漁師との協力で、海の中に天然の「サメ水族館」が誕生/伊戸ダイビングサービスBOMMIE
千葉県館山市在住のライター。2011年都内の大学卒業後に未就職で移住する。イベントの企画や無農薬の米作りなど地域活動を実践しつつ、ライターとして独立。Think Global, Act Localがモットー。
黒潮の北限域である千葉県南房総は、魚種が豊富で多様な生き物を観察できることからダイビングスポットとして知られています。ここ数年、急速に人気を集めているのが「伊戸ダイビングサービスBOMMIE(ボミー)」。数百匹のサメが群がる「シャークスクランブル」が口コミや画像、動画の拡散によって広がり、国内だけでなく世界中から年間3000人以上のダイバーが訪れるようになりました。実はこのスポットの誕生には、とある地域課題のユニークな解決方法が秘められています。代表の塩田寛さんにお話を伺いました。
警戒心の強いドチザメが、なぜ?
「シャークスクランブル」は、千葉県館山市の伊戸(いと)漁港から約300mに位置する水深20mのポイント。「シャーク」といっても、温厚で人に危害を加えることのない「ドチザメ」のため、手に触れる距離で安心して戯れることができます。
“ドチザメは、日本各地に生息しているサメで、決して珍しくはありません。しかし、警戒心が強く、通常はダイバーが近づいてもすぐに逃げてしまうんですね。では、なぜ「シャークスクランブル」に群れているのかというと、実は餌となる魚を食べにきているわけです。伊戸を含む5キロほどの「平砂浦海岸」沿岸におそらく1000匹ほどのドチザメが棲んでいると思われますが、多い時には500匹ほどのドチザメが歓迎してくれるようになりました。中には名前をつけて呼んでいるのもいるんですよ(笑)。”
しかし、塩田さんがお話になるように、通常ドチザメは人には近寄らないもの。また500匹ものドチザメを迎える餌はどうしているのか、など様々な疑問もわきあがります。これを紐解く鍵は、伊戸ダイビングサービスBOMMIEのはじまりにありました。
「地域に若い人を呼んでほしい」地元漁師が託した思い
塩田さんが、館山市でのダイビングスポット設立に向けて動き出したのは2008年のこと。出身地である千葉県市原市でダイビングショップをはじめて13年。20年来通い続けた館山市で現地サービスを運営することは塩田さんの夢でもありました。
“館山で新しいダイビングポイントを開拓しようと探していると、伊戸の「漁民組合」(現在は漁業協同組合)の組合長を紹介していただくことができました(※)。「高齢化や過疎化で地域が厳しい状況にある中、ダイビングで若い人を呼び込んでほしい」と前向きな返答をもらえたのは幸いでしたが、ダイビングとして成り立つ海の中なのかは潜ってみなければわかりません。そこで、漁師さんがついて、何箇所か潜らせてもらうことになりました。”
※ダイビングをするには、密漁と間違われないために地域の漁業協同組合の許可を受ける慣習があり、限られた海域で潜ることにより漁業者とのトラブルを避けています。
三度目の正直も諦めた矢先、サメの絨毯が現れる
伊戸の海がダイビングに適しているか判断するため塩田さんが潜ったのは、現在「シャークスクランブル」のある「沖前根(おきまえね)」と呼ばれるポイント。3日間に分けて3回潜って決めることになりました。
“1回目、2回目と、かなり厳しいなぁというのが率直な感想でした。これという魚のインパクトがなかったんですね。そこで潜った3回目。一通り観察して収穫がなく、ダメかぁ…と。最後に、2回目に見たネンブツダイの群れでも眺めて引き上げようと、2回目のポイントへ移動することに。そして砂地を泳いでいくと、ポツンポツン、ポツンポツンと、地面に何かがあらわれました。じっとして、同じ方をむいて寝ているドチザメだったんです。こんな光景見たこともなく、目を見張りましたね。行けども、行けども、サメの絨毯がずっと続いているんですよ。”
“船に上がって、大興奮で「いや~サメがすごかったんですよー!」って組合長に話すと、「なんだぁ?ダイバーってのはサメ見て喜ぶとは知らなかった。そんなの早く言ってくれりゃ~よ」って(笑)。いやいや早く言ってほしかったのはこっちですよ!って、大笑いになりました。それもそのはず、ドチザメは漁師さんたちにとって、とても厄介な存在だったんです。”
