料理の神様が唯一宿る地域から日本料理の精神と地元産品を同時発信
千葉県館山市在住のライター。2011年都内の大学卒業後に未就職で移住する。イベントの企画や無農薬の米作りなど地域活動を実践しつつ、ライターとして独立。Think Global, Act Localがモットー。
日本料理の祖神「磐鹿六雁命(いわかむつかりのみこと)」。日本に唯一、この神様を祀る神社があります。千葉県南房総市千倉町にある高家(たかべ)神社です。毎年5月17日、10月17日、11月23日に「庖丁式」が執り行われ、全国から著名な料理人や料理関係者、醸造業者などが参拝に訪れます。今回は、高家神社を守り伝えている地域の新しい取り組みと日本料理の精神について、地元千倉町にある料理旅館の主人であり、南房総市観光協会会長である堀江洋一さんにお話を伺いました。
日本料理の起源と庖丁式というシンボル
近年世界中で和食ブームが巻き起こり、2013年には「和食」がユネスコ無形文化遺産に認定されました。それでは、広い意味での「和食」の中核をなす「日本料理」とはいつ頃誕生したのでしょうか。
“「磐鹿六雁命」は『日本書紀』に登場する人物で、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東国を平定した後、第12代景行天皇が安房の国(南房総)を訪れた際、カツオやハマグリを料理して献上し、朝廷で料理をつくる職に任命されたと記されています。その後子孫の高橋氏が代々朝廷の料理を担当して日本料理の原型が形成されていきますが、体系化されたのは平安時代。日本料理中興の祖とも言われる「四條中納言藤原朝臣山蔭卿(やまかげきょう)」によって、基礎が作られました。”
“山蔭卿の功績は、特に「庖丁式」という儀式を定めたことにあります。私達は日々生き物から命を頂いて、生きています。日本古来の思想が自然への畏敬であったように、生き物を殺生することへの供養や天地万物への感謝の心が、この「庖丁式」の中に凝縮されています。すべての所作に意味があり、左手に真魚箸(まなばし)、右手に式庖丁を持って、一切手を触れることなく食材をさばきます。山蔭卿以来、庖丁式は日本料理の精神を伝える儀式として、全国に広がり、数々の流派も生まれました。”
地元有志で氏子をサポート 庖丁式を守り抜く
日本独自の食に対する生命倫理を軸に、作法や技法、調味料が発展した料理は、海外からの食文化の流入に対して「日本料理」と位置付けられ、日本料理の神様を唯一祭神とする高家神社は、料理人や料理研究家から厚い信仰を受けてきました。しかし、高家神社を守る地域には様々な変化も起こっていたのです。
“高家神社の氏子は少子高齢化によって50戸ほどにまで減りました。例大祭には、日本料理士会の会長など錚々たる方々が集まる神社ですが、一般的には知名度も低く、将来の存続が危ぶまれる時期にはいっていました。また由緒ある庖丁式も、地域の人々で儀式を支えられない年が出てきたのです。そこで2006年、地元の有志でこの状況を何とかしようと集まったのが「たかべ庖丁会」です。”
“たかべ庖丁会は、年間の行事で氏子の手伝いをするだけでなく、例大祭では儀式を執り行い、若い担い手につなぐ教育活動もしています。またより多くの人に高家神社を知ってもらおうと、出張で庖丁式の披露も始めました。幕張メッセや赤坂サカス、東京・丸ビルで開かれたIMF・世界銀行総会を歓迎するイベントでも披露したことがありますが、特に海外の方には喜ばれますね。中には涙を流して立ち尽くす方もいました。”
料理の神様のお膝元で選ぶ「ふるさと産品推奨品」
たかべ庖丁会に続いて2012年、千倉地域づくり協議会の部会として結成されたのが「高家学ぼう会」。たかべ庖丁会が高家神社の内部や儀式への取り組みとすれば、高家学ぼう会は対外的な発信や企画を行う役割を担っています。
