森の恩恵…。国土の7割を森林が占める日本では、生業や暮らしのあらゆる場面で多くの人が森林の恩恵を受けてきました。戦後の高度成長期を経てエネルギーや生活様式の変化、地方の高齢化が進む過程で、人と森の距離も遠くなり、間伐の手が入らず荒れた森林の増加は、さらに人を森から遠ざける要因となっていきます。関東平野と八溝山地が出会うところに位置し、農業と窯業の町として古くから台所や窯の燃料や畑の堆肥などに森の資源を活用してきた益子町でも、それは例外ではありませんが、益子町に拠点を置くNPO法人が描く「森の恩恵」への新しい価値付けのビジョンからは、未来の可能性が見えてきます。
若者を森と未来へつなぐプログラム
「腰のホルダーにノコギリやナタを入れ、ヘルメットを被ると、みんな一気に森の人になりますね」。森の保全活動に入る若者たちに今日の作業の手順を伝えながら、大木本舞さんが参加者に笑顔を向けます。今日は、NPO法人トチギ環境未来基地の益子での活動日で、事務局長の大木本さんをリーダーに、これから町内の社会福祉法人益子のぞみの里福祉会・美里学園に隣接する森へ入り除伐作業を行います。
トチギ環境未来基地は、「環境保全活動を通して人と緑を育む」ことをモットーに掲げ、森林の間伐や下草刈り、竹林の整備を中心に2009年に活動を始め、幼稚園の子どもたちが遊べる森づくりや、震災後は福島県いわき市での苗木から育てる植林など、活動の幅とフィールドを広げています。
代表理事の塚本竜也さんが都内のNPO法人で働いたのちに独立を考えた時、拠点となる事務所は、ある程度の大きさが必要だとイメージしていました。益子町で事務所を構えたのは、なだらかな丘陵地に平地林が広がる里山に立つ、元医院という中古物件に巡り会えたからでした。部屋数が多く、大勢でミーティングもできる広間もある間取り。縁側や囲炉裏もあり、泊まり込みで活動するインターンやボランティアを受け入れる活動を考えていた塚本さんには、最適の環境でした。
参加するボランティアは、都市部に住みながら「自然豊かな地方でボランティア活動をしたい」という人もいれば、企業の研修として参加するケースもありますが、トチギ環境未来基地の特徴は、塚本さんが独立前に働いていたNICE(日本国際ワークキャンプセンター)などを通しての国際ボランティアやインターンの受け入れと、社会に出るために訓練する若者の自立支援団体との連携による、若い世代の受け入れにあります。
「森の保全活動や森づくりに関わるボランティアは、定年後の男性が多い傾向にありますが、うちの場合は若い世代が中心なんです。ここの活動での経験を、自分の地元や活動する地域に持ち帰って、そこでまた活動を拡げていく、そういうリーダーの養成事業も活動の大きな柱です」
と塚本さん。次世代リーダーの育成と同時に、なかなか社会への一歩が踏み出せない若者に、関連支援機関と連携して短期合宿プログラムでの受け入れや日帰りでの森林保全活動の場を通して地域貢献の機会を与える。やわらかくも強いビジョンを感じます。
「自然の中で体を動かしながら、社会に役立っているという実感は、少しずつだとしても確実な変化を参加者に与えているようです」
市民参加、市民主体の仕組みをつくる基地として
環境づくりと人づくりに力を注ごうと考える塚本さんのルーツをさかのぼると、高校時代に出会った1冊の写真集にいきつきます。高校まではサッカーに熱を入れていた塚本さんが、そろそろ進路を考えて受験に向けて気持ちを切り替えようと、図書館で進路に関する情報を調べ始めた時に目にしたのが、「砂漠化」をテーマにした「地球が危ない」と題した写真集でした。そこには砂漠化が進む土地で干からびて死んでいる動物の姿があり、小さい頃から動物が大好きだった塚本さんは衝撃を受けます。20年ほど前、地球規模での環境問題への注目が高まる時期、塚本さんは自分の進路も重ね合わせて「大好きな動物を守るためには、森を守る活動を…」と、森林資源について専門に学べる大学に進みました。
「大学で勉強するうちに、いろんなことがわかってきて、1つには世界で起きていることは日本の森のことにも繋がっているということです。日本にこれだけの森があるのに、経済原理優先で、遠くの国の森をどんどん伐採して日本に安く輸入していることとか…。そういうことを考えるうちに、海外のことも大切だけど、まずは、日本の森のことを考えよう、と思うようになりました。そのためにはいろんな方法があると思うけど、市民参加で、いかに森を守っていけるか、ということを自分の課題としてやっていきたいと思うようになったんです」
公務員や企業の一員としての仕事で森林保全に取り組む道ではなく、なぜ「市民参加で」という仕組み作りにこだわったのでしょうか?
