ローカルニッポン

ローカルで仕事と住まいと仲間が揃う、都会と地方の新たな「架け橋」

書き手:東洋平
千葉県館山市在住のライター。2011年都内の大学卒業後に未就職で移住する。イベントの企画や無農薬の米作りなど地域活動を実践しつつ、ライターとして独立。Think Global, Act Localがモットー。

若者が地方に移住することは、一昔前に比べてそう珍しいことではなくなってきました。農林水産業、観光業の人手不足や新規ビジネスに至るまで、若者が挑戦する場はあります。しかし、実際には住む場所や暮らしのイメージ、コミュニティなど想像できず、一歩を踏み出せない人も多いはず。今回は、千葉県富津市金谷(かなや)にあるコミュニティスペース「まるも」に伺いました。人口1500人を切った漁村で若者の移住者が急速に増えているのはなぜでしょうか?千葉県いすみ市でもコワーキングスペース「hinode」を立ち上げる株式会社ponnuf代表の山口拓也さんに聞いてみましょう。

開発合宿とコワーキング、そして田舎フリーランス養成講座

JR内房線の浜金谷駅から徒歩5分。鋸山の房州石の採石と漁業で繁栄した町ならではの密集した家屋の間を抜けていくと、若者が何十人も出入りする一角が現れます。昔1階がスーパーだったという建物を改修した2階建ての施設です。

株式会社Ponnuf代表 山口拓也さん

株式会社Ponnuf代表 山口拓也さん

“初めに改修を行ったのは地域活性化を目的としたシェアアトリエやイベントスペースを運営する団体で、僕もその活動のご縁で金谷に移住したのですが、2015年にこの拠点が閉鎖することになりました。このまま若者が減ってしまうのは侘びしいなと思って、地域で自分ができることを具体的に試してみようと新しく始めたのが「まるも」です。スーパーの名前をそっくりそのまま使っています(笑)。”

取材に伺った日の午後、コワーキングスペースで仕事や課題に取り組む田舎フリーランス養成講座の参加者

取材に伺った日の午後、コワーキングスペースで仕事や課題に取り組む田舎フリーランス養成講座の参加者

“当初WEBメディアを制作する会社の事業の一環で、片手間で運営できればと考えていましたが、プログラマーの制作合宿やコワーキングスペースを始めてみると想像以上に利用者の反応もよく、人を相手に個人的な喜びも増していきました。またこの地域は小学校の廃校も検討されるほどに過疎が進んでいます。このスペースを起点に移住者の受け入れにも繋げることはできないだろうか。こうして移住体験プログラム「田舎フリーランス養成講座」というアイディアが生まれたんです。”

徒歩圏内で仕事と住まいと仲間が揃う、アットホームな「まるも」コミュニティ

徒歩でワークショップへ向かう

徒歩でワークショップへ向かう

2016年2月に始まった「田舎フリーランス養成講座」は、WEBサイトの制作からマーケティング、独立後に稼ぐフリーランスの「学び」と、空き家の改修や農的ライフなど田舎暮らしの「実践」が融合した講座。約1カ月の滞在中にかかる参加費は、夕食費や宿泊費、コワーキングスペース利用費込みで16万円(早割)です。

“田舎で生活することを考えると、家賃や光熱費と食費を合わせて最低10万円稼ぐことが必要です。講座では参加者が期間内に10万円稼ぐスキルを身につけることを1つの目標としています。平日は朝講義やワークショップを行い、午後は自由時間として自主課題や早速仕事に取り組む人もいます。WEBだけでなく、地域には様々な仕事があるため、これを実践する人を手伝ったり、地域住民と交流をしたりと、具体的な暮らしを体験していきます。”

田舎フリーランス養成講座では山口さんご自身が講師を務める他、各分野のエキスパートを招聘して講座を開設している

田舎フリーランス養成講座では山口さんご自身が講師を務める他、各分野のエキスパートを招聘して講座を開設している

“金谷は小さな町で、徒歩圏内で生活できるところが大きな魅力ですね。シェアハウスと「まるも」が歩いて行き来でき、その他のワークショップもみんなで歩いて向かいます。こうして1カ月もたつと「おかえり」「ただいま」と呼びかけることが習慣になり、自然と移住する方が増えました。実験的に始めた2016年でしたが結果的に全6回開催することになり、2割ほどの方が講座後も継続して住んでいます。”

千葉県いすみ市でコワーキングコミュニティ「hinode」OPEN

都内企業の開発合宿の需要やコワーキングスペースの利用者も増え、現在「まるも」に隣接して新築の合宿所を建設中という株式会社ponnufですが、今年2017年5月から千葉県いすみ市でコワーキングスペースとイベントスペースが共存する「hinode」を運営することになりました。

