ローカルニッポン

参加者が3倍に急増!移住希望者のニーズに沿った農的ライフの実践セミナー/鴨川市ふるさと回帰支援センター

「定年後はゆっくり田舎で自給自足したい」「子育て中の食べ物にはこだわりたい」「地方に移住して農業で生計を立てたい」など、農と関わりながら地方で暮らすニーズはバリエーションに富んでいます。しかし家をどうするのか、農地はどこで借りるのか、そもそもどうやって米野菜を育てたらよいのでしょうか。そんな疑問に答えるうってつけのセミナーが千葉県鴨川市ではじまりました。その名も「いきいき帰農者セミナー」。10年前から行われてきたセミナーですが、2017年度に内容が変更となると参加者が平均して3倍に増加。その人気の秘訣と今後の展望をご紹介します。

野菜づくりだけでなく通年プログラムや料理教室まで

取材に伺ったのは千葉県有数の米どころ「長狭平野」に囲まれる吉尾公民館で開催された2017年度最後の講座。当日はあいにくの雨にも関わらず、地域内外から多くの方が参加して午前中の座学で野菜づくりを学び、午後の時間に和気あいあいと意見交換が進みます。途中時間をいただいて今年度の思い出を参加者にお聞きしました。

ジャガイモの植え付けとソラマメの整枝、土寄せについて午前中の座学を受ける参加者

「まずびっくりなのが、お持ち帰りの野菜ですね。みんなでつくった野菜を収穫して帰りに分けるんですが、その量がすごくて…。参加費1000円なんて平気で元が取れちゃってます(笑)。」

収穫した野菜の一例

「6月に種撒きした大豆を半年かけて育て、収穫や脱穀まで一通り経験しました。この大豆を使ってみんなで自家製味噌を作ったのですが、栽培や収穫の苦労を知りながら感慨深いものがありました。」

「収穫した大根で料理した大根ステーキの旨いこと!大根を輪切りに切って茹で、フライパンでめんつゆと炒め煮をして、チーズをかけて焼くんです。大根がこんなに手軽に美味しく食べられるなんて驚きでした。」

朝収穫した野菜で料理教室を開催

次々と返ってくるお話に講座内容の幅広さに驚きを感じながら「基本は野菜づくりを学ぶことです!」との講師の一言に賑やかな笑い声。とても講座の中で知り合ったとは思えないほどの和やかな空間に、これほど多くの方が継続して参加している理由を垣間見るようです。

アンケートとヒアリングで移住希望者のニーズ分析

「いきいき帰農者セミナー」の企画運営は、鴨川市役所内「鴨川市ふるさと回帰支援センター」が行なっています。鴨川市農水商工課の田中仁之さんと西宮孝一郎さんに講座についてお話を伺ってみましょう。

鴨川市農水商工課移住促進室 田中仁之さん(右)と西宮孝一郎さん(左)

田中仁之さん:
「講師のお二人はもともと県の農業事務所で普及員を担当されていた方々で、今は定年されてこの地域で大規模に営農されているベテラン農家さんです。10年前にセミナーが始まって当初からは企画内容が農『業』寄りで、おそらくついていける人が少なかったんでしょうね。年々参加者が減少して、毎回平均6、7人という状況でした。そこで私たちが課に配属となった2016年度はどんな内容のセミナーが求められているのか準備する年と決めました。」

セミナーの人気が低迷する実態を改善すべく農水商工課で移住促進を担当するお二人が実施したのが、移住希望者に対するアンケート調査。そして西宮さんが中心となった地域内の先輩移住者へのヒアリングでした。その当時から相談に乗っている移住者、高橋稔さんにお話を聞くことができました。

田舎暮らし経験豊富な先輩移住者のアドバイスを取り入れる

高橋さんは2011年の3月に鴨川市に移住し、今では米野菜合わせて約50品目を栽培してほぼ自給自足の暮らしを送っており、現在でも帰農者セミナーに参加して時より臨時で講師も務めています。

「私が移住した頃は『ふるさと回帰支援センター』といっても、主に物件の紹介をするぐらいでした。これでは不動産屋と変わらないなぁ(笑)なんて思ってはいましたが、無事家も見つかり、自給自足をしたかったので移住してすぐに『帰農者セミナー』に参加することに。しかし開催日は金曜日が多く、内容もいかにもお役所的(笑)だったんですよね。お陰様で私は一通りの品目を作れるようになりましたが、これでは都会の人は継続して参加できないだろうなと思って、色々と提言させてもらうようになりました。」

「一つは、作った野菜をそのまま持って帰るだけではなくて、加工したらどうかと。例えば大根だって収穫後たくあんにして食べるだけで充実度が全然違います。また大豆から味噌を作ることもそうですね。何でも楽しまなければ身になりませんから1年かけて取り組むプロジェクトがあったら面白いんじゃないかと提案しました。2017年を終えてみて、移住者も移住希望者も一緒になって作業して語らって、農のノウハウを学ぶだけでなく、人とのつながりも育める、とても良い移住の窓口になったと思いますよ。」

