ローカルニッポン

お母さんの輪で創る、自然を活かした子育ての場/里と海の自主保育くじらぐも

都会から地方へ移住またはUターンする人や地方で暮らし続ける人の中には、自然豊かな環境で子育てをしたいという人も少なくありません。とはいえ子育てに関わる支援制度や施設、子育て世代の割合などを比較して、都会に対して地方が抱える課題もあります。こうした中、南房総のとある里山では、自然の中で伸び伸びと子どもを遊ばせながら、お母さん達が近況を語らい支え合う「自主保育」が始まりました。里と海の自主保育「くじらぐも」の活動をご紹介します。

かやぶき古民家での「くじらぐも」一日体験

「くじらぐも」は、主に南房総(館山市、南房総市、鴨川市、鋸南町)を対象範囲として2016年4月に立ち上がった里山と海をフィールドに保育活動を行う任意団体。歩いて遊ぶことのできる就学前の乳幼児と親の同伴にて、一回からでも参加が可能な保育活動を行っています。10月に開催された古民家「ろくすけ」での活動に参加しました。

-9:30~10:00 集合-

事前に申し込みをしていた7組の親子が里山の麓で待ち合わせをして、細い山道を登り「ろくすけ」に到着しました。ろくすけは周囲の環境も含めて里山の原風景が残る築170年のかやぶき古民家。前回参加者も久しぶりの参加者も簡単な自己紹介をしつつ、今日のスケジュールを確認して、散策の準備へ。

NPO法人千葉自然学校の管理する「ろくすけ」屋内

-10:00~11:00 里山散策-

ろくすけを出ると、実りの秋に色とりどりの花や木の実が参加者を待ちうけます。ガマズミやむかごなど、食べられる植物の実を摘まんでいると、茂みの中からモリアオガエルが登場。アマガエルよりも一回り大きい姿に子ども達も大喜びです。低名山で知られる富山(とみやま)をバックに、広く左右に枝を広げた大木を仰ぎ「ツリーハウス建てたいね」など和気あいあいと道を進めること1時間。そろそろお腹も空いてきました。

-11:00~12:00 お昼の準備-

親子の協力で火起こしに成功して拍手で賑わう参加者達

お昼は参加者が持ち寄った一品料理と事前にカットしてきた食材を混ぜ合わせた豆乳シチュー、そしてHさん特製のパン生地を竹に巻いて火で炙る焼きたてパン。細い枝から太い木まで順番に薪をくべて火を起こし、焚き火でパンを焼くという初体験に親子でワクワクしながら準備を進めます。4月から9月までの前期は弁当持参でしたが、10月からの後期ではイベント形式にてアウトドア体験をしながら一品持ち寄りで様々な料理を味わいます。

竹に生地を巻き付けて焼くとホカホカのパンに

-12:00~13:00 お昼&「一人一言コーナー」-

ブルーシートを長椅子で囲み、親子みんなで昼食の時間。それぞれのお手製一品料理について楽しく感想を述べあい、子どもの食生活またはアレルギーについても話しが深まる中、「一人一言コーナー」の始まり。最近子育てで感じていること、悩んでいること、どんな話題でも一人一言をシェアして、それぞれのお母さんの経験からアドバイスし合います。3分ずつの持ち時間ですが話が弾み、深まり、あっという間に時間が過ぎてしまいました。

お母さん達が持ち寄った一品料理のランチプレート

-13:00~14:30 自由時間-

午後の予定によって帰る時間は異なるため、施設を借りている14:30まで親子で自由な時間を過ごします。昼食の続きで会話をする人、新生児を畳に寝かせてあやすお母さん、野山を駆け回り、Y字型の枝を使ったゴムパチンコで遊ぶ子ども達、片づけをしながら各々のペースでゆったりとした時間が流れていきます。保険料、施設費込の参加費500円を支払い、次回の「海辺で貝殻とクラフト」への期待を胸にお別れをしました。

2016年後期の第一回目に開催された「ミニ釣り」の様子 沖ノ島や大房岬など南房総の様々な海でも保育活動を行っている

出産前から仲間で語り合っていたことが「自主保育」として実現

「くじらぐも」代表の白井芙季子さんは、秋田県生まれ。新潟での自然学校勤務からNPO法人千葉自然学校に転職したことを契機に南房総と出会い、結婚して3年前に移住した後、昨年第一子を出産しました。

