ローカルニッポン

身近にあるモノやひと、伝統を活かした小商い/細見卓史さん

「コミュニティビジネス」という言葉をご存知ですか?広い意味では、地域の資源を活かして地域課題の解決を「ビジネス」の手法で取り組むことを指しますが、地域内の人材育成、雇用の創出、地域コミュニティの活性化など様々な波及効果も期待されます。今回は、東京から南房総へ移住して複合的なカフェを始め、南房総の伝統と歴史を背景に、コミュニティビジネスを模索する細見卓史さんにお話を伺ってみたいと思います。

AWA Café

千葉県館山市の大神宮地区に鎮座する「安房神社」。創始は皇紀元年(紀元前660年)と伝えられ、南房総でも有数の由緒ある古社として毎年多くの人々が訪れます。この神社の参道入り口でサインポールが回る独特なカフェを経営するのが細見卓史さん。

“原宿でツリーハウスをプロデュースするお店で働いている時に館山を訪れる機会があり、その時に知り合った方々との交流をきっかけとして2011年に準備を始めて2012年に移住しました。大神宮周辺で物件を探していると地元の人の紹介で安房神社の目の前にある元床屋さんの空き物件が見つかり、自分としては即決だったのですが、当初大家さんは貸すつもりはなく、10枚ほど手書きの作文を提出して(笑)なんとか了承してもらいました。その後3カ月ほどリノベーションしてOPENしたのがAWA Caféです。”

AWA Cafe店内 大神宮地区青年団が神輿を担いだ行事の後に訪れた

床屋の面影を残したリノベーション

“お店のコンセプトにも繋がることなんですが、元あった場所や人の思いを大事にしながら、町並みにワンエッセンス加えるようなリノベーションを心掛けました。解体して全く新しい店を作ることはお金さえあれば容易いことです。しかし、床屋だった頃を知っている地元の人が訪れて、昔を懐かしみながら新しさを感じてもらうことの方が僕にとっては価値のあることでした。お店の名前は、自分なりに挫けず永く営んでいく為の戒めです。地域でビジネスをするって時間がかかることだと思っていたので。”

リノベーションする前の外観

AWA Caféは、昼はランチ、夜はバーとなる飲食店であると同時に、元アパレル関係で働いていた細見さんが自作したヘンプ素材の服や靴、雑貨も販売する複合店舗。細見さんが、このような店舗を構想するに至った経緯は後段に譲り、まずはお店のコンセプトを聞いてみましょう。

ライフスタイルに身近な“モノ”に、ひと手間加えたセンスを売る

“モノづくりの講師をやっていた頃に夜間、飲食店で働いていた経験が土台にはなっているものの、もちろん正式な料理を学んだわけでもありませんので、たまにシェフがお店に来たりすると「君の料理は発想がとんでもないね」なんて言われます(笑)。でも実はそこが狙いで、例えばアンチョビがなければ、そこのスーパーで売っているカツオの酒盗を使えばよいとか、アレルギーで困っているお客さんに油を使わないパエリアを作る方法を教えるとか、日常に生かせるような料理を楽しんでもらっています。”

地域住民浅野さんのレシピを活かしたスリラ
ンカカレー

アパレルの仕事に長らく従事していた細見さんがカフェでやりたかったことは、お客さんが帰ってから再現できるように、誰でも手に入る食材で「物の見方を変えて」料理を提供すること。


“料理に限らず、ファッションや部屋のコーディネートも全て一緒で、普段何気なくしていることに見方を変え、一手間加えることで、生活に彩りがでて豊かさが増したりするものです。AWA Cafeでは、料理や服、雑貨を中心とした「モノ」を扱ってはいるのですが、「モノ」の中にあるセンスを提供することをコンセプトとしています。僕自身の培ってきた経験に基づき、お客さんにより良い「モノ」の見方を提案することが、AWA Cafeを始めた理由の一つです。”

フリークライミングを通して出会った「麻」(ヘンプ)

2012年にOPENしてから4年、お店の経営と並行して細見さんが少しずつ取り組んできたことが、産業用の「麻」栽培を復活させて地域おこしに繋げるという遠大な計画。AWA Caféに置く商品のほとんどが「麻」(ヘンプ)を素材としていますが、実はこのことは細見さんの経歴や目標を静かに物語っています。

