ローカルニッポン

廃校を医療と暮らしの拠点に!「七浦プロジェクト」始動/七浦診療所・NPO法人ななうら


少子化に伴い全国各地で学校の統廃合が続いていますが、同時に地域によっては廃校を利用する新しい取り組みも始まっています。南房総市千倉町大川(旧安房郡七浦村)にある七浦小学校は、数少ない「七浦」の名を残す地域住民の拠り所。2014年3月に閉校となり、その後、活用方法が検討されてきましたが、来年2016年夏ごろから医療、介護、病児保育、そしてコミュニティスペースや日用品の販売まで、過疎地で失われつつある機能を集約した施設として生まれ変わることになりました。この取り組みを担うNPO法人ななうらの副理事長で、七浦診療所の院長である田中かつらさんにお話を伺ってみたいと思います。

温かい七浦の人と土地

田中かつらさんは、東京都目黒区の出身で、神奈川県にある北里大学東病院と東京都八王子の駒木野病院にて主に内科・神経内科、認知症の医師として勤務した後、2006年南房総市千倉町平磯に移住し、2008年に「七浦診療所」を開業しました。まずは、田中さんが移住して診療所を開業した経緯についてお聞きしてみましょう。

七浦診療所 田中かつら院長

七浦診療所 田中かつら院長

“直接のきっかけは、夫が千倉町で開催されている音楽イベントに出演したことなんです。その時に温かい地域の人々や七浦の温暖な土地柄にすっかり惚れこんで、偶然土地も見つかったことからトントン拍子に移住が決まりました。ただ、駒木野病院で働き始めた頃から、奄美大島の病院で月に一度お手伝いさせてもらった経験がありまして、いずれは地域に必要とされる医療者になりたいという思いはありました。”

七浦診療所のはじまり

都内病院で働く傍ら、医師の足りない奄美大島の病院にて12年間神経内科を手伝ってきた田中さん。地域医療の必要性と離島での暮らしに憧れを感じたことから当初奄美大島に移住しようとも考えたそうですが、パーカッショニストの夫、田中倫明さんが本州で音楽ライブを行うことが多いことから断念していた矢先、南房総市千倉町にて開催された音楽イベントで旧七浦地区と出会い、移住して2年後に七浦診療所を設立することになりました。

七浦診療所外観 七浦小学校と徒歩2分ほどの距離にある

七浦診療所外観 七浦小学校と徒歩2分ほどの距離にある

“もともと開業までは考えていなかったのですが、周囲の方々にすすめられ、また少し前に閉院された医院のご子息にお会いして、この医院を建て直して何か地域に貢献できたらという思いで診療所の開設を決心しました。七浦の人は本当に温かく、移住者が開業した診療所にも関わらず、今では手が回らないほどに利用してくださるようになりました。しかし、こうして診療所や訪問診療でご自宅にてお話を伺ううちに、過疎化する地域の抱える問題が浮き彫りになってきたんです。”

気になっていた過疎地域での高齢者の生活

“まずは介護の問題です。診療所を始めてから7年も経つと、以前60代だった方が70代になって足腰が弱くなり、診療所に通うことも一苦労という場面が増えてきます。そこで、診療所への送り迎えや在宅支援を行うようになったのですが、そもそも七浦地区は高齢化が進み地元の商店街も年々店を閉じていますので、診療だけでなく生活全般に困っている方が沢山いらっしゃるんですね。特に介護保険対象とならない比較的元気な高齢者は、食料品を買いに行く、食事をするという基本的な行為に困難さを感じている方が多くなっています。”

窓から七浦小学校背後に構える高塚山を望む七浦診療所内観

窓から七浦小学校背後に構える高塚山を望む
七浦診療所内観

高齢化が進む地方での介護医療は、施設や医療従事者の数も含めて全国的な課題となりつつありますが、その一方で、介護対象とならない高齢者の多くが買い物に行く時の移動手段や草刈りなど日々の作業に障害を抱えながら生活をしています。高齢化率が45%となる旧七浦村では、介護施設を増やすことも必要ですが、介護を受けない高齢者が住みやすい環境を整えることも急務となっているのです。

医療や生活を支える機能を一拠点に

“また、高齢化が進むだけでは人口は減少する一方なので、新しい居住者が増えなくてはなりません。しかし、千倉町には病児保育など、共働きが増えてきた現代にあって、育児を支える場所が少ないのです。失われた機能、この地にない機能を小学校に作れば、これによって多世代の人々が集り、コミュニティを育むのではないかなと考えました。「テーマは食と集い」かな?そして、この小学校はこの地区の避難所でもあります。東日本大震災では大きな被害はなかったものの、津波の危険はいつも隣り合わせである海沿いの地区です。避難所に診療所機能があればもっと安心ですよね。”

1874年(明治7年)創立の七浦小学校 2003年に改修工事を終え、新しい施設のまま閉校となった

1874年(明治7年)創立の七浦小学校 2003年に改修工事を終え、新しい施設のまま閉校となった

田中さんが長年地域医療に従事する中で、その必要性を感じてきたことは、医療だけでなく生活やコミュニティを支える機能を地域に取り戻すこと。この課題について地域の人と話し合いを続けてきたところ、偶然にも七浦小学校が廃校になるとの知らせが入りました。

NPO法人ななうら設立

“七浦小学校は、今や郵便局とバス停にしかない「七浦」の名を留める地域住民にとって大切な場所です。だからこそ今後も地域の人々みんなに利用される場所であってほしいとの願いもあって、活用策が公募された時、すぐにこれまでのアイディアを提案しました。市長に直談判しに行ったこともあるんですよ(笑)。その後、市や地域と検討を重ねた上で立ちあがったのが、「NPO法人ななうら」です。”

NPO法人ななうら理事長 山本初治さん

NPO法人ななうら理事長 山本初治さん

「NPO法人ななうら」は、旧七浦村の連合区長が理事長、田中さんが副理事長を務める地域住民の生活支援サービスを提供する団体。元気な高齢者や時間のある地域住民が中心となって、草刈りや買い物、家具の移動など、主に高齢者にとって負担となる作業を代行していますが、来年から始まる七浦小学校を利用した七浦プロジェクトでは、さらに食材と惣菜や生活用品の販売も行う予定です。

2015年5月設立後NPO法人ななうらが開催した七浦小学校での盆踊りイベントの様子

2015年5月設立後NPO法人ななうらが開催した七浦小学校での盆踊りイベントの様子

七浦プロジェクトが完成

“廃校を利用するにあたって、医療施設としてだけでなく、生活必需品やお惣菜を買うことができたり、ゆっくり住民同士がくつろいだり、コミュニティに必要な会合を行ったりと様々な機能を提供する施設を目標としてきました。医療法人である七浦診療所では食品や生活用品を提供することはできませんので、NPO法人ななうらがこの機能を担当することで「七浦プロジェクト」の全体像ができあがったのです。”

「七浦プロジェクト」の全体像

こうして地域住民と協働で、地域の医療だけでなく暮らし全般を支えようという七浦診療所の田中かつら院長とNPO法人ななうらによる提案は廃校となる七浦小学校の活用事業として認可を受け、来年の夏から運営が開始される予定となりました。なかでも診療所が廃校を利用するケースは珍しく、過疎化や高齢化が進む地域の抱える課題を打開する新しいモデルとして、この取り組みに注目したいと思います。

文:東 洋平