千葉県鴨川市の北西部に、四方木(よもぎ)という小さな集落がある。地元の名所は、小櫃川上流の清らかな「不動滝」や、切り立った白い岩肌に紅葉が映える「白岩橋」。海岸線から車で10分ほどの距離だが、起伏に富んだ山深い景色に加え、温暖な南房総にありながら冬季に雪の降る数少ない地区であることから、房総の秘境とも呼ばれる。
そんな集落に、田舎暮らしを体験できるコミュニティ「四方木ベイス したなおい」が誕生した。活動日は、毎月第1・3土日※。昔ながらの地域の暮らしと、DIYやキャンプといった今どきの愉しみを、集まった地元住民と外部からの参加者で分かち合う共助スタイルでの運営を目指している。ここでは、将来的に田舎に住みたい、休日は自然の中で過ごしたいという人に向けて、移住の予行練習や週末移住を気軽に経験できる場を提供している。この試みをきっかけに、集落への移住や関係人口を増やすことが目的だ。
このプロジェクトを主導してきたのは、地元の有志メンバー。その一人、唐鎌稔さんの目線から、現在に至った経緯を辿っていく。
<注釈>※天候等により日程が変更になることがあります。詳しくはHPで案内されています。
自分たちがやらなくては
唐鎌さんが通った地元の小学校は、昭和49年に廃校。四方木の過疎化はすでに始まっていたが、唐鎌さんは東京の大学を卒業後、結婚を機に、迷わずUターンした。
「戻ってきてすぐに参加した消防団や青年団では、その頃から“活性化”が掲げられ、地域の伝統・文化を受け継ぐ活動が行われていました。当時、各団体の構成員は、30~40代。四方木はもともとこじんまりした集落だったこともあり、12~3人の少数精鋭でしたが、皆、子供がいる世帯で、とても賑やかでしたね。溝普請、田植え、稲刈り、茅葺屋根の修復と、共同作業が常で、集落は美しい姿が保たれていました。初夏には陽の光を受けてキラキラと輝く美しい田んぼが広がり、秋の祭礼には先人から受け継いだ太鼓や笛の音色が鳴り響く。そんな光景が思い出されます」
その後20年、息子、娘がそれぞれの道に進む中で、主要メンバーは年齢を重ね、共同作業が徐々に縮小。数軒あった商店は、1軒、また1軒と廃業し、空き家や耕作放棄地が目立つようになっていった。
このまま見過ごすわけにはいかない。住民から働きかけ、2013年に、行政を交えて地域の未来を考える清澄・四方木地区懇親会※発足。さまざまな課題をあらためて洗い出すところから始め、鴨川で初めての地域おこし協力隊を受け入れることになる。
<注釈>※2015年に発足する「清澄・四方木地区活性化協議会」の前駆体
「さらにもう一歩前進するために、自ら動き、形にすることが必要だと感じていました。そこで空き家の利活用のモデルケースとして、住民たちでリノベーションを行うことに。幸い、長年培われた活性化意識のおかげで住民はまとまっていましたので、すぐに賛同を得られました。目星をつけたのは、県道沿いの空き家。集落を見渡せる絶好のロケーションですが、荒れ放題にジャングル化した敷地が視界を阻んでいて、前を通る度に気になっていたんです。持ち主には、整備をする代わりに数年間無償で借受けられるよう話をつけ、2016年4月末、いよいよ始動しました」
走りながら見えてきた「したなおい」の役割
伐採や草刈りは皆さすがに手慣れたもの。ゴールデンウィークの数日で、空き家に残されていた荷物も全て運び出し、昔のような見晴らしを取り戻した。「四方木ベイス したなおい」という呼び名が決まったのもこのとき。したなおいとは、地域で昔から使われてきた屋号だが、20ほど出された案の中から、四方木らしさのある名前にしようと決定した。その後、活動日を第1・3の土日と定め、引き続き、崩れかかっていた小屋を撤去するなど整備を進行。敷地の畑を復活させて野菜づくりも始めた。しかしここで、“資金難”という大きな壁に直面する。それまでもお金がかかっていなかったわけではないが、あくまで片付けが中心。物をつくるのとは比べ物にならない。初めからDIYが前提だったが、どんなに安く見積もっても400万円超。クラウドファウンディングや町おこし等の支援制度がないかなど、さまざまな方法を模索した。
そんな状況が打破されたのは11月の終わり。資金調達を知り合いや伝手を辿って相談する過程で、四方木の活動を知った企業や個人がそれぞれに資材提供や人材紹介の協力を申し出てくれたのだ。
