千葉県館山市塩見地区で、「かやぶきの家ゴンジロウ」の継続的な修復を行っている西岬海辺の里づくり協議会の活動が、総務省の平成27年度「ふるさとまちづくり大賞団体表彰」に選ばれました。評価のポイントとなった、大学と地域住民による協働の取り組みが7年間続いている秘訣は何か。そして、社会の変化によって急速に姿を消した「かやぶき古民家」に研究者が注目するその現代的意義について考えてみたいと思います。
塩見最後のかやぶき民家をどうするべきか
千葉県の西南端、東京湾に突き出た西岬(にしざき)は、館山市の中でも特に里海と里山が一体となった自然の豊かな地域。この岬に位置する塩見地区もリゾート地として別荘地が増える一方、人口の流出と高齢化が進む中、集落最後のかやぶき民家が取り残されていました。
西岬海辺の里づくり協議会会長 小金晴男さん:
“ここ塩見は、私達が小さい頃はかやぶき屋根の家がまだ何軒もあり、農地も管理されて、それは美しい里山の風景がありました。しかし、急速に人が減り、管理が追いつかなくなったことから、いつの間にかかやぶき民家も最後の一軒となってしまい、どうするか頭を悩ませていたんですよ。当初は、古民家レストランにしようとか療養農園の事務所にしたらどうかなど様々なアイディアも出てはいましたが、そんな時に岡部先生に出会ったのです。”
岡部研究室との出会い
地元塩見出身で館山市観光協会の会長でもある小金晴男さんは、かやぶき民家が観光資源とならないか、あるいは人を癒す場にならないか漠然と思っていた頃、当時千葉大学工学部で教鞭をとっていた岡部明子教授と出会い、かやぶきの古民家を案内することになりました。
岡部明子教授(現東京大学大学院新領域創成科学研究科教授):
“初めてこのかやぶきの古民家を訪れた時は、率直な感想としてまず「今なんとかしないと」と感じました。地域に受け継がれてきた伝統ある建物が、たった一軒となり、かやも柱も腐りかけて雨漏りしているのです。しかし、専門家に聞くとかやのふき替えだけで3000万円ほどもかかるということ。それだけの費用をかけて修復・活用するのも現実的ではありません。それでも、見てしまったものは仕方がない(笑)。そんなことで研究室と地域住民との協議が始まりました。”
千葉大学岡部研究室と館山市との関係は、岡部教授と市内旅館の女将さんとのやりとりから始まり、その後、市の中心部で商店街の空きビルを改修、古い商家の残る長須賀という「町」で「まちなか再生事業」を行うなど、各コミュニティ空間で活動することになりますが、その一環として「里」をテーマに地域住民と協働して地域活性化に取り組むことになったのが、西岬海辺の里づくり協議会(以下協議会)です。
3つのケアで新旧コミュニティが協働
2009年に千葉大学岡部研究室がかやぶき古民家を借りることから再生に向けて動き出した協議会では、「かや」を育てる「かや場」も荒れ地となり、地域内に職人もいない環境の中でどのように補修するか話し合いが続けられました。
“「かや場」を再生する必要がありますが、仮に「かや場」があっても高額の補修費を払って職人に頼むこともできません。では昔はどうしていたかというと、集落全体で「かや場」が管理され、コミュニティ総出でふき替えをしてきたわけです。つまりコミュニティが先にあって、結果的に「かや場」が守られてきたのですね。そのため当初の目標はかやぶきの古民家だけでなく、農や景観、そして暮らしを見つめなおすプロセスを通して、新たなコミュニティを創ることにありました。”
茶会、耕作放棄地の再生、数々の座談会など、多くの人々と地域に関する様々な「ケア」を共にした協議会は、2011年から南房総に点在する「かや場」でのかや刈りワークショップ、そして屋根のふき替えワークショップを開始。金沢のかやぶき職人の指導を受けながら学生が主体となり呼びかけたところ、地元住民だけでなく地域外や海外からも参加者が集まり、4年間に計4回の補修で屋根全面のふき替えが完了しました。
