ローカルニッポン

DIY人気ブロガーが元官舎に吹き込むDUAL LIFE/館山ミナトバラックス

書き手:東洋平
千葉県館山市在住のライター。2011年都内の大学卒業後に未就職で移住する。イベントの企画や無農薬の米作りなど地域活動を実践しつつ、ライターとして独立。Think Global, Act Localがモットー。

千葉県館山市で築38年の元公務員宿舎を活用したリノベーションプロジェクトが進行中です。主宰者は、いわゆるサラリーマン大家として、首都圏3エリアで6戸57部屋の賃貸物件を所有し、自身もDIYとリノベーションを愛好する漆原秀さん。リノベーション情報サイトでは人気ブロガーとして、新しい住まいのあり方や働き方の探求も発信しています。2016年12月に館山市へ移住した漆原さんが新拠点「館山MINATO BARRACKS(ミナトバラックス)」にかける思いやその展望についてお話をお聞きしました。

集まるDUAL LIFEエリア 南房総

館山ミナトバラックスは、別荘などの多い景勝地ではなく、館山自動車道のバイパス沿いで大型スーパーやホームセンターからも近く、移動や生活に便利な立地にあります。漆原さんが、あえてこの物件を購入した意図はどこにあったのでしょうか。

“9年前に館山に戸建と木造アパート(TOP画像左)を建て、週末に来ては海山の自然と、どこか垢ぬけない穏やかな雰囲気に魅かれていきました。そんな中地元の方々と話すと、徐々に地域の姿が見えてきました。1997年の東京湾アクアライン、そして2007年の館山自動車道の全線開通は、主産業となる観光に大きな影響を与えてきたということ。都市住民にとって南房総は1泊2日の宿泊地から日帰りで帰れる旅行地へと変容してきたということなどです。”

館山ミナトバラックスからの眺め 晴れた日には海越しに富士山を望むことができる

館山ミナトバラックスからの眺め 晴れた日には海越しに富士山を望むことができる

“しかし私自身、東京に小さな家を持ちながら週末は埼玉県の郊外でリノベーションやDIYライフを楽しんできた経験上、この地域には「集める」観光とは異なる「集まる」エリアになる強みがあると感じていました。都市で平日は仕事をしながら週末は農山漁村で過ごすDUAL LIFE(デュアル・ライフ)を実現するにはぴったりのエリアだと思います。この暮らしを実践する人は、主体的に地域と関りを持つため、無理に集めなくとも自ずと集まります。こうしたニーズに応えて、湊(みなと)地区の発展に貢献したいと思ったのがミナトバラックスの発端です。”

クリエイティブを軸とした複合型施設

館山市の「湊」という地区名が、船着き場としての「港」ではなく「人やものが集まるところ」という意味に由来していることと、兵舎や仮小屋を意味する「バラックス」を掛け合わせた施設名にも、漆原さんのコンセプトが現れています。

漆原秀さん 自らを「マイクロデベロッパー」と称し、遊休不動産のリノベーションによる活用を企画している

漆原秀さん 自らを「マイクロデベロッパー」と称し、遊休不動産のリノベーションによる活用を企画している

“DUAL LIFEといっても、滞在型市民農園やセカンドハウスなど訪れる方によって目的は様々かと思います。ミナトバラックスが大事にしているコンセプトはクリエイティブな場であることです。部屋をDIYでリノベーションすることもそうですが、様々な分野のクリエイティブな方々が集い、交流していく場作りを目指しています。「ベース」や「ヴィレッジ」ではなく「バラックス」と呼んだのは元官舎であった余韻と、クリエイティブな感性を養う建物という意味を込めています。”

“都心からの距離や土地がもつポテンシャルで、よく鎌倉や湘南エリアと館山や南房総エリアを比較する議論があります。私が思うに、館山・南房総エリアに足りないのはデザインやクリエイティビティです。この点、拠点開発やプロモーション、ブランディングやマーケティングなど、これまで培ってきた様々な職歴や経験を活かしながら、館山のクリエイティブを底上げできるような場にしていきたいと思います。”

部屋タイプは「フルリノベ」「ベースリノベ」「リノベ完了」の3つから選ぶことができ、リノベーションを前提とした作りとなっている

部屋タイプは「フルリノベ」「ベースリノベ」「リノベ完了」の3つから選ぶことができ、リノベーションを前提とした作りとなっている

館山ミナトバラックスは4階建ての全16部屋。そのうち10部屋は賃貸物件で、DIYでもリノベーションしやすいように最低限の工事が施されており退去時にも原状回復義務がありません。その他の部屋は、ゲストルーム、カフェやヴィンテージショップ、入居者が利用できるDIY工房を予定しています。

親のためにはじめた大家業をきっかけとして

漆原さんは大学在学中に仲間と起業を経験した後、CG制作会社に入社。その後、クリエイター養成スクールに勤務し、地方拠点の開発や事業統括を行っていました。今に至る契機を与えたのは、その後独立してWebマーケティングの会社を立ち上げてからのこと。

