ローカルニッポン

会津の未来の子供のため、孫のために/ある農園の取り組みから見えるのもの

「会津のヘソ」とも呼ばれる、昨年オープンした『道の駅あいづ湯川・会津坂下』。

ここを会場とする『あいづナチュラルフェスタ』が、毎月第三土曜日をベース(冬期休止)に開かれており、会津の有機農家や、伝統や地域性を生かしたものにこだわりを持って生産・販売している人々が集まります。

このような大小さまざまなフェスタやマルシェは、生産地のみならず都市でも多く開かれるようになっており、単に商品売買のみならず、生産者と消費者が直接対面して情報交換が行われる貴重な場となっています。それだけ生産と消費が分離してしまった現在の流通システムで、消費者は作り手との交流や情報に飢えていると言えるでしょう。

このフェスタの在り方については、昨年より関係者間での実務者会議が毎月一回のペースで開かれて議論されており、私も出展者の一員として僭越ながら参加させてもらっています。

その出展者の一つである『やますけ農園』さん。国産地鶏「ゴトウもみじ」と純血種烏骨鶏の自然有精卵(※)を扱っておられます。昨年、そのたまごを頂き、雑味のない柔らかな旨みを伴う味に感動した覚えがあります。その農園主の山口英則さんは、妻子を持ちつつも海外に事業展開する大手メーカーから脱サラしてここに至った経緯をお持ちの方です。

今回は彼からお話しを伺って、食と農の役割について考えてみることとしました。

(※オスと交配して雛鳥が生まれる可能性あるものを「有精卵」、オスと受精せずにメスが排卵したものを「無精卵」と呼びます。市場に出回り、我々の大半が口にするのは無精卵です。)

たまごという食べものが、家族の体と心の栄養になるよう、ただひたすらに家族を想って......

まずは転身の経緯を伺いました。

「フランス在任中、ちょうど子供も授かった時でした。海外赴任は元よりの希望で、家庭は妻に任せて仕事に奔走していました。ところが、妻は言葉が通じない異国での生活のストレスから家に閉じこもり、体調を壊してしまったのです。そもそも家族の幸せのため働いていたはずが、自分とは一体何だったのだろうと考え直させられました。そこで日本に帰り、家族と共に過ごせる時間を持てる農業に転職することを決めたのです。」

「場所は学生時代を過ごした会津坂下町、そこで養鶏業を始めることにしました。それは自分が子どもの時、父親が庭で鶏を飼っていた思い出があったのと、初期投資の負担が重い農業で、土地と資材のない自分が少ない初期投資で開始でき、冬期も含めて年中営業できる業種だという判断からでした。」

多くの日本人の食と切り離せない鶏卵。2013年データによると年間消費量は329個/人、国内生産率は100%を超えます。でも、自給率となると9%程度であり、それは餌の大半が輸入品であるからです。そして大切なのは、安価で安定した数の鶏卵の供給は、「ケージ飼い」という想像を絶するほどの酷い採卵鶏の生育環境の上に成り立っているということです。家族の幸せを願って転職した山口さんにとり、家族にも安心して食べてもらえる自然卵養鶏法を選択するのは当然だったと言えるでしょう。

<国産地鶏に給餌する/やますけ農園>

「畜産の飼育技術が向上して合理化が進み、生産性が飛躍的に上がった結果、誰でも安価に鶏卵を入手できるようになりました。一方、生産現場では、小さな檻に数羽入れられ、日光や空気に触れられずに、向きを変えることもできない過酷な環境が家畜たちを苦しめることになりました。前から餌と水を、後ろから卵と糞をという一生を強いられているのです。」

アニマルウェルフェアとは

『アニマルウェルフェア(動物福祉、動物愛護)』という考え方は、欧米ではほぼ定着しているのに対し、日本では遅まきながら最近になり知られ始めるようになりました。今年東京で開催されたサミットでも「動物たちが自然に行動できるように、快適な環境を整えること」を進めるべきだと述べられており、家畜動物・ペットによらず、「快適」な生活を動物に与えるべきことが強調されています。

ここで重視されるべきは、施設もさることながら家畜を管理する者による日頃の行動です。山口さんもこのアニマルウェルフェアこそが農園の基本姿勢であることを、強調します。

例えば「平飼い」と銘打っても、それが必ずしも十分な生育環境を保障するわけではありません。本当に鶏が生き生きと暮らすに値する面積と環境が確保されているかは、農園に行ってみないと分からないのです。

また、餌の素材の選定も重要です。

「安い素材を手配するには、外国産大豆はじめ輸入品に勝る手はありません。でも、それがどれだけからだに安全、安心なものかは、大きな疑問があります。ここでは作り方や品種が分かる近隣の農家さんからの飼育米や、農協で得たくず大豆を中心に、各種単味素材を季節や鳥の体調・成長に応じて自家配合し、給餌させてもらっています。」

