海や里山の景観が広がる南房総は、近年サイクリストのスポットとして注目を受けています。2018年1月からJR東日本千葉支社が自転車とともに乗車できる列車「B.B.BASE」を運行し、訪日外国人旅行客をサイクルツーリズムで誘致する積極的な活動もはじまりました。そんな中、房総南方の由緒ある神社の若手神職が立ち上がったのが「房総神社サイクルライド推進委員会」。神社が独自に地域の観光をバックアップする取り組みです。団体が発足した経緯や狙いについて、事務局長を務める千葉県鴨川市の「天津神明宮」禰宜(ねぎ)岡野大和さんにお話を伺いました。
サイクルラックを若手神職で自主制作
房総神社サイクルライド推進委員会(以下:委員会)が動き出したのは、2017年も終わりにさしかかった12月27日。若手神職が中心となって神社10社の境内にロードバイク、クロスバイク、マウンテンバイクなどのスポーツ自転車を駐輪するサイクルラックを整備したというプレスリリースが発表されました。
“神社が南房総のサイクルツーリズム、またインバウンド(訪日外国人旅行客)を誘致するのに重要な役割を果たすのではという考えに至ったのは様々な経緯がありますが、これを若手神職の会で話すと、予想以上の反応で賛同を受けました。中にはすでにロードバイクユーザーもいたんですね(笑)。そこで何からはじめようかと考えた時に、オリンピック出場経験があり「南房総サイクルツーリズム協会」の会長でもある高橋松吉さんのお話から、サイクルラックを整備しようということになりました。”
“もちろんサイクリストに訪れやすい環境を整えることでもありますが、サイクルラックが増えることは「地域がサイクリストを歓迎しているという意思表示になる」ということ。これを神社が率先して行うことで明確な意思表示に貢献できるのではと考えました。しかし市販されているサイクルラックは一台数万円かかり、今後場所を増やしていくことも考えるとコストがかかり過ぎてしまいます。また、市販のものは金属製が多く神社の景観と調和しません。そこで木製ラックの設計図を探して自作したんですね。1月に「B.B.BASE」がはじまることも聞いていたので、やるなら今だと年末に猛スピードで制作して何とか間に合わせることができてよかったです。”
このように語る岡野さんは、神職の傍ら鴨川市のフリーペーパー『KamoZine』の編集長を務め、WEBの観光プラットフォーム「かもナビ」の立ち上げやアニメ『輪廻のラグランジェ』のモデルとなった鴨川市でイベントや商品開発を企画してきた仕掛け人。南房総初の女子サッカーチーム「オルカ鴨川FC」では、昨シーズンまで事業本部長を担うなど、メディアやアート、スポーツと幅広い分野で観光振興に取り組んでいます。
多方面で感じてきたサイクルツーリズムへの機運が一つに
それではサイクルツーリズムを軸として若手神職が協力する委員会はどのようにして発足したのでしょうか。直接のきっかけは2016年12月に開かれた「安房の国観光まちづくり塾」。南房総観光連盟、城西国際大学観光学部、安房地域振興事務所が共催する広域の勉強会ですが、ここで岡野さんは『KamoZine』や「かもナビ」の経験をもとに「地域メディア」について講義を行いました。
“講座が終わった後の親睦会で、南房総市インバウンド観光プロデューサーの瀬戸川賢二さんや南房総市観光協会の多田福太朗さんと初めてお会いしました。そこで話を受けたのが、南房総はサイクルツーリズムに最適な地で、オリンピック前に広域で連携してサイクルツーリズムを盛り上げようということでした。以前家族で四国に旅行した時に、サイクリストの聖地として知られる「しまなみ海道」を車で通ったこともありましたが、南房総がサイクリストの聖地だという発想になるほどと思いました。”
“昔から神社にスポーツ自転車で訪れる方が多いとは感じていましたし、2016年5月からは鴨川市総合運動施設で「クリテリウム」(短いコースを周回する自転車ロードレース)がはじまって実際に道を走るサイクリストは増えていました。また実は『KamoZine』では、高橋松吉さんが監督をしていた自転車女子ロードレースチームと「オルカ鴨川FC」との対談が2015年に実現していて、個人的にも関心が高かったんですね。”
“そこで、私自身も「南房総サイクルツーリズム協会」の立ち上げに参加しつつ、瀬戸川さんや多田さんには『KamoZine』の鴨川以外の南房総エリアの情報を紹介する「飛び出す!KamoZine」のコーナーでサイクルツーリズムの特集を担当していただくことになりました。「南房総サイクルツーリズム協会」の会長に就任した高橋松吉さんは、1984年ロサンゼルスオリンピック出場者で、JCF(日本自転車競技連盟)強化コーチも務め、日本国内ではレジェンドといってもよい方です。こうした方が鴨川市に住んでいることも、大きな原動力となっているでしょう。”
この「安房の国観光まちづくり塾」以降、2017年初旬から南房総一帯の自転車関係団体のトップが集まって話し合いが進み、2017年4月に「南房総サイクルツーリズム協会」が発足します。
自ら「しまなみ海道」を走る
