海のゆりかご「アマモ場」をコミュニティと共に再生/NPO法人たてやま・海辺の鑑定団
「アマモ」という海草をご存知ですか?水深1m~数mの浅瀬で群生して魚の産卵や稚魚を育てる「アマモ場」を形成し、水質浄化などの役割も果たしています。近年様々な要因で全国的にこのアマモ場が減少しており、海の生態系や水産資源への影響が懸念されています。千葉県館山市では館山湾の沖ノ島にて、様々な課題の解決を目指し実践する中で、環境再生とコミュニティ作りをテーマとしたアマモ場の再生事業が始まりました。事業を中心的に担うNPO法人たてやま・海辺の鑑定団にお話しを伺ってみたいと思います。
3年前に気づいた海中の変化
NPO法人たてやま・海辺の鑑定団は、館山市にある南房総国定公園沖ノ島を中心として、地域の資源を活用して数々の自然体験プログラムを実施し「海辺のエコツーリズム」を実践する団体。理事長竹内聖一さんは、3年前海に潜った時にアマモの変化にはっきりと気付きました。
“遠浅の館山湾内はアマモ場が多く、沖ノ島周辺にもいくつものポイントがありました。スノーケリングなどで見慣れた海中の景色というイメージが強かったため、いつから減少が始まったのかは定かではありませんが、2013年に「アマモ場がなくなっているのでは?」と関係者で問題になりました。まだ明らかでないものの、いくつか考えられる原因があります。”
予想される原因とは
それでは、北半球に広く生息し、日本では九州から北海道まで各地にみられるというアマモが、沖ノ島でなぜ減少しているのでしょうか。
“一つは、2013年に「10年に1度の強い勢力」として猛威をふるった台風26号の影響で砂浜が移動したこが関係していると思います。沖ノ島はもともと海に浮かぶ島で、1923年の関東大震災のときの隆起が原因で陸と島との間で波が打ち消し合って砂が堆積して砂州ができ、陸続きの島になりました。しかし、この台風の高波の影響で砂が動いて、アマモの生息環境に変化を与えた可能性があります。次に「食害」ですね。近年アイゴなどの海草や海藻を食べる魚が増えており、生態系のバランスが変化した結果海草の減少が起きているのかもしれません。”
この他、地球規模の気候変動を原因とする説もありますが、詳しいことはまだわかっていません。2013年を境に顕著に減少したアマモ場はその後も復活する兆しが見えず、竹内さんらは、同時期に立ち上がった「沖ノ島について考える検討会議」にてこの問題を報告しました。
観光客増による新たな課題
「沖ノ島について考える検討会議」は、館山市や民間団体、漁協などが集まった官民協働の検討会議で、沖ノ島の自然環境の保護と活用を目的として2013年に設置されました。実はこの沖ノ島は、近年観光客が増えたことから新たな課題が浮上していたのです。
“沖ノ島の独特な景観や植生、文化的な価値が地域外に知られるようになってから、年々観光客が増えて特に夏季には月に3万人以上もの利用者で溢れかえるようになりました。沖ノ島の素晴らしさがより多くの方に伝わることは大変喜ばしいことです。しかし、これに比例してゴミの置き捨て、駐車場のトラブル、公共施設利用のマナー違反が拡大し、島の樹勢が弱るなどの自然環境への影響も指摘されることに。そこで市と協働で検討会議を設け、今後の沖ノ島におけるルールやマナーを定めようと話し合いが始まりました。”
島の入口にビジターハウスの設置が実現
会議が発足した2年後の2015年、繁忙期となる夏季の沖ノ島に、島や地域内の情報を案内し自然保護やマナー向上を目的とした施設「ビジターハウス」や駐車場の整理係が配置されました。
“入場料もない国定公園ですから、利用者が増えたことで、維持管理のコストが上がり、財源の厳しい市の予算を回すことには限りがみえてきました。自然環境の利用は受益者負担として入場料をとる考え方もありますが、管理上の問題や市民の合意など、これに至るにはしかるべき順序があり時間もかかります。そこで市が国に申請した結果、夏季の観光客向けに沖ノ島の魅力を伝え、自然環境保全を「普及啓発」する「ビジターハウス」や駐車場の混乱を防ぐ係の配置が実現しました。”