高橋さんご夫妻が特別講師を務めた味噌づくり

高橋さんによると移住する前に必要なのは、何より実践者の話を直接聞くことや現地でのコミュニティと関わりをもつこと。人とつながることで家や農地を紹介してもらうこともあり、実際に高橋さんはセミナーの仲間をきっかけとして高齢農家が営農していたミカン畑を引き継ぐことにもなったそうです。4年目となったミカン栽培も年を重ねるごとに良質なミカンができあがり、個人直売所を設け販売しています。

移住希望者のニーズに寄り添い、入り口の環境を整えること

高橋さんだけでなく、里山でパン工房を営んでいる前職がシェフという参加者の佐藤尚さんにも相談をして2016年度にはテスト的に収穫した野菜で料理教室も開催。またアンケートの調査によって有機栽培のニーズが高いことがわかり、一部の農地で有機栽培の方法を土づくりから学ぶ内容も組み込み、満を辞して2017年度セミナーが始まりました。

有機農業に必要な堆肥づくりを学ぶ参加者たち

西宮孝一郎さん:
「初回セミナーから30名近くの方にご参加いただき、またほとんどの回で新規の方が参加してくださったのは本当に嬉しいことでした。あくまで移住をテーマに実施しているセミナーなので、田舎暮らしをすでに実践して楽しまれている先輩方にご意見をお聞きできたのが大きかったです。農的暮らしも含めて移住というのは段階的なものだと考えています。私たちの仕事は、その入り口の環境をいかに移住希望者のニーズに寄り添って整えることができるかだと思います。『ふるさと回帰支援センター』は空き家や仕事、暮らしがワンストップになっておりますので、興味ある方はぜひ一度『いきいき帰農者セミナー』にご参加ください。」

セミナーは年間19回で土曜日の開催もあり、予定の合う日のみ参加もOK(初回参加無料)。年間で40品目以上の野菜を栽培から収穫まで実践し、さらに料理教室や先輩移住者のお宅訪問など様々なイベントも用意されています。2018年度の初回は4月14日(土)ということで、田舎暮らしに関心のある方は記事末のリンクをご覧ください。

「里のMUJI みんなみの里」に新設される「開発工房」

そして最後に、本セミナーの会場である「みんなみの里」が、2018年4月27日より「里のMUJI みんなみの里」としてリニューアルオープンとなります。改装後の施設には「無印良品」店舗、「Café&Meal MUJI」が入るほか、継続して農産物直売や地域の物産品販売が行われるとのこと。中でも新しくできる施設「開発工房」は、本セミナーとも深い関わりを担っています。

田中仁之さん:
「人口の減少や交通網の変化、また高齢化によって年々地元利用や観光客が減少していた『みんなみの里』ですが、株式会社良品計画のもと新たな交流拠点として生まれ変わることになりました。この施設では鴨川市や鴨川市農林業体験交流協会、そして鴨川観光プラットフォームと連携した総合的な事業の展開を予定しておりますが、その一環として『開発工房』での地元産品を利用した加工品づくりが新しく始まります。」

「里のMUJI みんなみの里」完成予定図

「ちょうどこの施設の内容を検討し始めた頃、とある女性が課を訪れました。この方は、本市の都市農村交流事業である棚田オーナー制度へ参加し、親しくなった地元農家の方から、出荷されず半ば放置された甘夏ミカンを譲り受け、これを加工したオーガニックジェラートの試作品が完成したとのことで紹介を受けました。その際、地元産品を使った製品として市内で販売したいとの希望に加え、これを量産化したいし、他の果物でも作りたいので、果物をピューレにできる施設はないかと相談があったのです。鴨川には数々の眠れる資源があり、これを活用したいというニーズの存在と、こうしたことを通じ様々な資源に付加価値をつけていくことが必要だと気づかされた瞬間で、課職員みんなで『これだ!』と鳥肌が立ったことを覚えています。」

「こうして『開発工房』の設置をはじめとした『みんなみの里』の機能拡充プロジェクトがスタートしました。まさにこの方の提案にあるように、『帰農者セミナー』に参加された方などが、市外からの第三の視点で様々なアイディアを持ち寄って『開発工房』で新商品の開発にまで歩みを進められるように、今後最大限サポートしていきたいと考えています。」

食用ナバナを収穫する参加者

本格的に農業を学ぶセミナーは全国各地で実施されていますが、本セミナーがHPや口コミで広がっている理由の一つは「移住」というテーマに対して参加者側に立ってニーズ分析を行い、常に参加者からフィードバックを受けていることにあると思います。またセミナーは今後、鴨川市総合交流ターミナル「里のMUJI みんなみの里」の「開発工房」と連携していくとのこと。「帰農者セミナー」に参加し、自らのアイディアを加工品にして「里のMUJI みんなみの里」で販売することもできるのではないでしょうか。「移住」がゴールではなく、その先の仕事や商品づくりにまでつながるセミナーの新たな展望が今、開かれようとしています。

文:東 洋平