ローカルニッポン

房総の暮らしを象る(かたどる)編集者/沼尻亙司さん

地方はたまに帰省したり観光に行く場所と考えている人も少なくありませんが、昨今地方での暮らしが見直され、地域やコミュニティに根差したメディアやリトルプレスといった出版物が増えてきました。リトルプレスとは、個人が制作から流通、販売までを手掛ける冊子のこと。今回は、観光業や出版業での勤務を経て千葉県勝浦市に地域おこし協力隊として移住し、独自の視点でリトルプレスを出版する「暮ラシカルデザイン編集室」沼尻亙司さんに、特定の地域を題材とする編集者へ至った経緯や思いについてお話しを伺いました。

東北で出会った一冊の本

沼尻亙司さんは、千葉県船橋市生まれ。小さな頃から地理や歴史に関心が高かったようですが、大学卒業後就職するまでは、編集や執筆に関わる仕事を志してはいませんでした。そんな沼尻さんに人生の転機を与えたのは、東北で手に取ったとある冊子でした。

暮ラシカルデザイン編集室 沼尻亙司さん

“全国各地でツアーを企画する旅行会社に就職して、秋田県での勤務となりました。観光について学ぶことができましたが、当時はその後の人生や仕事について暗中模索しており、休日になれば人に話を聞きに行く日々を送っていました。そんなある日興味があって訪ねた羊毛を手紡ぎや手織りをする「中村工房」の中村博行さんが「君がやりたいことはこんなことなんじゃない?」と本を見せてくれたのです。”

“本の名は『てくり』。岩手県盛岡市発の情報誌で、そこに暮らす人々の何気ない日常が綴られていました。地域を紹介している点では観光情報とも重なるように見えて、全く違った角度から地域を見つめています。この本を何度も読むうちに、地元千葉県に帰って、本を制作する仕事がしたいと思うようになり、就職活動時に一度打診していた『ぐるっと千葉』を発行する会社に連絡してみたのです。すると運よく募集があり、転職が決まりました。”

沼尻さんは今でも『てくり』を定期購読して
いる

地域の有機的な暮らしに触れて

千葉県内全域のレジャーやイベントの情報を扱う月刊誌『ぐるっと千葉』では企画、編集、ライティング、デザインなど制作に関わるほぼすべての分野を担当することになった沼尻さん。ハードな仕事の中でも、各地域に暮らす人々の生の声を聴き、地域独自の刊行物を探す旅に出ることがライフワークとなりました。

現在でも「いっぴんさん」というコーナーの執筆を担当する『ぐるっと千葉』の横で紹介された沼尻さんの著作『千葉の海カフェ』(2015年)

“もともと旅行好きだったのですが、『てくり』のような目線と出会ってから、地域の暮らしをより身近なものに感じるようになりました。就職してから長い期間、仕事場と家の往復、近所の人の顔も見たことがない無機質な生活を送っていたので、地域にある普通の暮らしに魅かれたのですね。実際に直接聞き取りに回ると、島や山奥など、一見すると生活困難な場所にも、様々な角度で人がつながり、仕事があり、独特の暮らしが育まれており、豊かさとは何か深く考えさせられました。”

勝浦市に移住する以前2007年に沼尻さんが撮影した「勝浦朝市」の様子 農業・漁業を奨励するため1591年に始まった

“そうこうするうちに、気づいたら移住関連のイベントに足を運ぶようになってまして(笑)、母方の実家がある新潟県や石川県にも顔を出しました。その当時千葉県内の募集は少なかったのですが、2013年に東京で開かれた全国規模のイベントにて勝浦市を発見!すぐさまブースへ向かうと「地域おこし協力隊」を募集しているとのお話を受けました。400年以上の歴史ある朝市が残る勝浦市には、仕事でよく訪れていたこともあって愛着もあり、いずれ独立を考えていたので、このタイミングかと思い立って応募したのですね。”

「かつうらしいひと」で気付いたこと

すでに審査結果が出る前から退職希望を出していた沼尻さんでしたが、2013年4月勝浦市から正式に地域おこし協力隊として委嘱を受け、編集や執筆という観点から移住定住促進の課題に向かう活動が始まりました。

“協力隊というと、特定集落での一次産業の活性化や高齢者の生活支援といった目的が多い中、勝浦市では前職の編集や執筆を活かした切り口で様々な提案を受け入れてもらえました。市の方が私の立場を明確にしてくださって、移住した地であってもすぐに溶け込めたことは大きかったですね。「鵜原」や「興津」、「上野」など市内エリアのガイドマップも制作しましたが、委嘱を受けてすぐに始めた「かつうらしいひと」という市の広報連載記事は、活動の柱となりました。”

