ローカルニッポン

持続可能な里山保全の秘訣とは?/南房総市千倉町川戸地区

「里山」とは、人里に近い山のこと。古来日本人は、燃料となる木材や田畑の肥料、家畜の飼料などを里山から入手してきました。そのため自然と里山は管理され、多様な生態系を維持することができたのです。しかし、エネルギーや産業構造の変化、地方での人口流出や高齢化から、人が山を利用する機会が減り、自然環境の変化に伴い、近年は生物多様性や在来種の保護が叫ばれています。ただし、そうはいっても一度は生活と切り離された里山をどうすれば守っていけるのか。今回は、南房総市千倉町の川戸という地区で10年以上前から始まった里山保全の取り組みが、現在でも活発に行われていることから、その秘訣を探ってみたいと思います。

毎週水曜午前9時~

南房総市の南東に位置する千倉町は、海岸線の国道周辺に散在する花畑や千倉漁港を中心とした水産物が豊富で、サーフィンスポットとしても知られています。そんな海のイメージの強い千倉町の中心部、小高い山に囲まれた盆地に位置しているのが川戸地区。車の行き交う海岸線から一変、静かで落ち着いた田園地帯の細い道を抜けると「おんだら山」の看板が出てきます。この「おんだら山」にて毎週水曜日に山の緑地整備を行っているのが「たのくろ里山保存会」です。


“「おんだら」ってのは、房州弁で「俺たち」を意味する言葉です。小さな頃からこの山と共に育ってきた地区住民が、「俺たちの山を守っていくぞ~」という気持ちを込めて「おんだら山」と名付けました。(笑)それだけ愛着もあったということでしょう。”

御年70歳、ズシっとした体格で苦もなく山を案内してくれるのは里山保存会会長の渡辺俊彦さん。朝9時に集合した保存会7、8人の男性が、草刈り機の手入れをしながら何やら冗談を言い合って大笑いしています。そんな傍から「おぉ~い!」と渡辺さんが声をかけると「はぁ~い!」と黄色い声が。山の斜面下方から籠に溢れるほどの梅を抱えた女性達が登ってきました。もちろん水曜日の午前中なので、参加者はリタイア後の年配の方ばかりですが、この溌剌と明るい雰囲気にどこか圧倒されるような感覚を覚えます。

山頂を案内する渡辺俊彦さん

村おこしの幕開けと「たのくろ里山保存会」の結成

おんだら山は標高100m、総面積約3.3haの小高い山です。とはいえ、周囲に大きな山もないので頂上に辿りつくと、晴れた日には富士山や太平洋が一望できる景観スポット。どのような経緯で里山保全が始まったのでしょうか。

おんだら山 山頂からの眺望

“そもそも里山保存会が立ち上がる少し前に、川戸全体で「たのくろ里の村」という地域団体が結成されたんです。昔から川戸は地元思いの人が多くて、青年会で集まっては「村おこし」をしようって話になっていたのがいよいよ形になりました。今は役割分担をしてますが、年に一度の収穫祭はみんなで祝うのが恒例行事になってるんですよ。”

2000年、村の高齢化や人口減少が進む中「あんかやんべぇさ」と事あるごとに語りあってきた30~50代の住民が、農道に2000球の彼岸花を植えたことをきっかけとして「たのくろ里の村」が結成されました。この彼岸花が見事に咲き、地元の小学生が喜ぶ姿を見て村おこしの機運が高まったところ、世代や性別に応じて緩やかに分業体制ができあがっていったとのこと。

毎年9月「たのくろ里の村」収穫祭で開催される案山子コンテスト

婦人部が中心となって朝市などを運営する「たのくろ市場」や、主に重作業を担当する青年組織「たのくろ『たてっ会』」もありますが、その中で里山保全に向けて動き出したのが「たのくろ里山保全会」です。

“祭りの後に村の面々で一杯呑んでましてね。その時に、子どもの頃に遊んでた山が荒れてどうしようもねぇって話になったんですよ。そんじゃ一回掃除してみようとのことで手を付け始めたのがおんだら山です。ここは昔は酪農の放牧地で、止めてしまってからは竹藪だらけになってました。”

小学生の卒業記念植樹が1000本に

“いざ呼びかけてみると、80世帯の地区から30人もの住民が参加しまして、川戸を思う住民の気持ちに驚きました。こうして少しずつ山に手を入れていくうちに、掃除してるだけじゃ物足りなくて折角だから、「桜千本、梅千本」を植えようという目標が生まれたんです。それが、小学生の卒業記念に桜を植えることに結びついたんですよ。”