「資金について、地区で徴収してきた区費(町内会費)の積立金を使うという案を検討し始めていたときでした。このお金は、自分たちの親世代が“何かのときのために”と、共同作業を手弁当で行って貯めておいてくれたものです。地域皆の財産ですから当然反対の声もありましたが、協力の申し出が大きな説得材料になりました。それでも余裕はなかったので、今回のリノベーションは、必要最低限の修繕と、内装までをひと区切りとし、2017年3月に着工にこぎつけました」
設計のほか、電気工事等の資格が必要な最低限の工事は専門家に任せたが、ほとんどの工程はDIYだ。リノベーションは、新築とは違い、床や天井をはがしてみないと計画が立てられない難しさもある。素人でも四方木には自宅のちょっとした修繕くらいはこなせる人材が揃っているし、唐鎌さんは造園業で培った知識もある。だが、家屋のリノべーションは専門外。設計を担当してくれた建築士には、なるべく素人にもできる工法をお願いしたが、家が全体的に傾いていたり、土台に強度をもたせるはずの柱が腐っていたり……。毎晩、YouTubeを見ては、次の段取りや対策を検討。皆もいるし、なんとかなる。手探りながら、楽しい作業だったという。
「実は、『したなおい』の明確な使い道が見えてきたのは、リノベーションの直前。建築士さんと話をする中で、どんな人が集まって、どんなことをしますか? と問われて。当たり前ですよね、目的によって、間取りやデザインを決めるのですから(笑)。空き家をなんとかしたい、皆が集まれる拠点にしたい、その先に移住したいと思ってくれる人がいたらスムーズに受け入れたい。そういうひとつひとつの思いが繋がり、住民と外の人が交流できる拠点という今の姿に行き着きました」
昔ながらの暮らしも、新しい冒険も
では、したなおいでは具体的にどのようなことが体験できるのだろう。
「季節ごとに野菜を育てたり、地元の木材でカッティングボードやすりこぎを作ったり。空き家のリノベーションもまだまだこれからですが、五右衛門風呂やかまどの再生も面白そうだなと計画しています。また、拠点は「したなおい」ですが、山や川へ出かけるなど、地域全域を活動の場としています。第1・3土日の月4回のうち、1回は参加者みんなで大いに遊んだり収穫を楽しんだりする「ごほうびday」。例えば昨年、内装のリノベーションが完成してすぐの7月には、川遊びを催しました。城西国際大学観光学部の学生たちと共同の企画で、田舎のおばあちゃんの家で過ごす夏休みをイメージ。地域を流れる小櫃川には、昔、水田を作るために掘られた川廻しと呼ばれるトンネルがあります。なかでも地元じゃないとわからない特大のトンネルにたどり着くまでの沢は、サワガニやカワエビ、サンショウウオ、カジカガエルといった生き物の宝庫。虫あみで生き物観察してもらい、竹で竿を手作りしてもらって魚釣りも行いました。冬は伐採をテーマにした日もあります。四方木は林業が盛んだったのですが、地域で今も林業に携わる技術者と、山林という環境を生かし、伐採の現場を見てもらいました。参加者の皆さんは立木が伐り倒されるときの迫力とフレッシュな香りに驚かれていたようです」
ほかにも、春は山菜採りや地域を探検するフットパスwalk、夏はキャンプ、秋はスモーク料理にそば打ち、冬には地元名物のこんにゃくを手作りする。さらにもうひとつの魅力が、地元食材が並ぶ昼食。きのこや猪肉など山の幸はもちろん、海にも近いため、海産物を差し入れられることも度々あるという。
「遊びや食事、物をつくる愉しみを共有しながらも、そこに地元の知恵やちょっとした技術を知れる機会を交え、参加者それぞれの田舎暮らしや週末移住の豊かさにつながるようなコミュニティでありたいと願っています。「したなおい」は、自分や地元が動くことで次の展開が生まれ、形を変えながらできあがってきた場所。今後もより良く変わっていくために、参加者の人達の意見や要望を大切にしていきたい。そうしてできあがるであろう、新しいふるさとの風景が今は楽しみです」
文:橋詰良子
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四方木ベイスしたなおい