“これによって例年よりトラブルなどを抑制する効果が確かにあったのですが、補助は1年限り。その後対策が継続し、発展していくための、より一層有意義な仕組みが求められていました。このような経緯の中で検討を重ねてきたことが、会議で議題としてきた「アマモ場の再生」を、沖ノ島周辺環境を広く「里海」と捉えた上で、多くの人が参画できる保全と活用の取り組みに広げることだったのです。”
「アマモ場の再生」をコミュニティ作りの場に
こうして「沖ノ島について考える検討会議」は、NPO法人たてやま・海辺の鑑定団を中心として「アマモ場の再生」を含む事業案を独立行政法人環境再生保全機構に申請し、2016年「地球環境基金」の助成を受けて学術機関や専門家をアドバイザーとして迎えた新しい事業をスタートさせました。
“事業にあたって、岡山県備前市で開催された「アマモサミット2016」に参加しました。主体となる団体や地域によって取り組み方は実に様々で、再生が成功している事例もたくさんあります。そんな中私達が沖ノ島で実践しようと進めている計画は、アマモ場の再生を通じた「コミュニティ作り」とも言えるかと思います。アマモの生育を世代や職種を超えた人々で協力し合い、海や沖ノ島への関心や愛着を高めてもらおうというものです。”
“アマモというと聞き慣れない海草かもしれませんが、「海のゆりかご」と呼ばれるほどに多様な魚たちが産卵に訪れ、小さな魚が外敵から身を守る、海の生態系にとって大切な存在です。窒素やリンなどを吸収して海を綺麗にもしてくれます。そんなアマモだからこそ、私達の暮らしが海とどう関わっているのかについて知る良いテーマとなり、多くの世代が触れ合う場を育んでくれるのではないかと思います。1人1人の主体的な参加体験を基に、地域資源を守るコミュニティ作りに繋げていきたいですね。”
「海辺のエコツーリズム」により沖ノ島の魅力と価値をUP
現在、沖ノ島周辺には3箇所のブイ(アマモを囲った網のカゴ)が設置されており、魚による食害をはじめアマモ場減少の原因を定点調査していますが、次年度からいよいよ、近くの海岸に生育するアマモの移植や種とり、育苗に至るまで、アマモ場再生の実践活動を地域内外の人々と共有していく予定です。
“何より沖ノ島は、地域の人々の誇りであり、多くの観光客に愛される名所。急激に利用者が増えたことから、今はルールやマナーの整備が喫緊の課題となっていますが、観光地という特徴を活かして、利用者の手で里海を保全する仕組みが実現するかもしれません。数々の自然体験プログラムを実践してきたNPOとして、学習体験や観光としてもより一層楽しんでもらえるように環境保全と活用を両立する「海辺のエコツーリズム」を実現させることが、私達だからこそできる使命と捉えています。”
アマモ場を再生する取り組みは、教育機関の課外活動から漁協による漁業活性化に至るまで地域ごとに特徴が異なりますが、本事業は観光地でもある沖ノ島にて数々の自然体験プログラムを提供するNPOが中心となっています。今後、夏季だけでなく通年ビジターハウスが設置できるように活動を広げていくことも検討しているとのこと。ルール・マナーなどの「仕組み作り」、ビジターハウスを通じた自然環境保全の「普及啓発」、アマモ再生を通じた「里海の保全の実践活動」により沖ノ島の魅力や価値を高め、未来につなげるという挑戦に、今後も注目していきたいと思います。
文:東 洋平
リンク:
NPO法人たてやま・海辺の鑑定団
Facebookページ:
NPO法人たてやま・海辺の鑑定団
【ローカルニッポン過去記事】
無人島から始まった地域資源の再発見/NPO法人たてやま・海辺の鑑定団
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