“自然学校で勤務しながら、いつか子どもを授かったら、自然いっぱいの環境で親子の時間を過ごしたい、自分の子ども含め地域の子ども達を自然の中で育てる場づくりがしたいという夢がありました。特に3歳までは心身の健康や人格形成にとって大切な時期と言われており、ゴツゴツした木々の質感に触れたり、様々な花の色を見て香りをかいだり、水や土、火といった自然の基本的な素材に触れたり、言葉ではなく、五感を通して自然と触れ合う機会をできるだけ増やしてあげたいと思っていました。”

くじらぐも代表 白井芙季子さん

“そこで南房総で知り合ったお母さん仲間で、妊娠中から「あんなことしたいね、こんなことしたいね~」と話し合っていたことがこの「自主保育」という形で実現したんです。三人寄れば文殊の知恵といいますが、私だけでは思い浮かばなかった様々なアイディアが生まれ、一人では子どもを連れて山や海に遊びに連れていけなかったというお母さん達にも喜んでもらえて、予想以上のやり甲斐を感じています。”

自然の中で乳幼児を育てる親子のコミュニティ

白井さんが自然学校に勤務していた経験も生かして今年4月に始まった自主保育活動ですが、チラシ配りや仲間の呼び掛けもあって、前期を終えた頃にはすでに一回の開催に十分な参加者が集まるようになりました。

“共働きでなければ、子どもを幼稚園にいれる3歳児ぐらいまでは、保育所や託児所を利用せず、自宅で子育てを行う家庭はかなりあります。ただ、地方だと家の周りに子育て世代がほとんどいなくて、母親が育児の悩みを相談できなかったり、ストレスを発散する場所がなかったりします。そんな中「くじらぐも」のような自主保育は、自然の中で子どもを遊ばせる場でありつつ、自宅で乳幼児を育てる母親達が定期的に近況をシェアして支え合うコミュニティとしての機能も果たしているのかもしれません。”

自然学校で勤務経験のある白井さんの植物ガイドを受けつつ、各々のペースで森を散策

“また昨今、教育現場に対する保護者の目が厳しくなったこともあり、保育園や幼稚園は屋内などなるべく安全な場所で育児をする傾向にあります。その点「くじらぐも」は、自然の中で伸び伸びと子どもを育てたいという同じような価値観をもった親が集まるため、居心地がよいという声もありますね。”

「拠点」と「仲間」で自主保育のすすめ

「自然豊かな環境で子育てをしたいけれども、一人では難しいこと」や「近くに子育て世代が少ないため、孤独になりやすい乳幼児期の子育て」といった地方での子育てを望む親の思いや課題をまとめあげて育まれる、南房総での新しい保育活動。最後に「くじらぐも」を立ち上げ、継続するにあたって重要だと思われるポイントをお聞きしました。


“私達にとってやはり「ろくすけ」という魅力的な場所があったことが、立ち上げに大きく関わっています。まずは「こんな場所で子どもと一緒に遊びたい~!」と心が躍る拠点を見つけて保育のイメージを作ることが大事だと思います。そしてもう一つは「気の合う仲間」です。乳幼児期の子育ては本当に忙しいので、参加者が無理せず楽しみ、時にはお互いを支え合える仲間であることが第一だと思います。”

参加者のお母さんによる絵本の読み聞かせ

“この「拠点」と「仲間」があれば、自然とそれぞれのお母さんの経験やできることを持ち寄って、活動が豊かに展開していくのではないでしょうか。「くじらぐも」でも、例えば酪農家のお母さんがチーズを作ってくれたり、農的暮らしを実践するご家庭にお邪魔したり、うちのお父さんが釣りを教えたり(笑)、田舎ならではの自然体験が参加者から自ずと提案されて、企画されたイベントをワクワク楽しんでいます。折角の自然豊かな南房総の環境なので、お母さんが協力しあって、より子どもとの時間を充実できる保育が広がるといいですね。”

子どもの発育や感性に良い影響を与えると注目される自然の中での保育ですが、都会から地方に移住したとしても理想的な子育て環境が揃っているとは限りません。周囲に子育て世代が少ない場合は、時には求めて情報を得る必要もあるでしょう。そんな時に「くじらぐも」のような活動が身近にあるのは心強いもの。こうした自由な発想によるお母さん仲間の独自な取り組みをもとに、地方での子育てがより一層魅力を増すことを願います。

文:東 洋平