<自家配合中の餌。素材の種類と配合の仕方により鶏卵の品質が大きく左右される>

鶏舎内に案内されると、給餌のタイミングと重なり、鶏たちは活発に動き回っていました。でも、互いに押し合いして餌を奪い合うことなく、嬉しそうに餌を啄んでいる姿は実に微笑ましい景観でした。

そして、鶏舎の床の土を取って説明してくれました。

「鶏床に草を敷き、有機物である糞と交わり自然発酵することで、臭気もなく、ふわふわした床となっているのです。鶏舎は臭いと評判良くないですが、それは処理できずに舎内に糞尿が溜まっているか、舎外に投棄する無責任な処理をしているからなのです。」

そして鶏舎は自然卵養鶏場に適うよう、自分で全て部材を揃え、設計・施行されたとのこと。もちろん水も、地元の土地で涵養した地下水を品質チェックの上、使用しておられました。

ゆくゆくは『純血種烏骨鶏』を継ぐ役割の養鶏場に

次に、天然記念物指定の烏骨鶏がいる鶏舎へ連れて行ってもらいました。

原産は中国・インド・ヒマラヤ山脈麓と諸説あるが、絹毛と呼ばれる白くて細い羽毛に黒い皮膚、五本の指を持つ大変珍しい鶏です。国産地鶏と比べ、からだが小さくて繊細、飼育に手間がかかるそうです。そして、約10日に一個、年間40~50個しかたまごを産みません。

ここで注意せねばならないのは、市場に出回る「烏骨鶏のたまご」は生みの親がハーフなど、純粋でない偽物が多いことです。それは名称に法的縛りがなく「言ったもの勝ち」であるため、飼育コストを減らして産卵数を増やし、儲けようとする手段が横行しているからです。

烏骨鶏が注目されるゆえんの栄養価ですが、親の鶏が純粋であるほどバランスと栄養度が高いと考える山口さんは、信頼できる養鶏場から雛鳥を仕入れ、「純粋な烏骨鶏」にこだわっておられます。

10日分の栄養の濃縮された純血種烏骨鶏のたまごは、小粒ですがびっくりするほどの生命力があり、レモンイエローの黄身は盛り上がって弾力と旨みがあると評判です。

やますけ農園ではこの純系を継ぐため、卵を孵化させて雛鳥から繁殖させる準備が進められています。なぜなら純血種烏骨鶏を継いできた師匠が90歳になって作業が難しくなり、その大役を山口さんが拝命されたからです。そのためにクラウドファンディングで資金を募集、今年の夏に新しい鶏舎が建てられました。今では100羽の烏骨鶏ですが、行く末は全種を烏骨鶏とする養鶏場を目指しておられるとのことです。

<やますけ農園の純血種烏骨鶏>

「国産地鶏も結局のところF1種で、卵からきちっとした雛鳥は孵化されず、業者から買い取るしか術がないのです。それって本来の動物の生命の在り方からすればどうなのでしょうか。だから行き着くのは、この純系の烏骨鶏となってしまうのです。」

この貴重な純血種烏骨鶏のたまごは、「妻のためのたまご」と名付けられています。体調を壊した妻の楽しそうな笑顔を見たくて、この卵をプレゼントしたいという山口さんの思いからの命名です。一方、国産地鶏のたまごは、娘に安心して食べて元気に育ってほしいと、「娘のためのたまご」と命名されています。

市場価格とは違う独自の価格設定で

現在のやますけ農園で飼育するのは、国産地鶏約700羽、烏骨鶏約100羽。一日あたり産卵量は、季節により差があるとはいえ平均300個前後だそうです。これほどの手間暇かけて産まれる品は、一般の市場流通価格にはそぐわない価格になり、現在販売単価を国産地鶏100円、烏骨鶏500円で取引されています。その価格より低くなると、現在の生産体制では養鶏場を運営することはできないと言われます。

ですが、理想と現実のギャップから、はじめは相当苦戦したとのことです。

「見込みが甘かったですね。販売ルートも何もない新米が、いきなりそんな価格を付けて提供しても、ほとんどリアクションはなかったです。」

と苦笑された。でも、自らの採卵法と姿勢を粘り強く説明し続けることにより、関心を持って購買してくれる方は徐々に増えていったそうです。そして関心を持ってもらった方には農園まで見に来てもらい、その上で判断してもらうプロセスを必ず踏んでもらっているとのことです。