定置網漁を困らせてきたドチザメの被害
晴れて伊戸ダイビングのブランドとなる海の資源「ドチザメ」と出会った塩田さんですが、ドチザメを活用したダイビング拠点の設立は、漁業者にとっても応援したい切実な理由がありました。
“続けて組合長から「実はサメは毎日、毎日定置網に入って困っているんだよ。何ならサメの餌付けとかして、定置網にサメが入らないようにとかってできないのか? 餌なら心配しなくても、定置網漁で捕れた魚で売り物にならない雑魚がいっぱい出るから、それを使えばいい」と提案を受けました。”
“ドチザメは、水揚げ後すぐ活き締めして食べれば美味しい食べ方もあるそうですが、すぐにアンモニアが体内に回って市場に出荷できないので売り物になりません。それどころか、定置網で小魚を食い荒らし、網に傷をつけてしまうこともあるといいます。これが1日に50匹から100匹近く網に入っているのですから確かに困りますよね。利用の術がなく、数が減らないことも問題の一つだったようです。”
消えたドチザメ。組合長の言葉が背中を押す
組合長からの提案に対し「是非やらせてください!」と一言答え、ダイビングサービスの場所を伊戸に決めた塩田さん。漁業組合の総会で議決を待ち2009年10月、自由に伊戸の海に潜れる許可を受けましたが、「シャークスクランブル」の誕生は、ここからが正念場を迎えることになりました。
“組合に提供してもらう餌をもって、何度も潜るうちに、あんなにいたサメが姿を消してしまったのです。全国各地にある「サメ穴」と呼ばれるスポットから、ダイバーが潜るようになってサメが消えてしまった理由を思い知りました。しかしそんな時に、組合長がこんなこと言ったんですね。「海の中には冷蔵庫もコンビニもねぇんだ。しぶとくやっていれば必ずサメはくる」と。なるほどと思いましたね。”
“来る日も来る日も、サメのいない海底で餌付けをする日々が続きました。しかし、ある時に陸で休憩してから戻ると、置いた餌がなくなっていることに気づきました。これは、やっぱり近くにいるのではないか? そんな期待をもとに懲りずに餌付けを続けていると、念願のドチザメが姿を見せてくれるようになったんです。すぐに逃げてしまうのですが、日を重ねるごとにちょっとずつ距離が縮まっていきます。野良猫に餌付けをしているような感じでしたね(笑)。”
漁師との協働が実現した「オンリーワン」の場所
その後2010年8月に伊戸ダイビングサービスBOMMIEがオープンすると、大勢のダイバーが潜ることによって再び姿を消してしまったドチザメ。餌付けを継続し、あの手この手を尽くして、今のように慣れ親しむには、なんと3年の時間がかかったということ。基本的には人に寄り付かないドチザメですが、塩田さんは3年かけてこの定説を覆したといえるでしょう。
“時には変人扱いされながらも(笑)、我慢強く取り組んできた結果、ダイバーの方に喜んでもらう「シャークスクランブル」が完成してよかったです。時間になるとお腹を空かせたドチザメが集まるため、数年前から定置網にドチザメがかかることはほとんどなくなりました。漁師さんが喜んでくださっているのは嬉しいことですが、そもそも漁師さんの協力なくして今はありません。これからもっと地域に貢献できるように、伊戸に人を呼び、またダイビングの盛んな南房総を発信していきたいと思います。”
塩田さんが語る、地域に人を呼ぶために必要なキーワードは「オンリーワン」をつくること。ドチザメの群れと触れ合うことのできる日本で唯一つの場所ということが、人から人へと口コミで広がり、世界中にいるサメ好きなダイバーのコミュニティへ瞬く間に情報が届いたということ。また「シャークスクランブル」が、課題を抱える漁業者との協働によって生まれたことは多くの示唆を含んでいると思います。地方の産業は軒並み停滞しているようにも見えますが、課題があるところに変化やチャンスも潜んでいる。そんなことを物語るような「シャークスクランブル」誕生の舞台裏に隠されたお話でした。
文:東 洋平
写真提供:伊戸ダイビングサービスBOMMIE
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