買い物の場を失うということ
「話し相手。」
そんな返答にハッとさせられた。島根県津和野町での買い物不便者の実態を把握するため、各集落を調査し、住民の方に色々とお話を聞いていた時だった。
「生活していく上で、今何が最も欲しいですか?」そう尋ねた時に返ってきた言葉である。
NPO法人urban design partners balloonは、津和野町からの委託事業として、買い物不便者対策に取り組んでいる。
高齢化が進み、車に乗れない人が増える。過疎化が進み、商店がなくなってしまう。利用者が減り、バスも便が減ってしまう。日本全国、同様の状況が生まれており、買い物に困っている方がたくさんいる。
津和野町では、中山間部の集落はもちろん、街中でも商店が次々となくなっており、買い物不便の問題が起きている。
そして、この問題は買い物だけの問題ではない。地域に買い物をする場所がない、移動する手段がない、ということは、地域で行く場所がない、ということである。つまりは、なかなか住民同士で顔を合わせる場、おしゃべりする場がない、ということ。
みんなに会える 誰かに会える
調査の中で、移動販売に着目した。津和野町内では昔から移動販売業者が何社も出入りしており、集落内に買い物の場を提供している。
どの業者さんも口を揃えて言う。「昔はすごく儲かる商売であった」と。
農家の多い中山間部では、畑で仕事をしている傍ら、家の前で新鮮な魚を手に入れることのできる移動販売は重宝された。
しかし、過疎化・高齢化で集落の人口は減り、若者は仕事帰りにスーパーで買い物をして帰ってくる。
お客さんの高齢化に伴い、業者さんもパンやお菓子、総菜や野菜など、商品のラインナップを変えながら、地域のニーズを探りながら、販売を続けている。
ただ、業者さん自身も高齢になってきており、経営が難しくなるばかりである。
それでも、移動販売を楽しみにしているおじいちゃん、おばあちゃんはいる。
もちろん、買い物ができるからではあるが、それと同時に、「みんなに会えるから」というのも大きな理由になっているようだ。
移動販売に行けば誰かがいる。おしゃべりできる。
「買い物の場」であると同時に、「交流の場」なのである。
近所の友人が来ないと、「今日はどうしたのだろうか?」、「病院にでも出かけたのだろうか?」と心配する。
業者さんも、毎週住民の方と顔を合わせるので、「少し歩きにくそうになったな」、とか、「先週買ったこと忘れちゃっているな」とか、気付いたりする。
ちょっとした「見守りの場」にもなっているのである。
移動販売を活かして
「買い物」だけでなく、「交流」や「見守り」といった側面も持ち合わせている移動販売。
これを行政として、何かサポートできないか、強化していけないか、と考え、いくつかの試みを進めている。
Web-map
今どこが買い物の空白地帯になっているのか。移動販売車の動きをweb-map上に落とし込み、空白地帯を把握し、最適な業者とのマッチングを図る。
バスの動きや地域でのイベントや集会、固定店舗の配達エリアなども重ねていき、他の施策とも連動して展開させることを目指す。
買い物不便の問題は、交通に商業・物流、福祉と、様々な分野を横断するものである。それぞれの視点を地図上に重ねていき、複合的な視点で地域の課題を捉えるツールとして、現在開発中である。
住民による移動販売
現在、どの業者も立ち寄れない地域では、移動販売の社会実験を行っている。
地域の商店と連携した仕入体制、シルバー人材を活用した運営体制、公民館での交流サロンや介護予防プログラムと連動した移動販売、などを試みている。
どんな地域にも、住民同士気軽に集まれる場があるといい。
買い物をきっかけに住民が集まり、そこでお茶したり、簡単な運動をしたり、公民館にみんなが集まっている時には、そこに移動販売が行ったり。 儲けは期待できないけど、商店、住民、行政が協力し合うことで、地域にとって大事な空間を守っていけるのではないか。
移動販売のポイントカード
モデル地区で発行しているポイントカードでは、カードについているNFCタグをタブレットで読み込むことで、移動販売への参加を電子データとして把握できる。
「このおばあちゃんは毎週来ているので安心だね。」
「このおじいちゃんは、これまでずっと来ていたのに、最近来ていなくてちょっと心配だな。」
行政がそうしたデータを把握することで、見守り体制の強化につなげていくことが狙いである。
これから高齢者が増えていく中で、行政の負担は増すばかりである。移動販売に来られる方はデータで確認し、来ていない方には民生委員や自治会と協力して対応する。
こうした仕組みが地域の見守り体制の強化に貢献できないか、模索しているところである。
安心して住み続けるために
ある地区では、バスで買い物に行けるにも関わらず、移動販売を皆さん利用している。
「将来、移動販売が来なくなってしまったら困るから、できるだけ移動販売で買うことにしている。」
こうした「買い支え」の意識が住民の方々にはある。
商売として見た時に、現状の移動販売は非常に脆弱な体制である。
しかし、そこにある福祉的な役割、文化的な価値をみつめ、行政も住民も協力して、移動販売をより持続的な仕組みにしていくことはできるのではないだろうか。
地方創成、定住促進には、二つの車輪があるだろう。
一つは、地域にインパクトを与える、これからの地域を支える元気な若者が入っていくこと。
各地でUターンやIターンといった移住促進が取り組まれており、津和野町でも様々なチャレンジがされている。
ただもう一つ忘れてはならないのは、これまでその地域を愛して暮らしてきた住民が、これからも安心して住み続けられること。
両輪がうまく廻った先に、豊かなローカルニッポンがあるのだと思う。
文 : NPO法人urban design partners balloon 代表 鈴木 亮平