「大学生のころから、ボランティア活動をしていて思ったのは、森の恩恵を受けている市民が、もっと森のことに取り組める機会を増やしていくと、世の中は少しずつ良い方向に変わっていくんじゃないかな、ということです。ただ、ボランティアは活動ベースの世界なので、成果の追求というところにはまだ目が向いていないと思って、実際、ボランティアの力でどれだけのことができるか、もっと掘り下げて学びたいと思い始めました。アメリカに若い人たちが活動に参加して森や自然のために働くプログラムがあることを知り、シアトルで行われているプログラムでは外国人も受け入れているとわかって、大学を卒業してすぐに参加しました。6ヶ月のプログラムを受講して、いろんな国の同世代と一緒に環境保全のノウハウや実際、チームづくりなどを学んできました」
若い人が動くことの価値、ボランティアでできることの可能性を感じて、日本でも同じような仕組みが作れたら!という思いを抱いて帰国した塚本さん。参加したのは、Conservation corps (コンサベーション コア)という、若者が長期間、農山村に滞在し団体生活を送りながら環境保全活動や地域貢献活動を行い、活動を通して次世代のリーダーを育てるプログラムのシアトル版です。アメリカでは多くの若者が活動に参加できるように奨学金とも連動した仕組みもあり、国立公園の整備や外来種除去の活動を行っているそうです。このプログラムの日本版を、トチギ環境未来基地では、2009年から春と秋にそれぞれ3ヶ月間実施し実績を重ね、各回4人程度が参加します。そして、日本でも若者が担い手となって環境保全活動や地域貢献活動が行える仕組みをつくりたいという塚本さんの夢は、栃木についで、福島でも形になりました。2011年6月に仲間と活動をスタートさせた、環境を切り口に海岸林再生などの復興支援に取り組む「フクシマ環境未来基地」(いわき市)では、今年の春から三和町を拠点にメキシコやキルギスからの参加者も迎え地域の方達とプログラムを開始しています。
基地の設立からコーディネーターとして関わっていた事務局長の大木本さん。「今」のルーツをさかのぼると、テレビ局の映像カメラマンである父が撮影した紛争地域での映像にいきつきます。
「生きるか死ぬか、死が身近なものとしてある日常の風景が、お父さんが撮った映像としてテレビに映し出され、そういう現実にさらされている人々が同じ地球上にいるということにびっくりして、小さい頃から、地域のために、人のために何かできないかなあ…という思いが漠然とありました」
その気持ちの延長線上で、大学では社会福祉を学びながら、NICEを通してウクライナで、ボランティア活動を子供達に広めるワークショップなどを行い、九州では、海外からの参加者と一緒に農業や林業のプログラムを行うワークキャンプに参加したり…、そんな学びと活動の中で、ボランティアの力を地域の人が必要としていることを実感してきたと大木本さんは言います。
「ボランティアが来ただけで地域の人が笑顔になる、元気になる。そんな様子を目の当たりにして、地域に若者が入ることの大切さを切実に感じてきましたし、それは今も同じです」
大学4年時のアルバイトを経て、2年前から常勤職員として加わった神彩乃さんは、大学休学中に東日本大震災の復興活動ボランティアを行っていました。卒業後の進路を悩んでいた時期に、トチギ環境未来基地のいわき市での活動を知り、そこに参加する中で、NPOという働き方があることを知り、強く惹かれたと話します。
「社会のために本気で働いている人たちがいる!ということに感動したことを覚えています。自分自身で汗を流す経験を通して、若者が育まれていくこと、その若者たちが日本の地域・環境をよくしていくことが、素晴らしい未来をつくっていくと思います。私自身が昔そのように応援されたように、私も未来へ向かういろんな方々の背中を押せる活動をしていきたいです!」
来てくれてありがとう。
さて、この日の除伐の作業。参加しているのは、活動に連携している栃木県若年者支援機構からの7名です。利用者さんたちも森の中を安心して散策できるように、第一段階の作業として細い木を間伐し、下草を刈っていきます。これまでの作業で除伐が進み、森に光が入り気持ち良く歩けるエリアを通って、奥へ進み、まだ鬱蒼としたエリアに入ります。「今日は、ここで作業します。横に広がって、自分の持ち場を決めましょう」と、大木本さん。参加者も回数を重ねてきて、のこぎりを使う所作もスムーズで、次々に細い木々が、枝や幹のパーツになり、きれいに重ねられていきます。背の高い木を倒すときは、自然と声をかけあって、危なくないようにフォローしあったり、手を貸して協力しあったり、よきチームとしての動きもうまれています。
事務所とご近所ということもあって活動の縁ができた福祉施設・美里学園では、お祭りへのブース出店や、敷地内の遊歩道の整備も行い、森の活動もあわせて、これまでに1,000人程の参加があったそうです。
少しずつ間伐が進んで、日差しも明るくはいってきた森の中で、大木本さんが話してくれました。「相模原市での悲しい事件のあとの活動では、理事長さんから改めて、来てくれてありがとうと言われたんです。こうして地域の若い人たちも来てくれることで私たちのことを知ってもらえることは嬉しいことです、と話されていました。森の力で人が集まる。このことの大切さを私たちもあらためて感じています」
森の力を借りて、日本の課題をどう解決していけるか? 大木本さんは、「環境問題と福祉の問題はつながっているし、つなぐことができるんです」と語ります。
「子どもの貧困や孤食、子ども食堂の活動には、NPOやボランティアの団体どうしで協力する動きも生まれています。シングルマザーの家庭への支援として、私たちが整備したフィールドで、今年の8月にはキャンプを実施し16人の参加がありました」
塚本さんは、学生の頃に見た写真集から「日本の森の問題は、世界の森の問題につながっている」ことを学んだと言います。人の手が入ることを必要としている環境があり、人や社会とつながることを必要としている人がいる。森でつながり、森から始まる人づくりと地域づくり。その拠点としての活動は、これからも夢を描きながら続きます。最後に「トチギ環境未来基地」の名前の由来を、メンバーのみなさんの言葉で紹介します。
……若者が、自然環境の保全、地域の活性化、生活の再生などの活動を行い、それに関わり若者が、次の社会を担う力をつける、そのための拠点:基地になる、という思いをこめて。……
写真・文:簑田理香