『KamoZine』にて特集がはじまった岡野さんは、これと並行してサイクルツーリズムについてますます関心を高め、改めて「しまなみ海道」の視察を行うことに。「しまなみ海道」とは、広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶ全長約70kmの道で、瀬戸内海に浮かぶ島々を眺めながら海峡を橋で渡るサイクルロードが世界中から人気を集めるスポットです。
“2017年夏号から「飛び出す!KamoZine」にてサイクルツーリズムの特集を行うことになり、ちょうど4月にオルカ鴨川FCが愛媛県松山市にてアウェイの試合があったため、試合終了後に1泊2日で「しまなみ海道」を自分自身で体験しようと思い立ちました。寄り道を含めながらの道のりで95 kmほどあったため、当初走破できるか不安でしたが(笑)、ユーザー側に立つことで想像以上の収穫がありました。”
“まず、驚いたことは「しまなみ海道」の推奨ロードには、「ブルーライン」といって道路上白線の車道側に青いラインが引かれています。つまり、サイクリストはこのブルーライン沿いで走ると道に迷わないのです。1キロおきに距離標識もあり、主な道は自転車専用道路を走ることができます。また、サイクリストにおすすめの宿やお店、サイクルラックや空気入れといったインフォメーションもしっかりしていました。レンタサイクルも乗り捨てができ、途中でギブアップしたらレスキューしてくれるステーションも各島に配置されています。このあたりの整備はさすがの一言でしたね。”
サイクルツーリズムの発展に向けて神社ができること
とはいえ2006年の全線開通以降、行政主導のもとサイクルロードの整備が進められてきた「しまなみ海道」と房総では、インフラ面で比較になるはずもなく、莫大な建設費のかかる整備を期待するのは現実的ではありません。岡野さんは帰宅後、この体験をどのように南房総に生かすべきか振り返っていました。
“自分で走ってみてわかったことは「しまなみ海道」の魅力は、「島」と「橋」による独特の達成感にあるということでした。橋を渡るごとに島を一つ制覇した感覚が続いていくんです。一つ渡ったら、さぁ次行こうといったように。さらにいえば、橋の手前にかなりの勾配があり、これを登りきって橋の上から眺める瀬戸内海の景色が何ともいえない美しさに感じます。こうした達成感が、「しまなみ海道」がサイクリストを惹きつけてやまない理由の一つになっているのではないでしょうか。”
“そこで房総はどうかといえば、海や里山といった景色や、信号が少なくストレスフリーな自然環境という点では決して引けをとらないと思います。しかし、サイクリストにとって何かしらの「達成感」が必要なのではないかと。そう考えた時に、神社が貢献できるのではないかと思ったのです。房総には歴史のある古い神社がたくさんあります。この神社がサイクリストの拠点となって、「達成感」につなげられないだろうか。そこで若手神職の会でこの話をした結果、みんなの賛同を得られて委員会が立ち上がったというわけです。”
「西のしまなみ、東の房総」を目指して
こうして南房総でも特に中心的な役割を果たしている神社の若手神職から委員会が立ち上がり、継続してサイクルラックを整備するほか、房総の神社で数年前から取り組んでいる「房総神社御朱印めぐり」とは別に2018年4月からサイクリストのためのスタンプラリーやマップ制作もはじまる予定です。
“年末にプレスリリースをしてから各方面から反響をいただいて、サイクルラックを置きたいというお店や旅館も増えてきました。これがまた驚きなのですが、鴨川市天津では旅館組合の青年有志が独自にサイクルツーリズムを企画していたこともわかり、早い段階で輪が広がっています。まずは10社ですが、これから賛同神社はますます増えいくことでしょう。羽田や成田から立地条件のよい房総半島の環境を生かして外国人旅行客の方に房総をぐるっと一回りするコースも紹介し、いずれ「西のしまなみ、東の房総」と呼ばれるように他の団体と協力してサイクルツーリズムを進めていきたいと思います。”
「しまなみ海道」を実体験した岡野さんだけでなく、委員会の立ち上げを行った若手神職は自らロードバイクで南房総を走る企画も行なっており、今後ユーザー目線で気づいたことや必要なことを一つひとつ企画し改善していく予定とのこと。この取り組みが実現した背景として、そもそも神社の場とサイクルツーリズムに親和性が高いこともあげられますが、神社と地域の新しい関係を築いて、地域の活性化に貢献したいという若手神職の熱い想いがあります。今後ますます人口が減少していく地域において、地域全体が一丸となって活性化に向かう必要性に迫られる中、観光業者や自治体ではなく、若手神職が独自にそして広域で観光をプロデュースする本事業は地域にとっても強い意思表示となることでしょう。今回のような事例がますます全国に広がり、あらゆる分野で活動する人が地域のためにアイディアを寄せ合い実現していくことを祈ります。
文:東 洋平
−サイクルラックを整備している房総の神社(2018年2月現在)−
内房より岩井神社(南房総市)・瀧渕神社(南房総市)・鶴谷八幡宮(館山市)・安房神社(館山市)・下立松原神社(南房総市)・高家神社(南房総市)・莫越山神社(南房総市)・天津神明宮(鴨川市)・遠見岬神社(勝浦市)・國吉神社(いすみ市)
【ローカルニッポン過去記事】
アイディアと情熱のまちづくり / 岡野大和さん
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