ローカルニッポン

高齢化率50%を超える地域で、高齢者の場作りと見守りを兼ねたワンコイン食堂が開業/オラーガ

長寿国でかつ少子化の進む日本では、世界に前例のない超高齢化時代が訪れています。都市部と地方、また同じ地域でも市街地と農漁村では少しずつ課題も異なりますが、千葉県館山市の西岬(にしざき)という地区では地域住民が主体となった新しい活動が始まりました。元釣り宿だった店舗を利用し、地域高齢者のコミュニティスペース作りや高齢者の「見守り」も兼ねた弁当の配達を行う食堂の取り組みと、その背後にある思いをお伝えします。

500円で主菜1品、副菜2品の手作り料理

千葉県の西南端にある西岬(にしざき)地区の伊戸で、房総フラワーライン沿いに今年3月にオープンした飲食店が「オラーガ」。ワンコイン500円で食事が楽しめるほか、西岬地区内であれば1つの注文からでも弁当を配達するという開店早々話題の店舗です。

“朝7時頃から準備を始めて、10時頃には店を開けます。夫が釣ってきた魚、家族や近所の人から届けてもらった旬の野菜をなるべく使うため、献立作りは一苦労ですが、すべて手作りで毎日違ったメニューをお出ししています。主菜は肉と魚から1品チョイス、副菜は4~5品準備し2品を選びます。房州弁で「我が家の」ことを「おらが」といいまして、この地域の特に高齢者の方が、我が家のようにくつろいでご飯を美味しく食べてほしい、そんな思いで「オラーガ」と名付けました。”

飯沼優美子さん

南房総の漁師料理「さんが焼き」を主菜に小鉢が2品と味噌汁がついて500円の定食

このように語る飯沼優美子さんは、現オラーガの店舗で夫の飯沼則夫さんと釣り宿「千明丸」を経営していた女将さん。則夫さんの「お客さんが万が一溺れた時に泳いで救えない体力になったら釣り船を辞める」という決め事により6年前に宿を閉じてからは、地域の施設で料理を作る仕事をしていました。

長年温めてきた老人ホームの案

そんな優美子さんには釣り宿をやっている頃から考えていた、あるアイディアがありました。

“オラーガの海辺側に連なる畑は、看護士をやっている親戚の土地でしてね。うちには魚の調達人もいるし、私は料理を作るし、一緒にいつか老人ホームやろうって真剣に話していたんですよ。しかも普通の老人ホームではなくて、いずれ自分が入所する老人ホーム。私達が最初に地域のおじいちゃんおばあちゃんを看て、その後私達が入所して、この地域の次の世代の人たちにお世話してもらうんです。そうしてずっと繋がっていく老人ホームがやりたいなぁって話していたんですよ(笑)。”

元釣り宿「千明丸」をそのまま利用した「オラーガ」外観

釣り宿を経営していた施設にて世代間の助け合いを軸とした老人ホームを創設しようと考えていた優美子さん。この計画がオラーガに結びついた経緯には同じ西岬に住む室厚美さんの提案が関わっています。

高齢化率50%を超える地域の課題

室厚美さん(現館山市市議会議員):
“西岬は館山の中でも特に高齢化が進んでいる地域で、高齢化率は50%を超えています。都市部へ若者が出ていき、独居老人も多く、買い物や通院に不便を感じる人が年々増えていました。こうした中で、まずは健康増進と高齢者の孤立防止を目的として毎朝「ラジオ体操」を始めたところ予想以上に反響があり、コミュニティスペースの重要性を改めて感じました。そこで今住んでいる家の大家でもある飯沼さんに地域の人たちが気軽に集まれる居場所作りを持ちかけたのです。”

総会の場にオラーガを利用する西岬盆踊り同
好会(写真左:室厚美さん)

室さんの提案をきっかけとして約3年前から毎朝6:30に開催されているラジオ体操の様子(西岬健康クラブ)

6年前に館山西岬地区へ移住した室厚美さんは、地方には自然の恵みを享受しながら近隣同志が支え合う、都会では味わえない心豊かな暮らしが残されていることに感動し、超高齢化、過疎化で生じている様々な問題を解決することで、住民が健康で幸せに暮らしているまちづくりを目指すようになりました。