“もう十数年前に遡りますが、地域内の農業振興もかねて「エディブルフラワー」という食べられる花の栽培を企画し、この花を使ったレシピを旅館やホテルで共有して、旅行会社へ一括受注システムを提供するなど観光戦略を練ってきました。南房総といえば「花」ですからね。しかし、灯台もと暗しとはいいますが、この地域にはもともと日本でオンリーワンが存在していたのです。”
“高家学ぼう会は、千倉町がこれまで展開してきた観光事業を「高家神社」に集約していこうと様々なアイデアを出しています。その一つが「ふるさと産品推奨品」を選出し、高家神社の庖丁式をデザインしたオリジナルシールを貼って販売する仕組みです。現在干物、天然クロアワビ、クジラのたれなど、この地域独特の商品が登録されており、高家ブランドとして地域外に発信しています。”
オンリーワンの神社に集まる「高家ブランド」
2013年から始まった「ふるさと産品推奨品」には現在37品目の商品が登録されており、高家神社秋の例大祭では「ふるさと産品推奨コーナー」で販売される他、庖丁式の紹介と合わせたパンフレットも制作しました。
“「ふるさと産品」はすでに全国各地で取り組みがありますが、この地域の独自性はなんといっても日本料理の神様を祀る高家神社のお墨付きがあることです。これまで積極的に発信できていませんでしたが、高家神社にまつわる由緒と庖丁式が、今後国内外の多くの人に受け入れてもらえると信じています。そして、各商品単独ではなかなか観光客や販売業者に知ってもらうことは難しいですが、高家ブランドとしてまとまって発信することで販売に結びつけていく狙いがあります。”
“まだ始まったばかりで、地域内の商品に限定していますが、日本で唯一料理の神様を祀る神社であることから全国的な商品の認証ブランドに発展する可能性もあると考えています。ちょうど今年から南房総市で「南房総名品づくりグランプリ」という大会が始まるので、こうした動きとも連携しつつ、日本料理の神様が宿る地域ならではの商品作りや観光振興に繋がっていくといいですね。”
世界に誇る日本料理の精神を高家神社から発信したい
南房総市千倉町にある料理旅館「政右ヱ門(まさえもん)」の料理長兼主人として、高家神社の庖丁式では自らも刀主(とうしゅ)や介添(かいぞえ)を担当する堀江洋一さんは、日本料理の伝統に対して今改めて思いをはせるようになったと語ります。
“例えば昔、刺身は切っただけで料理ではないと海外の人からよく指摘されたそうです。ところが、精巧に作られた刺身包丁と料理人の技術は刺身の鮮度を保ち風味を変え、食べ物としての新たな魂を吹き込みます。また、とある品評会で灰汁をとった煮物とそうでない煮物を比べた時に、灰汁をとらなかった煮物の方が美味しいという評価がありました。しかし灰汁をとった日本料理人は「食材の味を活かすには灰汁は邪魔なので、今後もとり続ける」と答えました。”
“この「食材をいかに引き立てるか」という視点が日本料理を貫いています。自然を支配するようにシェフのオリジナリティを追求する西洋料理とは真逆の立場といえるでしょう。その精神は、やはり食べ物に対する畏敬の念や感謝の心にあります。一説によると食の儀式が存在するのは世界で日本だけということです。世界中で日本料理が愛されるようになったのは大変嬉しいことですが、本質的な精神もまた、ここ高家神社から発信していきたいと思います。”
およそ1800年前に「磐鹿六雁命」が天皇に献上したことに始まるとされる日本料理。それは単に美味しさを求める技術ではなく、生きる糧となる食べ物へ感謝する心によって育まれてきました。普段慣れ親しんだ和食の伝統文化を学ぶ機会は少ないですが、家庭にある包丁のように、実は日本料理の精神は多くの日本人の暮らしの中に息づいています。こうした精神の拠り所として高家神社が国内外に発信され、南房総の地域活性化につながっていくことを祈ります。
文:東 洋平
リンク:
高家神社HP
海辺の料理宿 政右ヱ門
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たかべ庖丁会
千倉地域づくり協議会『きずな』