産業革命、更に20世紀半ばからの「エネルギー革命」を経て、私達の生活の隅々まで化石燃料が利用されるようになりましたが、地球温暖化の進行や国際的な資源獲得競争による問題から、再生可能エネルギーに注目が集まっています。千葉県南房総では、南房総市役所農林水産部地域資源再生課がいち早く再生可能エネルギーの可能性を検討し、施設園芸のハウス(温室)に利用できる薪暖房機の実用化が始まりました。この取り組みと展望をご紹介します。
地域資源再生課による木質バイオマスエネルギー事業
2006年に7町村が合併してできた千葉県南房総市は、市内54%が森林で、人口4万人のうち5人に1人が1次産業に従事しています。こうした中、2010年に農林業の振興と資源の活用を企画・推進する部署として創設されたのが地域資源再生課。同課副主査の押元大起さんに話を伺ってみましょう。
“地域資源再生課が創設されてから「木質バイオマスエネルギー活用推進検討会」と題して木質バイオマス発電や木質ペレット、また温浴施設でのチップボイラーの導入など様々な事業を検討してきました。しかし、木材を利用したエネルギー事業は燃料供給とのバランスが肝要です。南房総市には、確かに森林は沢山ありますが、発電事業やペレット事業に対応する程の供給基盤が無いことや、また初期投資額も事業によっては数千万円から億単位に近い費用がかかることが調査でわかりました。”
バイオマスとは「生物由来の再生可能な有機性資源」を指し、「木質バイオマスエネルギー」には木材を燃焼させた蒸気でタービンを回し発電する「木質バイオマス発電」や、製材後に通常廃棄されるおが粉やかんな屑などを圧縮した固形燃料「木質ペレット」など、様々な利用方法があります。地域資源再生課は、南房総市の資源利用に最も適した方法の実現可能性に検討を重ねました。
未利用の切り捨て間伐材を資源に
“そこで私達が目をつけたのは、切り捨て間伐材です。間伐とは良質な木材を得るために、森の中の木を間引くことですが、これまで間伐された木々は搬出するのにコストがかかり採算が採れないため、南房総市では年間2,000㎥ほどの材木が森の中に置いたままとなっていました。これは全国的な課題で、国の森林整備の政策が切捨て間伐から利用間伐へと転換された経緯もあり、これまで利用されていなかったこの間伐材を何らかの形で資源利用できないかとターゲットを絞るようになったのです。”
様々な事業の可能性を検討した上で、地域資源再生課が木質バイオマスエネルギー事業の燃料として見定めたのは、未利用の切り捨て間伐材でした。燃料の安定した供給が重要な課題となるバイオマス事業ですが、間伐材はすでにある地域資源。多額の投資をして大規模な事業を行うのではなく、できることから小さく始め段階的に事業展開を進める方針を立てました。
薪暖房機「ゴロン太」との出会い
“こうした中、ふと読んだ新聞で岩手県釜石市の業者が開発した「ゴロン太」という薪暖房機を知ったんですね。これならば、導入費も安価で、使い方もシンプルなので、農家さんが利用することで切り捨て間伐材の資源循環にならないかと期待できました。そして、2011年2月の上旬、南房総市で開催した一般市民や農家向けの薪ストーブの展示会に、この「ゴロン太」を開発した石村工業さんが遠い釜石市から来ていただいたことがきっかけで、この事業がスタートしたんです。”
「ゴロン太」は、施設園芸農業に利用できる業務用の薪暖房機。その名の通り「ゴロン」と暖房機へ薪を詰め込み、着火するだけで長時間の燃焼によってハウス全体を温めます。家庭用の薪ストーブよりも薪の需要が高いことから、間伐材の有効な活用方法になる可能性があるとして、地域資源再生課はモニター事業を開始しました。
薪暖房機普及を実現させた数々の要因
2011年、2012年と2年間に渡り南房総市のカーネーション、バラ、洋ランなど花卉栽培農家のもとで12月から3月までに行われたモニター事業によって燃料コストの削減が実証された「ゴロン太」は、農家の要望に応えて改良が加えられ、連続12時間燃焼の「スーパーゴロン太」が誕生するとともに、2015年までに南房総市内に19台の導入を達成することになります。この経過をすべて説明することはできませんが、ここで事業を成立させたいくつかのポイントをご紹介します。
薪の価格
薪は1㎥当たり送料込で5,630円。この価格では、間伐材の搬出を行う千葉県森林組合への収益はほとんどありません。しかし森林組合は、切り捨て間伐材を搬出するという達成目標、そして何より今まで使われなかった地元の木が地域の農家に喜んで利用されることに意義があるとして、市と協働で薪の供給体制を構築。これによって化石燃料を利用していた農家のコスト削減が実現したのです。
暖房機メーカー石村工業
暖房機メーカーは岩手県釜石市にある石村工業。押元さんが初めて電話をかけたのは2010年12月でしたが、その3ヶ月後、東日本大震災で工場が壊滅的な打撃を受けました。一時事業は中断せざるえない状況にあって、石村工業は震災後1カ月の短期間で復興を遂げ、2011年12月から始まったモニター事業に予定通り間に合わせます。その後に完成した「スーパーゴロン太」は、被災から立ちあがる石村工業と、暖房機普及にかける地域再生資源課の努力の結晶となりました。
薪暖房機導入の補助制度
モニター事業を受けて、南房総市では2013年から「施設園芸用の木質バイオマス暖房機導入補助制度」を創設。薪暖房機を導入する農家に上限20万円が補助されることになりました。さらに、千葉県がこの取り組みを応援してくれることになり、認定農業者に限り「園芸施設省エネルギー化推進事業」における補助金との併用が可能になり、南房総市内の認定農業者は、ゴロン太の導入費用40万円が15万円に、スーパーゴロン太の導入費用70万円が35万円で導入できることになりました。
今後の展開
“私達がこの事業を検討していた2010年前後は化石燃料の価格が高騰して農家の経営を圧迫していたという背景がありましたが、ここ数年は原油価格が大幅に安くなったことから費用面での利用メリットは減りました。それでも先日、南房総特産品の枇杷をハウスで育てている農家さんが、枇杷の剪定枝、枇杷山に乱立しているマテバシイの木も活用できることでスーパーゴロン太を導入するなど、新たな未利用資源材の活用も進んでいます。薪ならではの良さを生かして地球環境への負荷を減らすため、これからも薪暖房機の普及啓発に取り組んでいきたいと思います。”
南房総市の民有林で発生する間伐材は年間約3,000㎥。現在薪ヤードにストックしてある薪の量は、枇杷農家の使用で20台となった薪暖房機に必要な600㎥。薪を供給する千葉県森林組合安房事業所との調整もありますが、県下最大規模の花卉栽培が行われている南房総市で、枇杷農家も利用を始めるとなると、今までなかなか有効活用できなかった未利用間伐材が全て活用される日もそう遠くはないかもしれません。今後も地域に眠る未利用の資源を生かす取り組みとして、全国に成果を発信していってほしいと思います。
文:東 洋平