飯沼優美子さん:
“高齢者がコンビニ弁当ばかり食べていたり、一人暮らしのため不便で寂しい思いをしていることはよく知っていたので、室さんのお話を聞きながら、そうだお店をやったらどうかしら?と、高齢者の見守りも兼ねたワンコイン食堂とお弁当配達の案が生まれました。もともとやろうとしていた老人ホームとそう発想は遠くないですし、何より、儲け話には断固反対の夫が「これまで世話になった地域に恩返しができるのであれば、俺もひと肌脱ぐぞ」なんて言うもんですから(笑)、トントン拍子に話が進んでいきました。さらに、施設で一緒に働いていた津久井邦子さんが、東京で惣菜屋を営んでいた経験もあり、同じ思いで一緒にやろうと言ってくれたことで、オラーガの開店に踏み切ることができました。”

野菜の肉巻きが主菜となったワンコイン弁当

地域に貢献したい思いが集う場所

しかし、魚や野菜をほぼ自給しているとはいえ、新鮮な食材を使って全て手作りの定食・弁当が500円とは割安です。採算的な問題はないのでしょうか?

“値段については多くの人に聞かれるんですが、もちろん全然見合っていません(笑)。朝7時から夜まで、献立作りや食材の調達まで考えると、とても人件費が捻出できるような商売ではありませんよね。ただ、高齢の方が毎日頼める価格で提供しないと意味がありませんから、最初からわかっていたことなんです。これも年金暮らしの生活と家族の協力があってのこと。お客さんから、ただ一言「美味しいね」って言ってもらうことが、やり甲斐となっています。”

オラーガ裏手の畑で野菜を作りお店に提供す
る飯沼さんのお母さん(93歳)

“また、始めてから2か月ほどですが、とても心温まることが起きています。都会暮らしの家族から「じいさん、ばあさんをよろしくね」と頼まれることもあり、自分の畑でとれた旬の野菜をもってきてくれる人もいます。そして周囲の草刈りを買って出てくれる人、配達を担当してくれる人、色んな方々の助けを借りています。みんな地域や人に貢献したい思いは変わらないんですね。いつ自分が動けなくなるかわからない、人間最後はお互い様の心なんだと思います。”

毎朝オラーガで使う魚を釣りに出る飯沼則夫
さん

オラーガから始まる西岬の未来

こうしてオープンから、すでに地域内で様々な動きを生んでいるオラーガですが、今後の目標としていることについて室さん、飯沼さんそれぞれの視点からお聞きしました。

室厚美さん(現館山市市議会議員):
“先日西岬で地域の交通手段に関する勉強会を開催して、今まさに西岬地区の高齢者が抱える買い物や通院への問題について協議が始まったところです。現状ですと1日に数本のバスで、病院へ行って帰ってくるのに一日がかりという状況ですが、昨今交通法の規制も緩和され、地域主体で交通問題を解決することができるようになりました。宿泊施設も多い西岬で、観光と健康、福祉、様々な課題を解決するために、オラーガさんの誕生をきっかけとして具体的な案を実現させていきたいと思います。”

今年2月に日本大学理工学部轟教授を迎えて開催された西岬地区のバス勉強会には150人近い地域住民が集まった(写真右手前:室厚美さん)

飯沼優美子さん:
“まずはお店として経営を安定させていかねばと思います。昔釣り宿をやっていた頃から、新鮮な魚を新鮮なまま料理してお客様に提供することにかけては、夫も私も自信をもっていましたので、この味を多くの世代の方に味わって頂きたいですね。ご高齢の方が抱える問題を少しでも解決できるようお店をうまく回しながら、いずれはこの地域の元気な高齢者のちょっとしたお小遣い稼ぎや、はては雇用を生むことができるように楽しく元気に取り組みたいですね。”

農漁業体験を推進する館山の恵みがつなぐ協議会が開催した「あじ開き教室」にて講師を務める飯沼優美子さん

過疎化と高齢化が進む地域では乗車率の少ない路線バスを頻繁に稼働させることは難しく、高齢者が買い物や通院する際の交通手段をいかに確保するかが大きな問題になっています。こうした課題も、高齢者の集まる場所作りと見守りを兼ねた弁当の配達を「地域に貢献したい思い」から始まったオラーガの取り組みと連携して、ビジネスとも公共サービスとも異なった新しい方法での解決が検討されています。また、持ち前の「味」を生かして観光客を誘致し、地域に仕事を生むことに繋げることもできるでしょう。今後オラーガの「思い」と「味」が地域内外の多くの人々に伝わり、交通問題を含めた高齢化社会の課題解決につながることを願います。

文:東 洋平