沼尻さんが文章、写真、デザインを担当した「かううらしいひと」2016年3月号総集編では、取材した人々のその後を追った

“この連載で気付いたことは、地域内で固定されがちな「人」も光のあて方次第で文脈が変わるということです。例えば勝浦在住の落語家の方を取材した後、市街の空き家を活用して寄席を開こうというアイディアが生まれました。そこに別記事で取材したリアカーで市内を回りドリップコーヒーを煎れる若者が出店すると、相乗効果で賑わいの場に。ある角度から「人」を深堀りしていくことで、地域内の人のつながりに変化があったり、展開することは結果として大変興味深いことでした。”

市内空き家で始まった「勝浦らくご館」寄席
の様子

「活性化」と「沈静化」を見極める

2013年5月から2016年の8月まで毎月の連載でのべ40名を記事にした「かつうらしいひと」ですが、この執筆や地域おこし協力隊の活動を通じて沼尻さんは「活性化」について独自の考えを持つようになりました。

“勝浦に限らず、どの地域も「地域らしさ」が客観的にわかる状態になると、そこに暮らす人も、外から眺める人も「なんだか面白そうだぞ?」という機運が高まるように思います。あらゆる人やモノ、そしてコトの繋がり全体が「地域らしさ」だと捉えると、その個性的なあり方の差異が、地域の独自性と呼べるのではなないでしょうか。そのような視点に立つと、地域の「活性化」とは、あくまで一つの価値観の中にしか存在しないのではと思えるのです。”

勝浦市守谷海岸沿いに民家を改装してオープンした「お茶の間ゲストハウス」のお茶の間で一服する沼尻さん

“少し前に島根県の雲南で酪農を軸とした有機農業を営む佐藤忠吉さんが「地域は沈静化すべし」と語った記事を読みましたが、私も共感することが多くありました。地域の活性化には経済的な基盤が重要なのは確かですが、「地域らしさ」に寄り添わずに経済偏重で活性化に取り組んでも、必ずと言ってよいほど一過性で終わったり、お金の無駄遣いになってしまいます。活性化を考える上では、その地域独自の人やモノ、コトを十分に知った上で、沈静化を見極めることも重要なポイントだと思います。”

多くの人に身近な切り口で地域の暮らしを発信したい

沼尻さんは地域おこし協力隊の任期中に「暮ラシカルデザイン編集室」を立ち上げ、『房総のカフェ』(2014年12月)から始まり、『千葉の海カフェ』(2015年8月)、『房総のカフェⅡ』(2016年4月)や『房総のパンⅠ』(2016年8月)と次々に本を出版しています。最後に、こうしたリトルプレスにかける思いについてお聞きしたいと思います。

“房総半島は南、北、海岸線ごとに特徴が大きく異なり、「暮らし」をテーマにするとより一層その地域性が明確になると感じています。ただし暮らしをストレートに描き出すだけでは読み手も限られるし、どこか押しつけのようでもあります。そこでカフェやパン屋といった多くの人に身近なお店を入口に、その空間を創り上げる人の暮らしを紹介しました。流行やコマーシャルとは異なり、誰もに共通してある「暮らし」という視点から地域を紹介することで、地域内外の人々がより気軽に、より深く地域を知るきっかけになれば本望です。”

リトルプレスとしての処女作『房総カフェ』

“全国的にリトルプレスはすでに数多くありますが、房総半島はまだ黎明期といえます。出版したとはいえ、流通に乗せられないこと、販売できる書店に限りがあることなどの課題もありますが、取材したカフェやパン屋さんがお店に置いて下さったり、ネットで受注したりと、新しい本のあり方に期待も寄せています。野菜や飲食店が立ち並ぶマルシェで本を売ることもあるんですよ(笑)。何より、東北で思い描いた夢のスタートラインに立てたことに喜びを感じながら、次なる目標に向かっていきたいと思います。”

2016年8月に発売となった『房総のパン』には、館山市のソウルフードともいえる「館山中村屋」(通称中パン)の特集もある

全国津々浦々に広がる地域での「暮らし」に思いを馳せる時、何らかのガイドがあると心強いもの。ただし、暮らしは観光情報やイベントとは異なるため、編集者に地域への一定の理解と紹介する角度が求められます。この点地域発のリトルプレスは、地域内外の人々が地域をよく知るためにも、その先にある活性化を考える時にも、方向性を導きだす可能性を秘めていると言えるでしょう。これからも、沼尻さん独特の視点から房総半島の暮らしが紡ぎ出されていくことを願います。

文:東 洋平