地域の運送会社が主導する酪農事業が牛頭数、搾乳量増加と雇用を促進/昭和運送興業株式会社
千葉県館山市在住のライター。2011年都内の大学卒業後に未就職で移住する。イベントの企画や無農薬の米作りなど地域活動を実践しつつ、ライターとして独立。Think Global, Act Localがモットー。
1960年代には40万戸を超えた酪農家戸数は、現在全国で2万戸弱。1戸あたりの規模が大きくなった背景もありますが、家族経営が中心となる日本の酪農は、高齢化や担い手不足が続いています。この状況を食い止めるべく千葉県南房総でTMR(完全混合飼料)の製造を行い、地域の酪農家と協働でコントラクター事業を立ち上げ、育成牧場を運営するのは株式会社スノー・フィード・サービス。運送会社を母体とした同社がどのようにして生まれたのか、その経緯や総合的な取り組みについて昭和運送興業株式会社専務取締役の安田憲史さんにお話を伺いました。
酪農家の声を聞くことで生まれた新規事業
1952年創業の昭和運送興業株式会社が、酪農と関わりをもったのは2004年のこと。館山市内の取引先であった船舶エンジンを製造する工場が廃業(工場の閉鎖)し、新たな事業を模索する時期に、酪農用飼料の運送を始めたことからでした。
“もともと現社長が地域農業に関心が高く、特に日本酪農発祥の地である南房総で酪農が衰退していることに、何とか歯止めをかけたいという思いがありました。そこで着手したのが酪農家への飼料委託配送事業でしたが、間もなくその当時私たちも知らなかった酪農の課題を知ることになります。輸入に頼った飼料の価格が、穀物のバイオエタノールへの利用増加や為替の影響で安定せず、年々経営を圧迫していたのですね。”
“飼料には、麦やトウモロコシ、乾草など多くの種類があり、これらを配合して牛に与えます。それぞれの価格が別々に変動するため、コストを予測することが困難です。また牛によって飼料の好みが異なり、想像以上にロスが多いこともわかりました。日々酪農家へ直接飼料を配送する会社であったからこそ、こうした事情に対して生の声を聞くことができたため、TMRに目をつけ、製造に踏み切ることができたのかと思います。”
必要な栄養成分をバランスよく混合した飼料TMR
TMRとはTotal Mixed Rationsの略で、日本語では「完全混合飼料」と訳されます。アメリカやイスラエルで発展を遂げて日本でも普及が始まりましたが、昭和運送興業株式会社は飼料配送から販売の事業を経て2009年に飼料メーカーや地元獣医の協力のもと、酪農家数件からTMR製造販売事業を開始しました。
“TMRの製造販売は、運送業を主とする会社にとっても状況を打開する発想でした。飼料の価格が上がるとそのしわ寄せは配送料にかかります。南房総地域は昔から飼料会社、運送業者が多く、飼料価格や配送料金の激しい競争があります。TMRは、素材となる飼料の大半を自給作物から補うことができ、輸入飼料に比べて価格を安定させることができるため、配送料の変動に悩まされることなく酪農家へお届けすることが可能です。”
“現在TMRの製造を行うスノー・フレッシュTMRセンターは365日稼働しており、酪農家の要望に合わせて最もフレッシュな状態で毎日配送しています。粗飼料、濃厚飼料、ビタミン、ミネラルなど牛が必要とする栄養分が全て含まれ、牛が選り好みできないほどに細かく混合されているため「消化器系の疾病減少」「繁殖成績が向上」「質、量ともに高い乳生産」といった結果が現れています。この実績から2015年には長野県佐久穂町でのTMR事業の受託も始まりました。”
地域農家の労働を軽減するコントラクター事業 NFC和田
TMR製造に使用する自給作物の生産を担うのが、コントラクター事業(受託生産事業)。南房総市和田町の酪農家約20軒が所有する農地60町歩(18万坪)を集約し、農作業を代行しています。
“酪農家は365日休みなく牛の健康管理をし、餌を与えて糞尿を始末するなど、多岐にわたる仕事をこなしており、高齢化や若い担い手不足によって手が回らなくなっているのが離農の原因となっています。そこで2011年、NFC和田という酪農家の組織と雪印種苗 (株)とともに立ち上げたのが、コントラクター事業でした。飼料生産や農地管理の労働負担を軽減することで、酪農家は牛の世話に集中することができ、生産性や効率が上がります。収穫した飼料作物は昭和運送興業で買い取り、TMRの製造に利用します。”