今まで大手販売店から幾度か取引を持ち掛けられたそうですが、最終的には断らしてもらい、それで正解だったと言います。確かに販売個数が増えるということで心は揺れたそうですが、そこには必ず値切りがあるのです。その価格だと利益確保のため生産拡大の必要が生じ、これ以上の規模拡大は品質劣化に繋がるのは間違いないというのが、今までの経験上分かっていたからです。

また、やますけ農園でも経営上の判断で六次産業化の試みを進めていますが、これも補助金につられて失敗する例は山ほどあり、同じ轍を踏まないよう慎重に進められています。

<娘のためのたまご フェスタ出展ブースにて>

地方の食文化を紡いでいくのに、大切なことは

ここで東日本大震災と福島第一原発事故にも触れないわけにいけません。

福島第一原発より西に100㌔離れた会津坂下町からも、放射線量の基準値超えの米が見つかり、農家は大きな打撃を被りました。そのことについて伺ってみると、少し恥ずかしそうな笑顔で意外な答えが返ってきました。

「今だから言えることですが、あの事故はそれこそ神の導きだったかもしれません。」

――と言いますと?

「もちろんはじめ売上は減少し、まさかあの方がという大切なお客様まで失いました。被災地応援のため福島産を買おうという活動に助けてもらいましたが、それも長くは続きません。そんな中、自分の農園の卵を選んでくれたのは本当に僕の養鶏法を理解して評価してくれた方で、お客様の質がグッと上がり、互いの信頼が強固になったのです。」

「お客様の質が上がると、それに応えるのはより厳しくなります。でも、おかげ様で自分の使命は果たさねばという思いが強くなったのです。だからこそ今の自分に足りないところも分かるし、それは隠さずに説明させてもらっています。それを克服できたら事業の次のステップに進めるかもしれません。」

「でも、そう肯定的に捉えるようになったのは実は5年目、去年になってからです。それまでは解答も見えずにもがく自分がありました。でも、幸運にも信念を共有できる方々と知り合いになれたのが大きかったです。自分は間違ってなかったと確信が持てたのです。」

<ナチュラルフェスタでお客様に笑顔で説明するやますけ農園・山口英則さん>

『会津の未来の子供のため、孫のために』

これが、やますけ農園のミッションだと言われます。県外の方々には想像つきにくいかもしれませんが、原発事故のあった福島県内の会津で、特に食関係の分野でこのように述べることが、どれほど難しいけど意義あることか分かってもらえたらと思います。今や東京はじめ県外のお客様とも取引される中、余程生産プロセスに一切の抜かりなく、自信もって説明できることが裏打ちにあるはずです。でも、山口さんは、もうそろそろ「福島だから」を卒業して、純粋に質とモノで勝負をしたいと言われます。

――この自然卵養鶏法を新規就農者に勧めますか?

「う~ん、正直それは難しいですね。なぜかと言うと、お客様を確保することに要する労力が半端でないからです。」

「本当は自給自足、或いは副業として庭先で鶏を飼うのが理想的だと思います。でも、生業としての事業である以上、ガス・電気代、地代に住居費、医療・教育費と最低限のお金は必要で、一定以上の収入がなければ継続できないですからね。」

「始めた当初は収益を上げて事業として成功してやるという思いが強かったですが、今は事業としての成功より使命を果たす気持ちの方が強くなっています。ただ、さすがに年中無休の自転車操業を一人で回すのはタフなので、時に休みたいと思うことがありますね。だから、最低一人を雇用して回せるだけの収益体制を作れればと思っています。」

家族への想いから出発して、裸一貫事業で勝負をし、しかも立派なミッションにチャレンジする山口さんの姿はとても眩しいです。今回の取材を通して強く思ったのは、最終的に引き寄せる力はモノよりも、彼の誠実な人間性にあるということです。

農業をどのように捉えるかは人それぞれですが、生産性の向上と経営力の強化が求められることは間違いないものの、それだけで解決できないことも確かです。それぞれに役割があり、排斥し合わないことが大切だと思います。

たとえ営業規模は小さくても、山口さんのように地方の伝統や社会的な意義、更には生命の在り方にまで踏み込んで食を支えようとする方を許容し、大切にする地方には、試行錯誤しつつ健全な社会と文化を紡いでいく可能性を宿すことになると思います。その可能性を得るには、チャレンジする農家の存在だけでなく、様々な分野でのリーダーの協力・支援が必要でしょう。実際、冒頭に紹介した『あいづナチュラルフェスタ』は、農の役割を常々深く考えて行動する方々の提案を、道の駅の駅長さんをはじめとするスタッフが受け入れてもらったことから実現したことです。

そして、そんな試みの集積が、持続可能性ある未来の社会を開ける扉となっていくのではないでしょうか。

文:阪下昭二郎