地方が都市の人的・物的供給地として都市を支える役割を担い始めたのは高度経済成長期。それまでは緩やかに地方での経済循環が成立していたものの、人・モノ・カネが急速に都市に集中することで少子高齢化も相まって、地方の疲弊は進みました。そこで現在地方創生の名のもとに積極的に施策が講じられ、また各地域の取り組みにも注目が集まっているところですが、そもそも地方に目を転じる意義とは何か。今回は、新宿でシェアオフィスを運営しつつ、7年前から2地域居住をはじめ、現在は南房総市平久里に移住し今後の日本を考える永森昌志さんにお話を伺いながら、これについて考えてみたいと思います。
里山滞在プロジェクト”hafoon”
南房総のちょうど内陸中心部に旧三芳村という地区があります。小高い山に囲まれて現在でも田んぼや畑、酪農が盛んなこの地区は、誰もが想起する田舎のイメージにぴったりの穏やかな環境。この旧三芳村里山の麓にある築300年の古民家、その裏山と広がる畑を再活用しているのが永森さんらhafoonというチームです。
“異業種の仲間でこれまで米の自給に取り組んでいたところから、より拡張性のある体験の場を生み出そうと、衣食住を自分達で作っていくことを目標として、この4月から活動が始まりました。”
hafoonは建築家から法律家、ITや食関係、デザイン関係、そして映像ディレクターまで多分野で活躍する男女12名を中心としたチームで、週末ごとに定期的に集まり、建物の改修のほか畑では綿や麦、大豆をはじめとした作物を栽培し、裏山の竹を利用して竹炭を作るなど、周囲の資源を利用して伝統的な生活を再現していきます。
“広い視点では「暮らしの歴史をなぞりたい」という意図があって、都市である東京から外に出て、ゼロから衣食住を作り上げるという物語を体感することが目的です。また同時に、今や資本主義やグローバリズムという構造が終わりを迎えて、次なる在り方を模索する時代に入る中、僕らなりに黎明期をクリエイティブに楽しもうという具体的なアクションでもあるんですよ。”
普段からhafoonメンバーの有志ではSIS研と題して、金融を軸とした世の中の「システム(System)」、哲学的な「思想(Idea)」、そして「物語(Story)」を、読書会を通じて自主的に研究しており、こうした各メンバーの探求心を背景として具体的なアイディアを実現させているところに活動の独自性を感じます。
ソーシャルビジネスに本腰入れる
hafoonでは南房総現地人として活動しつつ、新宿でシェアオフィスを運営しWEB関連会社を経営する永森さんは、東京都吉祥寺出身の都会育ち。学生時代から4年半勤務した広告会社までは特に地方への興味もなく都会生活に親しんでいました。そんな永森さんに今の活動に至る直接のきっかけを与えたのは、ソーシャルビジネスとの出会いでした。
“2006年に友人の誘いで、小林武史さんや桜井和寿さんらアーティストが主導する市民バンクap bankによるプロジェクトkurkku(クルック)で勤めることになりました。ap bankは、地球環境の破壊や社会問題は、突き詰めると金融システムのあり方に起因していると考えるNPOのような組織で、音楽フェスを開催しては収益金を低金利で貸すといった、いわゆる銀行とは異なったお金の仕組みを提供していました。”
日常生活で価値の交換手段に重要な役割を果たしているお金ですが、証券を販売することや利子にみられるように、実体経済における人々の営みとは直接関りがなく、増えることそれ自体を目的としたお金がひとり歩きしているという側面もあります。このことが貧富の格差や、環境問題に繋がっているとして独自の銀行を立ち上げたのがap bankの試みでした。
“ap bankから生まれたkurkku(クルック)では、「物を買うことは投票すること」というコンセプトで消費について考えるための商品販売、本屋、飲食店などを経営しており、こちらにもWEBサイトの管理・運営部門で関りました。これらのソーシャルビジネスを通じて、金融経済と消費社会とは何かについて考えるきっかけを得られたことは、良くも悪くも自分の生き方を大きく転換しましたね。”
生活実験としての2拠点居住
東京で環境や社会の課題解決に勤しんでいた永森さんは、その傍ら実家が東京から千葉県木更津市へ引っ越したことを契機に、2008年南房総にて週末の田舎暮らしを始めました。ハードな仕事に対してメリハリをつける目的もありますが、永森さんにとってこの2拠点居住には他の狙いがありました。
“東京がグローバルに世界と繋がる中で、誰しも物理的なローカル半径3mに囲まれて生活しています。グローバル資本主義経済の行く末を考えた時に、この大きなシステムの変革を叫ぶことはそう簡単なことではありません。それでは、まず自分のローカルを整えるために生活実験をカジュアルに行ってみようと思ったわけです。”
永森さんがこの当時から大事にしている活動のコンセプトは「生活実験」。東京にいては都市を客観化できないという視点から、自身が生活の場を変えることによって身をもって実験を行い、同時に都市と地方の新たなあり方を模索していきたいという意志の表れでもあります。
シェアセカンドハウス
“2拠点居住をして間もなく、ローカルツアーを南房総で開催しないかとのお誘いがありました。これを企画して仲間を呼ぶと、予想以上に好評だったんですね。都市に住まう人にとってまだまだ未知の楽しみが地方にはたくさんある。そんなことを参加者で再確認した経験となりました。”
その流れで2拠点居住をしたいという声が高まり、永森さんらは南房総市千倉町に一件の別荘を借りてシェアセカンドハウスを始めることに。偶然にも千倉町のNPOが開催する無農薬の米作りワークショップをWEBで見つけこれに参加すると、自分達でも驚くほど週末に集まるようになったそうです。このようにして、別荘スペースが都市から地方を愉しむ拠点に変わり、里山滞在プロジェクトが立ち上がりました。
愉しみながら課題解決
シェアセカンドハウスを立ち上げた友人と共に、「シェア」のコンセプトを応用して新宿にHAPONというシェアオフィスを開設した永森さんは、オープンスペースで地方をテーマとしたイベントの開催も積極的に行っています。
“HAPONの影響で昨年までに47都道府県を自分の足で回ってみたんですが、今や同時多発的に面白い活動が地方で生まれつつあります。逆に言えば、都会で愉しいことってある意味では出尽くした感もあるんですよね。僕の考えでは、地方は都市住民にとって残されたコンテンツの宝庫です。いかに愉しみながら課題解決に向かっていけるか、もはやこの視点そのものが愉しさではないでしょうか。”
永森さんの話から、地方に着目することの意義として2つの観点が浮かび上がってきたように思います。1つは、従来のグローバリズムや資本主義では環境や社会的な問題の解決が難しいこと。そしてもう1つは、地方こそ都市住民がワクワクするコンテンツに溢れているということ。この「変革への視点を持つこと」と「愉しいこと」が合流する地点がローカルであり、そこでこそ日本そして世界の未来が見えてくるのかもしれません。
文:東 洋平