“この事業で耕す農地のうち5町歩(1.5万坪)は耕作放棄地でした。現在も面積が足りていない状況ですので、今後も耕作放棄地の集約と効果的な活用につながると考えています。そして酪農家にとって大きな負担となっているのが糞尿の処理です。糞尿は産業廃棄物となるため業者による回収が必要ですが、日々指示された圃場に各自で糞尿を散布し、堆肥として土に還元します。一つひとつの事業が連携しあって、無駄のないサイクルを生み出すことで循環酪農を実現していきます。”
育成牧場で農家コストの削減とブランド牛「里見伏姫牛」の生産
こうして2014年、TMRの製造販売やコントラクター事業をまとめる株式会社スノー・フィード・サービスが昭和運送興業株式会社のグループ会社として生まれました。翌年には南房総市和田町にて育成牧場「スノー・フィード中三原ファーム」がオープンしますが、この牧場では長年構想にあったブランド肉牛「里見伏姫牛」の育成もスタートし、今年6月商品化が実現することに。
“スノー・フィード中三原ファームでは6ヶ月から24ヶ月齢までの牛を育成し、種付けをして出産前に契約農家へ引き渡しています。出産は各契約農家で行い、生まれた仔牛は再度中三原ファームで預託を受けて育てるか売却するか農家側で決定します。ここ数年受胎した出産前の牛の価格が一頭100万円を超すほどに高騰しており、飼料と同様に酪農家のコストを高めていました。かといって酪農家自身が仔牛から成牛を育てるには、餌代や管理の労力がのしかかります。中三原ファームが育成業務を担うことで、後継牛を安価に確保でき、酪農業に専念することができます。”
“そしてまた、南房総は日本酪農発祥の地でありながら、肉牛のブランドがありません。乳牛の酪農家支援と並行して南房総一帯の観光振興にもつなげられるように中三原ファームで肉牛の生産を開始、酪農が発祥した江戸時代の名作「南総里見八犬伝」のヒロイン「伏姫」にちなみ「里見伏姫牛」と名付けました。農家から購入した交雑種や和牛を肉牛として育てることもあります。南房総の大地、山の井戸水、良質なTMRで育った「里見伏姫牛」は乳牛の雌牛と黒毛和種の雄牛の交雑種で、霜降りで柔らかい肉質や味わいから高評価をいただいています。”
地域のために働くやりがいと誇りが原動力
TMRの製造販売、コントラクター事業、そして中三原ファームの運営。その全てが酪農家から直接課題を聞き取り、その解決を目指して描いた青写真からスタートしました。現在も10年後を見据えて事業を組み立てる安田さんですが、最後に地域活性化へのモチベーションについてお聞きしました。
“新規事業の話をすると運送会社であることを忘れてしまいそうですが(笑)、どの事業も運送なしには成り立たず、地域の運送会社というある意味では弱点を、強みに逆転させ、酪農家に寄り添って柔軟に事業を展開してきた結果、今があると思っています。私たちが大事にしていることは、酪農だけでなく、地域全体の発展に寄与することです。地域のために仕事をすることは、やりがいや誇りとなります。これからも南房総を盛り上げるために、仲間たちと堂々と胸を張って精一杯仕事をしていきたいと思います。”
全国で酪農従事者は4~5%の割合で減少していますが、コントラクター事業やTMR利用者の中心地区である南房総市和田地域では、前年比で搾乳牛頭数及び搾乳量が増加に転じており、株式会社スノー・フィード・サービスでは畜産部のある千葉県立安房拓心高校卒業生の雇用も実現しています。同社は南房総市千倉町で体験ブドウ園も運営しており、近い将来「里見伏姫牛」のブランド化と歩調を合わせて酪農と農業を組み合わせた体験観光ツアーを自社バスで企画したいとのこと。これからも酪農と農業、そして南房総の活性化に向けて新規事業を展開してほしいと思います。
文:東 洋平
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