おんだら山を登ると、大きな木から小さな苗木まで、数多くの桜が山道に植樹されていることに気付きます。これは2005年から始まった千倉町の小学6年生の卒業を記念して行われてきた10年にも及ぶ記念植樹で、毎年100本以上の植樹が行われてきた結果、今年3月には目標である「桜千本」を達成しました。

小学生の卒業記念植樹の様子

“まぁ単純に山を綺麗にしようって始まったわけですが、毎週皆で集まってああだこうだ話し合う内にアイディアが次々と浮かんできまして、気がついたら年間を通して花が見られるよう、桜にしても7、8種類植わっている状態です(笑)。今はまだ知られざる場所ですが、いずれ花の咲き乱れる観光地として皆さんに楽しんでもらえるようにしたいですねぇ~。”

おんだら山には、彼岸桜や薄墨桜、上溝桜に10月桜など、開花時期の異なる全国各地の珍しい桜や、百日紅や山茶花にみられる四季折々の花木が計画的に定植されています。

徐々にそれぞれの木々が成長し「梅千本」も達成される頃には、花の名所として沢山の人々が川戸に訪れてくれるのではないか?保存会の皆さんがワクワクするようにおんだら山を語り積極的に活動する背景には、里山保全という義務を越えて、一人一人に理想郷を作るという思いが芽生えているからなのでしょう。

加工品販売によって活動費を自主捻出

たのくろ里山保存会に特徴的な活動手法は、里山から新たな生産資源を開発しているところにあります。植えられているのは花木だけではなく、ブルーベリーや原木を利用した椎茸も。これを婦人部が中心となって加工し「たのくろ市場」はじめ直売所やイベントで販売しています。こうして里山保全にかかる様々な活動資金を捻出しているのです。

“最初の1、2年は、みんな手弁当で頑張ってたんですよぉ~。でもやっぱり毎週水曜日っていう頻繁な活動は全部ボランティアじゃ厳しいものがあります。そうこうしているうちに植栽した梅の実がなって、梅干しなんかを作ったら好評でしてねぇ。それじゃってことで婦人部が頑張って本格的に加工品作りを始めたんです。”

今ではこれらを販売した収益から、毎週水曜日の活動参加者に弁当が配られる他、年に1度、他地域の先進的な取り組みを視察する際のバス代経費の一部を補助しています。もちろん人件費の支払いはありませんが、活動に持ち出しの費用がかからないことは大きな違い。何より活動費が山から生み出されていること自体が、作業の活力に繋がります。

地元の業者と連携して製造する
各種アイスクリーム

川戸米

また、実はこの川戸地区は南房総地域のご飯好きには有名な米どころ。最後に「川戸米」を村おこしの一つとして掲げてきた「たのくろ里の村」代表川原孝さんに話を伺ってみましょう。

「たのくろ里の村」代表の川原孝さん

“川戸の土は、水が入れば足は抜けないし、日照りになればカッチカチで鍬も入んないほど重粘土なんですね。だから耕作するのは容易じゃありませんが、その分米が美味くて、昔から個々の農家にお客さんがいて米が市場に出回らなかったほどです。小さい地区でまとまった量が出せないこともありますが、村おこしのためにも「川戸米」を多くの人に知ってもらえるよう、新しい世代に期待したいですね。”

強い重粘土質の川戸で生産される米は、先祖代々知る人ぞ知る食味米として知られてきました。ただし、顧客が固定している農家から米を集めることが難しく、「川戸米」として広く販売するには至っていません。川原さんは、今後まだ出荷に余裕のある次世代の担い手や地区農家と共にこの「川戸米」販売も実現したいと考えています。

収穫祭を行う「たのくろ広場」を定期的に清掃する川戸地区の皆さん 青年も積極的に参加する

南房総市千倉町川戸地区で続けられている毎週水曜日の里山保全活動をみてきましたが、この取り組みから学ぶべきことは、緩やかな「組織化」、「保全」よりも「利活用」、そして新たな村づくりの目標を自主的に掲げているところだと思います。里山の利活用はじめ、1つ1つのプロジェクトが花開き、次世代の村づくりへ繋がっていくといいですね。

文:東 洋平