ローカルニッポン

ローカルとは心と心の通い合い/今井茂淑さん

南房総市池ノ内という小さな地区の里山にfree style furniture DEWという家具工房のアトリエとギャラリーショップ、カフェ、そしてコテージが一体となったスペースがあります。10年前にこの地に移住して2007年にこの施設をオープンしたのは家具職人の今井茂淑さんと琥珀シェイパー・アクセサリー作家の今井京子さん夫妻。今回は今井さんの移住歴、そして今井さんの意味するローカル、職人として南房総への関わりなどについてお聞きしたいと思います。

東京生まれローカル育ち

今井さんは東京の浜松町生まれ、奥さんの京子さんも世田谷育ちという都会出身のお二人ですが、現在住まう南房総での昔ながらの地域付き合いは幼少期に比べてそこまで変化はないとのこと。

“僕らが小さかった頃の東京というのは『三丁目の夕日』って映画がありますよね?本当にあんな感じだったんですよ。足りない調味料等があると隣近所との貸し借りをしたり、浜松町にも船着き場があって乗合船でハゼを釣ったり、車が少ないので子どもは道端で遊んでましたね。大きな変化は東京オリンピック。あの一大イベントでビルや宅地化が進んで、多くの人が東京に集まるようになりました。つまり昔は東京といっても今の地方と変わらないのどかさがあったんですよ。”

今井茂淑さん 愛犬アルと共に

戦後経済成長の中で東京が今のような近代的な都市機能を備えるようになった契機といえば、1964年東京オリンピック。都市開発が急速に進められ若年層が大幅に流入し、景色や交通網がみるみる内に変化しました。そんな大都市東京以前、東京タワーが建つ姿を目の当たりに育った今井さんにとって「ローカル」という言葉は都会に対する地方とは異なる意味合いを持っています。

蓮に輝く朝露をイメージして名付けたDEW

すべての始まりは音楽から

今井さんは、中学生の時にドラムを始め、高校卒業後バンドでコンテストに優勝したことをきっかけにレコードデビューを果たします。20代を突き進んだ音楽活動は商業的音楽への疑問から止めることになりましたが、その後もこの時期に音楽で培った感性が公私に渡り今井さんの人生に影響を与えました。

カフェで音楽を選曲する今井さん

“父親はサラリーマンでしたが、大工の家系だったことからなんでも自分で作れる人で家に木工の道具が沢山ありました。そんなことで小さな頃から道具が好きでしてね、30歳になって木工職人の道を歩むことを決めたんです。同僚や親方に恵まれて様々な技術を学ばせてもらったこともありますが、根本的に音楽と同じ感覚で制作をしています。素材がメンバーといいますか。ちょうど焚き火を囲みながら、誰かが太鼓を鳴らして、ギターが乗ってきて踊り出すような感覚ですかね。(笑)”

音楽の仕事から一転して家具職人を目指した今井さんは、職業訓練校を卒業後、家具工房で修業を積み、骨董和家具修理から建具まで幅広く技術を学び40歳で独立。家具修理用の材料仕入れをしているうちに古材が集まるようになり、様々な古材の特性を組み合わせて家具を制作する独自の作風が生まれ、ショールームも開設することになります。

“古材と向かい合っていると、以前この木はなんだったんだろうかと、物語に思いを馳せるんです。1つ1つが全くの別物でゼロから制作が始まるのですが、木工の仕事も音楽も人と人の触れ合いも同じですよね。曲が始まると途中で止めることはできないところも演奏と似ているなぁと思います。作り手と使い手が自由な発想のもとに家具を作り上げていく。これがfree style furniture DEWのコンセプトです。”

一冊の本が決め手となった南房総

1998年東京世田谷で「Space DEW」をオープンした今井さんご夫妻。美術展や個展、グループ展など東京での活動が増える中、2005年に南房総へ移住することにはどのような思いといきさつがあったのでしょうか。

