昨今、地方自治体による都市住民への移住促進活動が活発化する中で、独自の視点から都会と地方を結ぶプロジェクトを展開しているのが株式会社ココロマチ。通算2000エリア以上の首都圏の地域情報を紹介する「itot(アイトット)」と移住や交流をテーマとしたサイト「ココロココ」にて都会と地方の双方を発信しています。都会の地域情報を扱う企業がなぜ地方に目を向けるようになったのか、その発端やサービスの本質について、ココロココ編集長の奈良織恵さんからお話を聞きました。
サテライトオフィスで会社自ら地方での働き方を実践
取材に伺ったのは、株式会社ココロマチが千葉県南房総市に昨年9月に開設したサテライトオフィス。来年度からの本格稼働を前に社長の吉山日出樹さんが、床のニス塗りに汗を流していました。
“ココロココで地方の働き方や暮らし方を発信する中で、会社としても「ローカルを実践しよう」と始まったのがこのサテライトオフィスです。普段のオフィスは新橋にあるので、夜中までやっているお店もたくさんあって、何でもそろう環境ですが、ここは夜8時にはほぼ飲食店も閉まるし、どこに行くにも車で出かけるので、みんなで時間を合わせてご飯を食べたり、電灯のない本当の暗さを体感しながら空いっぱいの星空を眺めたり。自然に囲まれた仕事環境から新しい発見がたくさんありますね。”
“今年度は南房総市との事業の一環で、移住希望者のワークショップの場に利用したり、都内企業の経営者向けツアーでのセミナーなどを行ってきましたが、来年度からは年間でシラバスを組んで、市民大学のような講座を開く構想や、日本各地のサテライトオフィスとシェアする仕組みなどもアイディアとして挙がっています。東京で定期的に開催しているローカルイベントの経験を活かして、地方と都会をつなぐコミュニティ作りの拠点にしていくことをテーマにしています。”
リアルな場での交流から「ローカルシフト」
ココロココでは、移住・交流をテーマにした情報提供を行うにあたって、WEBサイトでの発信だけでなく、都内でのローカルイベントや現地で移住を体感するツアーなど、実際に顔を合わせる場の創出にも力を入れています。
“ココロココを立ち上げた1年目、まだサイトの知名度も低く、移住・ローカル業界での横のつながりもなかったため、まずは関係性づくりのために東京でイベントをやろうということで、月に1度「ローカルシフト」というイベントを始めました。当初、私たち自身が会いたい、話を聞きたいと感じる方に登壇いただいて、私たちが勉強しようという目的でスタートしたのですが、興味深いことにイベントに集う一般の参加者たち同士で仲良くなって、その中から実際に地方に移住する人も生まれるようになりました。”
“こうした現場での様々な出来事や地方に関心のある人々の声をお聞きする中で、私たちが大切にしたいと思っていることは都会と地方の「交流」です。地方創生では「移住」がゴールと考えられがちですが、今や必ずしも「移住」ではなく、地方との関わり方には多くの選択肢があります。その入り口としてまず「交流」する機会があり、仲間ができて、繰り返し訪れたりすることによって、地方との関係性が段階的に深まっていくのではと考えています。”
海外から帰って感じた日本の街にある魅力
このように語る奈良さんは、横浜市に生まれ育ち地元の高校を卒業後、大学も藤沢に通学していたため特に地方への関心もなく、むしろ海外への憧れを抱いて学生時代を過ごしていたといいます。どのようにして東京、そして地方の情報を発信するようになったのでしょうか。
“大学時代にブラジル音楽をやっていた関係から、ブラジル北東部のサルバドールという街に出会い、会社に入社してからも含めると計2回ほど半年以上滞在していたことがあります。1回目に滞在した時は、いつか住みたいとまで思っていました。しかしココロマチの前身となる会社で働く中もう一度行かせてもらった6カ月間の滞在から帰国した後、ふと東京の何気ない町並みや伝統に味わいや温かさを感じるようになったんですね。”