細見さんが創るヘンプ素材の服や雑貨の数々

“出身地の兵庫県西宮市でアパレル関係の仕事に就きフリークライミングに没頭していた頃、これに反対する地元住民に理解を求めるため、ゴミ拾いや山を守る団体を結成して、メンバーがつけるミサンガを作りました。この時に、活動をするだけでなく、地域全体が潤うビジネスを作らねばと悟ったことが今につながるのですが、同時にミサンガのモノ作りを通じて「ヘンプ」と出会いました。”

モノづくりと麻文化の普及に努めた東京生活

“当時クライミング用のウェアは化学繊維のものが多かったのですが、海外ブランドのヘンプを素材としたウェアを購入すると、明らかな着心地の違いを肌で感じたことを覚えています。ヘンプは衣類だけでなくバイオプラスチックの原料、あるいは石油等の化石燃料に替わる植物性燃料として様々な可能性を秘めた植物であると知り、それからというものヘンプ素材でモノを作るワークショップを行いながら、麻文化の普及とビジネス展開に努めるようになりました。”

「麻」(ヘンプ)は大麻あるいは大麻草とも呼ばれ、栽培から所持に至るまで厳格な取締の対象となっていますが、一方で神事や衣類、道具など古来より日本で利用されてきた伝統的な植物です。細見さんは、ミサンガをヘンプ素材で制作したことを発端としてモノづくりの道を歩むと共に、麻の文化と可能性を伝えるため首都圏を周る生活をはじめ、独自のブランド「Plushemp」を立ち上げました。

アースデイ東京で出店していたヘンプアクセサ
リー作りワークショップの様子

可能性を秘めた地域へ

ヘンプ製品を扱うアパレル企業での勤務や、ヘンプアクセサリーのワークショップを行うツリーハウスのお店で働く経験を経て館山市へ訪れた細見さんは、館山にまつわる歴史や考古学上の発見を知ることになります。

麻の伝統織物「亀甲織」を学んだ岩手県雫石

“館山に通っていることをヘンプの研究で知られる赤星栄志さんに話すと、安房神社が麻と関わりの深い神様を祀っていることや、館山湾に突き出た沖ノ島で1万年前の地層から麻の種が発見され、従来の考古学の定説を覆すニュースになったと聞き驚きました。その後調べてみると、安房神社は麻産業の拠点でもあったとのこと。現在は麻の価格が高く、しめ縄などのお飾りは藁で代用しているようですが、これほどまでに歴史ある地域ならば、祭礼行事の麻利用復活から始めて、地域全体を盛り上げるビジネスも可能になるのではないか、そんな期待が湧きました。”

安房神社の本殿前にて妻志津子さん、昨年産まれた息子麻織君と共に

1300年祭の来年を見据えて

“「麻薬」のイメージが強い「麻」のため、この計画が一筋縄にはいかないことはわかっています。しかし、すでに全国ではまちおこしに産業用の麻栽培を始めた地域もあり、北海道北見市が「産業用大麻栽培特区」に認定されたことにより麻による産業創出に拍車がかかることも期待されています。私は昨年から栽培免許取得に向けて地域住民と話し合いを続けていますが、来年は安房神社の1300年祭ということでこの活動が転機を迎えると信じています。地道に麻の普及活動を続けて、良さを理解してもらい、まずは作付け1反(300坪)からでも栽培に着手できるように努力していきたいと思います。”

地域住民との輪を広げるため開催した三味線
ライブで挨拶する細見さん

産業用の麻栽培では、栽培免許の取得が必要であり、向精神作用をもたらす「麻薬」成分をほとんど含まないように改良された品種を栽培します。また地域が一体となった協力体制が栽培の前提となります。現状では全国の産業用麻の栽培総面積は5haと極めて限定的ですが、東京から館山へ移住し、地域住民に対するより良い「モノ」の見方の提供を通じて小商いを創り上げた細見さんは、さらなる大きなコミュニティビジネスを実現するために動きだしました。時間はかかるかもしれませんが、地域の伝統を生かした産業が生まれることをこれからも応援していきたいと思います。

文:東 洋平