隣接地ではヴィンテージのエアストリームを設置した貸別荘StellarPlantも運営している

隣接地ではヴィンテージのエアストリームを設置した貸別荘StellarPlantも運営している

“会社の経営も軌道に乗り始めた頃、『いつかは海辺の家で暮らす』という本を手にしました。著者の人生観にも大変衝撃を受けて、若いうちに家を建てよう!と思い立ち、何度か通っていた南房総の海辺に土地を購入しました。しかし家を建てるには至らず、親が病気になるという事態に。親のその後も考えて埼玉にある実家を売り、館山に建てたのが戸建と1棟のアパートでした。アパートの管理を親にしてもらい、家賃収入で幾ばくか生活の補助ができるのではと考えたのです。”

“しかし、続けて訪れたのがリーマンショック。会社を自ら去ることになりました。運よく再びサラリーマンとしての職に就きますが、終身雇用を保障されているわけでもありません。子も誕生する中、いかに将来の不安を取り除くか考えた時に、親に用意した館山の物件が不動産投資であることに気付きました。そこからはセミナーに参加したり本を年間40冊読むなど猛勉強しましたね(笑)。ほどなく、千葉と埼玉に賃貸マンションを1棟ずつ購入し、サラリーマン大家となりました。”

住まいと暮らしを実験するサバーバンBASE

拠点開発やプロモーション、マーケティングなどの経験を活かして購入したマンションは、改修を加えていった結果、全物件の年間稼働率が95%を超えました。ただ一室埋まりづらかった埼玉のマンションの1階部分。漆原さんは、この部屋をリノベーションして自らDIYライフの実践をはじめることに。

“埼玉のマンション一室を利用することに決めてから東京に小さな戸建てを一件購入しました。間取り的には2LDKで家族3人で住むには少し狭いかなとも思ったのですが、埼玉に物を置けばいいかと思ったのですね。この場所は「都市郊外の基地」という意味で「サバーバンBASE」と名付け、毎週末通ってはDIYを楽しんでいました。その頃リノベーション雑誌の取材を受けまして、2013年からリノベーション情報サイトでブログを書くようにもなったわけです。”

埼玉県のマンション一階で展開するSUBURBAN(サバーバン)BASEの内装  写真提供:内藤正樹

埼玉県のマンション一階で展開するSUBURBAN(サバーバン)BASEの内装  写真提供:内藤正樹

“サバーバンBASEでわかったことは、人が住まいに求める機能はいくつかに分割でき、そのうちの「物を置く」「遊ぶ」「憩う」といった機能は、何も都市部の住まいに完結させる必要はないということです。むしろ週末は自然の多い郊外に出ることでストレスも発散できますし、子どもの教育にも良かったと実感しています。都市部の住まいを小さくすることで経済的な負担を減らすことも可能です。”

東京はちょっと離れて思うもの

こうして埼玉のサバーバンBASEと館山の戸建て物件でDUAL LIFEを5年続けた漆原さんは、2016年8月館山の物件に隣接した旧公務員宿舎を一般競争入札で落札した後、家族と共に12月館山市へ移住しました。現在は館山ミナトバラックスのグランドOPENを4月に控え、日々リノベーションを進めています。

館山ミナトバラックス正面外観

館山ミナトバラックス正面外観

“生まれてこの方、実に14回も引っ越しをしてきたのですが(笑)、今回の館山への移住は自分がこれまでやってきた経験の点と点が線になって繋がったような思いがしています。今も週2、3日は東京で仕事をしていますし、東京を否定するわけでもなく、ましてや世捨て人になるわけでもありません。長らく仕事で疲弊する日々を続けてきて、サバーバンBASEで自分の中の野性を取り戻し、自己再生を果たしたことは試金石となりました。”

“一昔前は「ふるさとは、遠きにありて思うもの」なんていいましたが、これからは「東京は、ちょっと離れて思うもの」なのではないかと思うんです。少し距離を置くことで、東京がどういう場所なのかが良くも悪くも客観的にわかり、何より短い人生の中で自分らしい生き方を見つける機会を与えてくれます。これからは都市での暮らし方、働き方に少しでも新しい選択肢を提案できる場作りを生涯の仕事にしていきたいと思います。”

米国から取り寄せた集合住宅用のポスト設置など随所に建物のリノベーションが進行中

米国から取り寄せた集合住宅用のポスト設置など随所に建物のリノベーションが進行中

近年、人口減少や自治体経営の効率化にともない、国や地方自治体が学校やその他行政施設など公有不動産を民間へ売却するケースが増えており、情報は公開されています。特に地方でこうした物件を利用して事業を起こすことは容易なことではありませんが、都市部に住まう人々へも価値を提供する館山ミナトバラックスの発展と、漆原さんの実践にこれからも目が離せません。

文:東 洋平