ギャラリーショップには今井さんご夫婦の作品以外にも全国のご縁あるアーティストの作品も展示している

“表向きには、都内では木工の工場で必要な動力の認可が下りにくくなったことも関係していますが、木工という仕事を始めて何かが足りないと思っていました。それは自然と共生しながらの制作環境だったんですね。東京ローカルに生まれたからか、よりローカル感溢れる暮らしを求めていたんです。それで妻と3年かけて色々なところを回ったんですよ。”

今井京子さん:
“東京での仕事もあるので距離の問題を含め、海と山があり温暖な所として湘南から土地を探し始めました。でもなかなかご縁がなくて、そんなある日に、友達が一冊の本を貸してくれまして。鴨川に住む写真家とエッセイストのご夫婦が出版した本で、素晴らしい景観と暮らしぶりに感動し、南房総に興味を持つきっかけになりました。一度は諦めかけた田舎暮らしでしたが、こうした出会いを通じて今の場所に辿り着いたんだなぁと思います。”

DEWへと続く細い山道

3年間毎週末のように、土地を探しに湘南から南房総を回り続けた今井さんご夫婦も、あと一歩の所で理想とした物件に巡り合えず帰り道には「私達、呼ばれてないのかな」と呟く時期が。そんな中、偶然友人から手渡された一冊の本が、再び2人に勇気を与えました。また驚くことには、その後に訪れた土地へ向かう細い山道が、本に載っていた印象的な写真を想起させたのです。山を登るとそこにはキラキラと木漏れ日が差し込み、風が吹き抜けていました。

2011年に完成したコテージ「D’s House」外観

今井さんにとってローカルとは

“僕らにとってローカルとは、場所ではなくて人そして自然体でいることです。その本の作者である鴨川のご夫妻にも、引き会わせると言って下さった方が沢山いたんですけれども(笑)、どこかで自然に会えるのではないかと断ってきました。すると移住して3年後ですかね、やはりとあるギャラリーで偶然お会いすることができたんです。そんな誰しも自然なつながりの中にある「ローカル」を、これからも大切にしていきたいと思っています。”

恵比寿三越1Fクロスイーでの展示会

家具の制作においては古材の特徴や物語を感じながらゼロからイメージを湧き起こし、人と人の繋がりにおいては自然体でいることを常とする今井さんが心がけていることは、固定観念やこだわりをもたないこと。そんな今井さんの意味するローカルは、グローバルの対義語や地方といった場所とは少し異なった、1人1人の中にある大切な人々との心の通い合いを意味しています。

今井さんが集めてきた古道具の数々

マテバシイの利用に箸を制作

最後に、今井さんが地域との関わりの中で地域資源を利用した作品についてお聞きしました。

“そうそう地元の林業に関わる人から、昔は盛んに炭焼きに使われ植林までされていたマテバシイが、今は人の手が入らなくなって乱立して下草も生えないので、どうにかこれを使えないかって話がありましてね。マテバシイというのはブナに似ている性質で、乾燥が難しくねじれ易いんです。ブナは、水分を与えて加熱して、椅子の曲面などに曲げ木として使うことがあるんですが、マテバシイは樫の木の硬質な性質もあり粘りが無く難しい。そこで考えたのが、日用品の箸です。箸ならば素性の良くない所は省けるので、日常生活に身近な品でもあって、少しでもマテバシイの活用策になるといいですね。”

マテバシイを削って制作した箸

安価な輸入品の増加から日本の山の木が使われなくなり、特に里山では放置された木々が荒れて生態系を崩すことが問題となっています。南房総の代表格はマテバシイですが、今井さんが提案している利用方法は、マテバシイの特性に合わせた箸。現在、えごま油を使ったオイルフィニッシュという加工法で新たな作品制作を検討中です。こうして木工職人としての技術を生かして地域の声にも応えつつ、訪れる人を自然の中で癒すfree style furniture DEWは木金土日祝オープン。ぜひ一度足を運んでみてはいかがでしょうか。

文:東 洋平