都会から地方への移住や2拠点居住にはそこでの「仕事」も大事なポイントですが、その点IT関連業をはじめ必ずしも場所に制約されない職業は地方での生活を実現しやすく、近年東京から車で90分ほどの距離で里海や里山に囲まれた南房総に注目が集まりつつあります。そんな中で今回ご紹介するのは、高度な技術をもった外国人クリエイターを中心とするユニークで斬新なコミュニティ。鴨川の里山で起きているグローバルかつローカルな活動を紹介します。
テクノロジー技術を農村地域へ
ハッカーファーム主宰の1人、中国系アメリカ人アキバ(本名:クリス・ワン)さんの自宅を訪ねると、一見山間地域に多い平屋の古民家ですが、中に入るとそこは精密機器に囲まれた最先端の研究所。早速仕事場を見学させてもらいました。
“よく、秋葉原や中国に部品を買いつけに行くんですよ。すでに使われなくなった機械でも工夫を加えると新しい機能をもつ機械に変わったり、新たな部品を別々に取り寄せることによって高価な装置を一から制作することもできます。まぁこれは趣味でもありますが(笑)何かこうした電子工作やITなどのテクノロジー技術を日本の農村地域に活かすことができないかなぁと、様々なプロジェクトを企画しています。”
アキバさんは東京に11年間住んでいた電子工作士。IT関連業者やアーティスト、料理家やミュージシャンなど異業種が集まるものづくりの場「東京ハッカースペース」にて知り合った友人クリス・ハリントン夫妻が2010年鴨川へ移住したことや、2011年の東日本大震災をきっかけとして地方への関心が高まり、クリスさんと共に鴨川で「ハッカーファーム」を始め、2013年に移住しました。
Tech Riceプロジェクト
アキバさんが開発した装置の中でも、技術者の注目を集めているのがIOT(Internet of Thing)という仕組みを応用した汎用ボード。何らかの測定装置を接続すると、測定値がインターネットや携帯電波を通して送られ、インターネット上(クラウド)にデータを蓄積させることができます。この技術を利用して昨年Tech Riceというプロジェクトが立ち上がりました。
“Tech Riceとは、田んぼの農作業の効率化を支援するために作られたモニタリングシステムです。田んぼの横に装置を設置するだけで、田んぼの状態をモニタリングし「水位」「気温」「湿度」を測定してクラウドにアップし、スマートフォンアプリなどから確認することができます。ただ、もとになっているボードは接続する測定装置と解析するソフトウェアさえ変えれば何にでも使えるので、可能性は無限にありますね。オープンソースにしてあるので、少し知識があれば誰でも作れますよ。”
開発した汎用ボードは、仕組みや設計を公開しているオープンソースハードウェア。テクノロジーを農村地域の課題解決に利用してほしいとの思いから、実物の制作は有償ながらデザインは無償で提供している技術です。鴨川ではTech Riceの他にも獣害対策として、この汎用ボードや通信技術を応用して、ワナにかかった獣を報告する装置を猟友会と共同で実験するなど活用策を検討しています。
技術者が集うコミュニティ ハッカーファーム
それでは、いくつかの取り組みを紹介したところで、現在10人ほどのメンバーで運営されている「ハッカーファーム」のコンセプトや独自性に迫ってみたいと思います。いち早く2010年鴨川へ移住したクリス・ハリントンさんに聞いてみましょう。
“技術者はPCや精密機器を相手に仕事をすることが多いため、世界各地のストレスフリーで自然溢れる地域に技術者が集まるコミュニティがありますが、日本では英語や地域独自の文化という壁があって、なかなか外国人が滞在する拠点が生まれにくい傾向にありました。僕らが鴨川でハッカーファームを始めることができたのは、それ以前に移住した方々が地元の人と積極的に交流してきたことで、これを受け入れる先進的な土壌があったことが大きいですね。”
クリスさんは、アメリカのロードアイランド州生まれ。海軍第七艦隊の音楽隊として日本に配属になった後、日本に残って暮らすためIT関連の事業を始め、日本人の妻エリさんと地方への移住を計画したことから翻訳家へ転身しました。鴨川では地元の人から空き家利用者の紹介を依頼されるほど、地域に溶け込んだ生活を送っていますが、同時にクリスさんには世界中の技術者が集まる「ハッカーファーム」を地域の未来へ繋がる取り組みとしていきたいとの思いがあります。
合言葉は「多様性」
“ここ数年興味深いことは、日本人よりも外国人の移住者がチラホラ現れており、それによってコミュニティに「多様性」が生まれつつあることです。地元では慣れ親しまれた習慣や文化でも、外国人にとっては斬新な魅力があり刺激的なものです。多様性の中で、地元の人も客観的な視点を持つことができ、楽しみながらお互いを認め合う柔軟な姿勢を育むことができます。多くの理由があって鴨川に移住してきましたが、今はこの「多様性」こそが、コミュニティを活性化させる鍵となるのではないかと感じています。”
2014年からハッカーファームは、元はカフェとして利用されていた施設を借り受けて「里山デザインファクトリー」を始めました。里山デザインファクトリーは、ハッカーファームのクラブハウスのような役割を果たしており、メンバーがイベントを行うほか、地域の人々やボーイスカウトなどへレンタルスペースとして開放しています。この交流拠点にて、地元の人々とBBQを開催したり、映画を観賞するなどして親交を深めています。
DIYの精神をもった人から
“ただ、多様性とはいっても、現状どんな人でも受け入れられるということではありません。まず、大事なことは「自分自身の力で何かやりたいことがあるか」だと思います。来てから「見つけよう」という人だと何かと世話もかかりますし(笑)メンバーの手も足りません。ハッカーファームは、最新のテクノロジーにせよ、遊びにせよ、または家の改修であっても、DIYでまずはやってみようという人々が集うコミュニティです。こうした仲間が増えて、その次の段階として、漠然とした目的の人でも飛び込める環境ができあがってくるのではないでしょうか。”
ハッカーファームの大事なコンセプトは、暮らしを創っていくDIYの精神。クリスさん曰くこの気構えさえあれば、コミュニティで助け合い仮にトラブルが起きてもマイナスをプラスにしていくことができるそうです。様々な技術者が集うハッカーファームには、多くの地域で高齢化や過疎化が進む先進国の課題を解決するテクノロジー開発への期待も高まりますが、何より「多様性」を第一にしたコミュニティのあり方が地域の暮らしを豊かにするという視点は、今後ますます重要になると思います。ハッカーファームが生みだす地方と都会そして世界との連携からこれからも目が離せません。
文:東 洋平