ゆっくりと時間をかけて進めていく秘訣
こうして2016年2月総務省から「ふるさとまちづくり大賞」の団体表彰を受けることになった協議会ですが、活動が評価された点として「急がず、ゆっくり成果を出してきたこと」が挙げられています。これについて岡部教授はどのように考えているのでしょうか。
“結果的に時間がかかった(笑)ということもありますが、里山里海でのコミュニティのあり方を探る取り組みですので、地元の方々と歩調をあわせて信頼関係を築いていくことは大切なことだと思います。問題は、年ごとに主体となるリーダー学生の引き継ぎがあるので、毎年同じようにはいかないということです。年によってはリーダーシップが強かったり、または次の年は全体的に協調性がなかったり…。”
“ただ、どの分野にも言えることですが、同質な集団で閉鎖的なグループは続かないことが多いですね。そのため、なんだかうまくまとまってきそうだな?という時には意図的に異質な存在をチームに招いたり、横やりをいれて(笑)、壊すことを心がけてきました。人間1つのものだけ食べていたら、何食べていたって病気になるように、コミュニティも色んな意見があることが大事です。その時々での思いつきが多いですが、なるべくオープンなチーム作りを仕掛けることも長続きした要因となっているでしょう。”
かやぶき古民家の現代的な意義
千葉大学学生、そして2015年から岡部教授が東京大学に移籍したことから、今後は東京大学の学生も協議会に加わって「かやぶきの家ゴンジロウ」を核とする地域活動を続けていきますが、学術研究としてはどのようなテーマがあるのでしょうか。
“日本で古民家というと、前提として「守らねば」「補修しよう」という一種の先入観があるように思いますが、いくら文化的価値があるとはいえ、高額な補修費をかけて単純に復原する意味があるかと考えると私は疑問です。しかし、ここ何年か「かや」と里山、そして人々の暮らしを学ぶ中で、かやぶき民家が生態系のジェネレーターのような役割を果たしてきたことがわかりました。”
“山裾で竹を刈り、その下の斜面にかや場があり、平地では畑や田が営まれ、海藻の栄養となる土壌成分が川から海へ流れ出ています。現代では別々に語られるコミュニティや生態系の問題が、かやぶき屋根を集落で管理するという活動で包括的に守られてきたのです。こうしたことから海外から訪れる人々にとって、かやぶき古民家は「古い家」ではなく、エコロジカルで先進的な建物と映るのは興味深いことだと思います。”
エコロジカルで循環した暮らしを体感する場にしたい
“国連は2000年の「ミレニアム開発目標(MDGs)」に代わって、2015年に「持続可能な開発目標(SDGs)」を採択しました。この内容で重要なのは、人間が環境の外にいた従来の立場から、環境も人間も1つの生態系の中にあるという考え方への変化です。先進国の開発モデルが行き詰まり、途上国の内部でも格差が生まれる現代、かやぶき民家が存在した背景を現代的に捉え直すことは、持続可能な開発を考える1つの例となるでしょう。この場所が、大きな目標に対して、その小さな一歩を踏み出す体感の場になるといいなぁと思います。”
かやぶき古民家というと高度経済成長期以前にあった日本の伝統的な景観として風情を感じるものですが、資源の枯渇や産業の低迷、農漁村の衰退という広い課題を抱える現代、改めてかやぶき屋根の補修と維持を通じたコミュニティとの結びつきやエコロジカルで循環した暮らしが、世界的に評価を受けつつあることがわかりました。もちろん古き良き日本に戻るということではなく、現代においてどのように生かすことができるのか。このことをテーマとした岡部研究室、そして西岬海辺の里づくり協議会の取り組みからこれからも目が離せません。
文:東 洋平
リンク:
岡部明子研究室
【ローカルニッポン過去記事】
かやぶき古民家修復によるコミュニティ活性化 – 千葉大学岡部研究室による取り組み