付けていて誇らしかった」という声も届いています。

お客さまの声が若手職人のモチベーションアップに

「KABA」のモノづくりを支えているのは、今漆器工房の今立(こん・たつる)さん。津軽塗職人の父を持つ30歳の若き職人です。秋田公立美術工芸短期大学で漆を専攻し、その後、輪島の漆芸技術研修所で3年間学んだといいます。技術の高さはもちろんですが、下地から仕上げまで一切手を抜かず、見えない所までていねいに仕上げる実直な仕事ぶりとそのお人柄には定評があります。

今さん(今漆器工房):
「SNSを通じて、展示会で購入してくださった方たちの感想を読んで、ものすごくモチベーションアップにつながりました!異業種のメンバーの皆さんは心強い方ばかりで、マーケティング調査やプロモーションを効果的に行うことで、こんなに面白いことができるんだということが再確認できた。津軽塗の技法は無限大なので、『今度はどういう依頼が来るのかな』と、職人としてすごく楽しみなんですよ」

津軽塗職人の今立さん。職人仲間と漆の木を育て、自分で掻いた漆を使用することも

今さんの目標は、職人の一人として、これから現れるであろう後輩たちに恥ずかしくない仕事をして、津軽塗を次の世代につなげること。

今さん(今漆器工房):
「津軽塗の職人はカッコイイ!と、憧れられるような職業になればいいですね」

軽やかな風をまとって歩み出した津軽塗

展示販売会で手ごたえを感じた池田さんたちは、工芸品などの展示会ではなく、アパレル業界の展示会に出展して販路を広げ、全国のセレクトショップなどでの展開を検討中。

葛西さん(KABAディレクター):
「私たちのような取り組みは、他の産地ではまだ少ないこと。産業と職人を守るためには、今後も売れる商品を作り続けていくことが必要。高校生とか若い子が津軽塗に憧れて足を踏み入れてほしいし、活動に関わる若手職人がどんどん増えて、産地全体が盛り上がっていくのが理想です」

池田さん(KABAプロデュ―サー):
「産地のみんなが切磋琢磨して、プラスのスパイラルが生まれればいい。そして、津軽塗に携わっている人すべてが潤って、みんながハッピーになればいいなと。津軽塗のストーリーを含め、魅力ある商品を発信し続けることでそれを実現したいですね」

津軽で研ぎ澄まされてきたモノづくりの技術と心。そこに、ジャンルを超えた人と人が出会ってつながることで化学反応が起こり、津軽塗は今、軽やかな風をまとって歩み出しています。

これから夏に向けて、リクエストの多かったブルー系の塗りも検討中だとか。「KABA」ブランドによる唯一無二のモノづくりは、身に付けた人が誰かに自慢したくなるような物語と、ちょっとだけ誇らしい気持ちを運んでくれます。

文 :須藤ゆか
写真:津軽塗ブランドKABA