「新・農業人フェア」に参加する約25%が「希望」し、「興味がある」と答えた人も合わせると全体の90%を超える人が注目する有機農業。2013年までの4年間に35%も有機農家戸数が増えたとのデータもあり(2013年農林水産省)、高齢化や担い手不足の解決策として期待が高まります。今回は千葉県南房総市の小さな集落で約20年有機農業を営む根岸典好さんに、有機農業に対する原動力と新規就農者の研修受入れについて聞いてみました。
有機農園 ねぎぼうず
南房総市旧三芳村の海老敷(えびしき)という地区で、妻の雄子さんが院長を務める「助産院ねむねむ」と併設して自宅を構えるのが根岸典好(47)さん。畑1haと田んぼ2haの農地で有機農業を営んでいます。
“年間50品目ほどの野菜を作り、旬の有機野菜セット定期便として約40軒のお客さんへ個人宅配をしている他、自然食品店やレストランなどに販売しています。始めた当初は安房有機農業ネットワーク土の子というグループに所属させてもらっていましたが、割と早い段階から自分でHPを作って日々の様子を発信していたので、インターネットを通してセット野菜の受注が増えて今に至ります。”
根岸さんの農園「ねぎぼうず」のHPは、農園の紹介だけでなく、農作業や野良に咲く花々の紹介も発信されています。特に花の紹介は、年ごとの気候の変化を記録して苗を定植するタイミングを図るなど、個人的な研究にも応用しているとのこと。近年、農業でもネット販売が多く利用されるようになりましたが、根岸さんはその草分け的な存在といえるでしょう。
人生を変えた『緑の冒険 – 沙漠にマングローブを育てる 』
そんな根岸さんに農業の道を歩み始めるきっかけを与えたのは一冊の本でした。
“高校を卒業した後、特に目標も無くバイトをしながら生活していた時に、向後元彦さんの『緑の冒険』という本に出会いました。アラビアの砂漠にマングローブを植林するという、向後さん自身の体験を語った本ですが、この挑戦に感銘を受けましてね。向後さんが在学中に創設した東京農業大学探検部に入ろうと決心し受験勉強を始めました。”
“その後念願の探検部に入部して、世界数カ国をバックパッカーで回ったり、モンゴルのアムール川源流域2000kmをモンゴルの大学生と共同で40日かけてカヌーで下るなど、本格的に活動しました。そして卒業の時期になって、まずはこれまでの経験を生かして青年海外協力隊で世界に出てみようと思ったわけです。仕事をしながら貯金もできるので、帰ってきて何か始める時の資金にもできるなと思いまして。”
青年海外協力隊で出会った2つの村
“農大とはいえ、実践面では素人ですから、青年海外協力隊の審査を通過すると、まず農業研修を受けることになりました。赴任先の途上国では農薬や化学肥料が手に入らない状況が予測され、地元にある材料で循環させる農業を指導することになります。そこで、研修に行った先が八ヶ岳中央農業実践大学校でして、そのカリキュラムの一環で訪れたのが三芳村の稲葉ナチュラルファームだったのです。”
発展途上国における農業の自立支援を行うため、作物の栽培と家畜の飼育を組合せた「有畜農業」を研修しに訪れたのは三芳村で養鶏を中心とした農業を営む「稲葉ナチュラルファーム」(現百姓屋敷じろえむ)。代表稲葉芳一さんの勧めもあって、帰国後就農する地として三芳村が選択肢に入りました。
“青年海外協力隊の赴任先は、パプアニューギニアのテプテプ村という所でした。電話も水道もない、移動手段が飛行機に限られた極端に原始的な村でしたが、この何もない環境での2年半の経験は後の人生に大きく影響しています。何もないことには、無限の可能性があると思います。例えば何もないからこそ、無数の生き物の存在に耳を澄ますことができます。また何もないからこそ、人との関わりが楽しく、大切に感じられると思うのです。”
土の中で育まれる生態系を意識すること
青年海外協力隊の支援活動中に、三芳村で就農することを決めた根岸さんは、帰国後1998年に稲葉さんの紹介で戸建ての家を借り、稲葉ナチュラルファームで3カ月の研修後、徐々に独立しました。
“三芳村は、稲葉さんが中心となって農業体験を受け入れていた三芳自然塾や、昔から三芳村生産グループという有機農家の集まりがあったりと、先輩も多いので有機農業で就農するには適した土地だと思いました。一口に有機農業といっても様々な農法があり、また各野菜が1年に一度の収穫なので、技術習得にも時間がかかります。そのため販路開拓も含めて、先輩の知恵を借りながら、時には協力し合って営農することが必要です。”
有機農業は、手作業で虫や病気と対峙することや、手が届く範囲の小規模な営農で収穫量が少ないことなどから一般野菜よりも価格帯が高くなり、労力がかかる上に個人農家であれば販売先を自ら探さねばなりません。こうしたことから就農後に挫折するケースも少なくないのです。
“健康や食の安全を第一に有機農業を始める人も多いですが、単にそのことを追求するだけでは厳しい農業の現実もあります。私が有機農業を実践しているのは、やはりテプテプ村での経験で、広い意味での「生物多様性」なのかと思います。たくさんの生き物がそこに居る、目に見えるものから見えないものまで、想像すらできないような世界が広がっているはずで、そこを極力壊したくなかったんです。むしろ私にとっては健康に良いものを食べたいなんて二の次なんですよ(笑)。”
積極的に農業研修を受け入れることで集落の未来につなげたい
そんな根岸さんのもとでは、今年の4月から新たに2名が農業研修を始めました。最後に、ここ数年積極的に研修生を受け入れようと動く根岸さんにその思いを聞いてみましょう。
“三芳村へ移住し就農してから20年が経とうとしていますが、いつまでたっても私が年少者という状況で、この先10年したらどうなるのか、最近よく考えるようになりました。そこで以前は農業を生業にすることを目的とする人のみ受け入れていましたが、現在は新しい農業の形態にも間口を広げています。半農半Xと言われる形など、農業だけにこだわるのではなく、いろいろな魅力を持った人が集まってくることが大切。その魅力を持った人たちに惹かれ、また新たな人達も集まってくることでしょう。そんな流れを農業研修という形を通して実現できたらいいですね。”
テプテプ村での経験を基に、旧三芳村にて日々野の花や虫の観察を行いながら、有機農業を続ける根岸さん。集落の状況を顧みて、今後は農村での生き方を伝え、人を育てることにも力を注ぎ、農業研修を通じた地域への交流人口を増やしていきたいとのこと。根岸さんの話にあるように、暮らしや生き方といった視点から、現在農業には新しいニーズが生まれつつあります。自分1人で始めることは大変なことですが、先輩に学ぶことで比較的スムーズな移住も可能となるでしょう。農業には就農をサポートする補助制度もあるので、興味ある方は一度調べてみることをお勧めします。
文:東 洋平
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有機農園 ねぎぼうず
【ローカルニッポン過去記事】:
農業と教育そして医療の連携/稲葉芳一さん
農家と都市住民を結ぶ産消提携 2/三芳村生産グループ