“2006年に、住みたい街を探す人向けの地域情報サービス「itot(アイトット)」を立ち上げてからは、地域のお店や施設の情報だけでなく、地域の「人」や「コミュニティ」を取材するなど、できるだけ読者がその地域での暮らしを想像しやすいように情報を発信してきました。小学校の校長先生を取材することもあります。このサイト運営が始まった頃から「いつか地方の街のこともやりたいね」という話が上がっていたことは確かです。”
お父さんが岩手県遠野で田舎暮らしをはじめる
しかし、奈良さんが地方へ関心をもつ直接のきっかけを与えたのは、お父さんが始めた田舎暮らし。お父さんが様々な地域に訪れて移住を決めた先は、岩手県遠野市でした。
“2006年に遠野に移住した父は、アクティブに田んぼや畑を耕し、魚や肉以外はほぼ自給するような生活を始めました。私自身それまで田舎暮らしなどにはほとんど興味がなかったのですが、何度か通ううちに不思議な感覚にとらわれるようになりました。横浜に実家があり、親戚もほぼ関東圏に住まう我が家には、田舎というものがなかったのですが、父のいる遠野が、いつしか第二の故郷のように思えてきたのです。”
“そんな時に起きたのが2011年の東日本大震災でした。岩手県遠野市は被害が少なかったのですが、沿岸部までバスで1時間程度で行けるということもあり、災害ボランティア拠点として全国から多くの人が集まる場となりました。父の家がある私も、ゴールデンウィーク頃から休みのたびに、ボランティア活動に参加するようになりました。最初の頃は、目の前の瓦礫作業でいっぱいだったのですが、少し落ち着いてくると、街を扱う会社として何かできることはないか、ということを考えるようになりました。そうして始まったのが「東北に行こう!」というサイトです。”
「東北に行こう!」を起点に「ココロココ」が誕生
2012年に始まった復興応援企画「東北に行こう!」は、街の情報を取材する会社ならではの方法で、情報の少ない被災地へ人々が訪れやすいように、東北の街や人の魅力を掘り下げる記事を発信しました。
“図らずもこの企画が、私たちにとって地方を取材した初めての経験になりました。被災地にフォーカスした地域情報だったため、最初はどのような発信が可能か手探りではありましたが、その土地への思い溢れる地元の人たちの心や困難な状況にも関わらず前向きに生きる姿に触れて、引き込まれるように魅力を感じるようになりました。”
“その一方で、何度も訪れるうちに、被災地が抱える課題が、決して東北だけの問題ではないことに気づきました。少子高齢化や若者の流出による人口減少など、程度の差はあれ、日本全国どの地域でも共通の課題です。「ココロココ」は、東北で感じた「魅力」と「課題」を、全国に広げて取材し、都市と地方をつなぐお手伝いをしたいという思いから始まりました。”
都会と地方を「人生を豊かにする」視点から見つめて
ココロココは、「都市と地方をつなぐ・つたえる」をコンセプトに、47都道府県の人や団体の取り組みやイベント企画、求人などが掲載されている情報サイト。最後に、このサービスを通じて奈良さんが伝えたい思いについて伺いました。
“私自身がそうであったように、都会に生まれ育ち、地方とは無縁に過ごしてきた方も多いと思います。しかし、何度も父の移住した田舎に通うようになって、土に触れ、自然に癒されて、何かあった時には心配し合える存在が地方に増え、私の人生は豊かになったと感じています。住む場所や暮らし方の選択肢を増やすことで「人生を豊かにする」という視点から、都会のローカルと地方のローカルをつなぎ、交流の場づくりと発信を続けていきたいと思います。”
都市部では、マンション購入を検討している人向けに地域情報を発信するサイトを運営していることもあり、都会のマンションコミュニティと地方のコミュニティをつなぐことに興味があるという奈良さん。ココロココとitotの連動企画として「いつか1000人住むマンションと人口1000人の村の合同交流イベントをやりたい」など、都会と地方を結ぶアイディアに事欠きません。都会と地方という二項対立を超えて、心が集うローカルに焦点を当てた新しい考え方を学ぶことができました。これからも自身の経験を基にした企画力で、新たな都会と地方のあり方を提案していってほしいと思います。
文:東 洋平