千葉県いすみ市の新たな拠点「hinode」外観

千葉県いすみ市の新たな拠点「hinode」外観

“千葉県いすみ市がプール付きの遊休施設の運営者を募集していたのですが「まるも」での経験をもとに事業案を申請し採択を受けました。市の施設改修が終了し、5月にオープンしたところです。仕事場の提供によって「ワーキングコミュニティ」を形成していくことが当面の目標ですが、いすみ市は金谷とは異なった人や地域資源に溢れる地域。いすみ市ならではの特色を活かして、ITだけでなく様々な仕事をする人が集まる拠点として事業を展開していきたいと思います。”

“地元の農水産物が豊かないすみ市では、田舎フリーランス養成講座の内容としても就農体験と組み合わせることで半農半X的な働き方、暮らし方の提案ができると思います。また、地域産品の詰め合わせセットなど、ECのマーケットにはまだまだ伸び代があり、これを進めるための地域メディアの立ち上げは自分の役割ではないかと考えています。「hinode」がイベントスペースも兼ねているため、リアルなマーケットの開催と一体となった発信も可能ではないでしょうか。”

hinode内にあるフリースペース

hinode内にあるフリースペース

「架け橋」で起業を志した学生時代

WEBメディアの制作や都会と金谷、またいすみ市を繋ぐ事業に共通して山口さんの掲げるコンセプトは「架け橋となる」こと。人材系ベンチャー企業で働いた後フリーランスとして独立し、金谷との出会いの中で2014年に起業した山口さんですが、コンセプトの芽生えは学生時代に遡ります。

金谷の移住者が営農する田んぼで田植えを手伝う「まるも」コミュニティ 秋には収穫祭もみんなで楽しむ

金谷の移住者が営農する田んぼで田植えを手伝う「まるも」コミュニティ 秋には収穫祭もみんなで楽しむ

“小さい頃からいつか起業して社長になりたい!という夢はあったのですが(笑)、どういう仕事をするかという点でクリエイティブ関係に興味があり早稲田大学文化構想学部に入学しました。広告研究会で学び、充実した学生生活を送ってはいたんですよね。ただ起業を将来に見据えた時に、当時の自分に自信がなかったこともあって、インドへの旅を皮切りに世界一周に出ました。目的は海外各国の中にある「日本文化」を学ぶためでした。”

「世界市」は現在でも学生に受け継がれている

「世界市」は現在でも学生に受け継がれている

“この旅から帰ってきた時は無敵状態にありました(笑)。やるなら世界展開する日本食チェーン店を創ろうという夢も描き、海外と日本を繋ぐという目的で開催したのが国際フェスティバル「世界市」です。来場者は1万人を超え、イベントの運営を学べたことは今に生きています。ただどうにか赤字を出さないようにするのが関の山で、到底起業には至りませんでした。ある意味では挫折の経験ともなりましたが、この旅からイベント開催までの一連の出来事の中で「架け橋」というテーマが生まれたのは確かです。”

若者の発想とパワーが結集した地方開拓最前線

日本と海外の「架け橋」を企図した山口さんの起業への道のりは、都会と地方の「架け橋」として実を結ぶことになりましたが、今年28歳の山口さんによる挑戦は今始まったばかり。最後に今後の展望についてお聞きしてみましょう。

田舎フリーランス養成講座では、夕食をみんなで作り家族のように食卓を囲む

田舎フリーランス養成講座では、夕食をみんなで作り家族のように食卓を囲む

“金谷にきてからはまず自らの事業を軌道にのせることに専念してきたため、地域との接点はそこまで多くありませんでした。しかし、田舎フリーランス養成講座で「地域」の講座をもうけ地元の人々と協働する中で、「空き家」や「雇用」また「教育」についてもより具体的な協力をしていくことが可能だと感じています。また「hinode」では、WEBやITだけでなく幅広い業種の方々との関わりがより強くなるでしょう。金谷で多くの仲間ができたので、若者だからできる発想力を大切にしながら、地域を盛り上げていきたいなとワクワクしています。”

過疎化が急速に進む金谷で金谷小学校の運動会を手伝う「まるも」の皆さん

過疎化が急速に進む金谷で金谷小学校の運動会を手伝う「まるも」の皆さん

若年層の流出が久しい地方で国や自治体の施策として移住促進が進められる中、20代の若者が立ちあげた民間企業の事業が多くの移住者を迎え入れている異例の拠点「まるも」創設者山口さんのお話でした。課題と捉えれば閉塞感も漂いますが、課題を「楽しさ」「やり甲斐」に変えてしまうのもエネルギッシュな若者の強み。これに仕事のスキルや事業の発想力が加われば鬼に金棒です。「まるも」では定期的に利用者による親睦会も開催されており、プライベートにおける信頼関係がコミュニティの力を底上げしていると感じました。ますます多くの若者が、房総の東西両端に位置する「架け橋」で繋がることを期待したいと思います。

文:東 洋平
Photo by KENJI HIROTA