都会と農山漁村の二地域に住まいがあることを「二地域居住」といいますが、自然豊かな地方とのバランスをとった暮らし方として注目を受け、東京在住の約3割の人々が二地域居住を希望しているという調査もあります(※)。この二地域居住を推進する草分け的な存在として南房総と都会を拠点に活動しているのがNPO法人南房総リパブリック。昨年末に二地域居住を実践するシェアハウス「布良(めら)ハウス」がオープンし、二地域居住の裾野を広げる活動がスタートしました。この施設の内容についてNPO法人理事長の馬場未織さんと理事の内山章さんにお話を伺いたいと思います。
二地域居住を通年体験しながら地域と触れ合うベース拠点
移住を体験する滞在施設などは全国各所に増えてきましたが、「二地域居住トライアルシェアハウス」と標榜する施設は全国初めての試み。千葉県館山市布良(めら)という地域に生まれた「布良ハウス」は、2010年に設立した南房総リパブリックの活動を通してメンバーで話し合ってきたことや、東京と南房総で二地域居住を実践する馬場さんの経験を反映した内容になっています。
内山さん:
“「トライアル」という意味の通り、二地域居住をしたい人の初めの一歩をサポートする場所です。理事長の経験にもあるように、家を探すのに2,3年かかったり、どんな地域が自分に適しているか検討したりするのに時間もかかります。探す期間にかかる宿泊費などのコストも相当額かかりますし、何より地域コミュニティとどのように接触したらいいのかわからないことや不安も多い。そこで布良ハウスのような場所がベースとなって、二地域居住を始めるに当たっての負担を軽減できればと考えました。”
布良ハウスのスペースは6畳一部屋で賃料は光熱費・共益費を含めて月額2万円。同時に3家族までが入居可能です。あくまで二地域居住をするまでのベース拠点なので住居とすることはできませんが、各6畳の部屋は自由に改装してOKで、建築家の多いNPOメンバーからアドバイスを受けることもできます。興味深いのは契約期間を更新なしの1年間と決められているところ。
馬場さん:
“当初、途中解約できる案もあったんですが、家を決めるにあたって地域の四季を知ることってとても大切なことなんですね。それぞれの四季で、例えば夏の暑さや冬の寒さ、海辺の暮らしだと塩害も気をつけなければなりません。また布良は漁村なので、四季を通じて水揚げされる魚も楽しみの一つになるでしょう。良い面だけでなく、注意しなければならないこともたくさんあるので、1年丸々利用してもらおうと。更新なしというのは、簡単に言えば安く借りられる宿とは違いますよ!(笑)てことです。”
二地域居住は別荘とも異なり、地方の家も住まいとして利用し地域と関わることも楽しむライフスタイル。そのため短い期間の滞在で家を即決し、あとで「こんなはずじゃなかった」と悩むケースも決して少なくない事情も踏まえ、布良ハウスは1年間を契約期間としています。
地域思いのオーナーと接し、NPOでの活用を模索する
これまで南房総の自然や食をフィールドにした「里山学校」や民家の断熱改修をおこなう「DIYエコリノベワークショップ」、農園で生産者の話を聞き採れたて野菜で料理を楽しむ「MEETS南房総」など、ソフトな事業を中心に活動してきたNPOが施設を運営することは初めてのこと。布良ハウスのオープンにはどのような経緯があったのでしょうか。
内山さん:
“もともとオーナーは、空き家を改修して転貸運営をする「カリアゲ」というサービスをテレビで見て問い合わせていました。「カリアゲ」はオーナーの負担なく改修を行う代わりに、転貸した賃料で改修費を回収する新しいサービスです。たまたま僕がこの会社と一緒に仕事をしており「カリアゲ」では布良まで地方の物件は扱えないため、NPOの活動で南房総と係わりのある僕に相談があったんですね。”
内山さんは「スタジオA建築設計事務所」の代表であり、「株式会社エネルギーまちづくり社」ではエネルギーをなるべく使わないエコハウスからエコタウン構想にも取り組んでいます。そんな内山さんは今回の物件を会社で運営することも考えたそうですが、オーナーと話をしてから二地域居住を推進する上でより公益性のある事業にできないかNPOメンバーに持ちかけることに。
“オーナーに会ってお話を聞いて驚きでした。この家は昔「季節旅館」をやっていたそうで、夏のシーズンになると宿泊場になって、子どもたちは親戚の家などへ出され、夏休みは家にいたことがなかったようで。その後高校は寮に入って現在は東京に住んでいるし、そんな幼少期だったこともあって家にほとんど愛着や思い入れはないと。それでもこれまで売らずに管理してきたのは、代々受け継がれてきた家を守りたいということと、地域との関わりを大切にしているとのことでした。”
“この話は決してここだけの問題ではなくて、全国各地で空き家を所有する人に共通した複雑な思いを背景にした課題です。あくまでオーナーと地域とのつながりを保ちながら、空き家を有効活用する道を探ることはできないだろうか。二地域居住を進めている我々の活動と空き家の利活用を結びつける方法を模索するようになりました。そこでNPOの事業として借りないかとメンバーに相談したんです。NPOとしても個々の取り組みが少しずつ定着してきた時でもあり、そろそろ具体的な拠点を検討する段階に入っていたので、良い機会かと。”
一般的な空き家を利用することが二地域居住の次なるステージ
こうしてスタートした二地域居住と地方の空き家をつなげる場所づくり。これを進めるにあたって布良ハウスとなる物件にはNPOメンバーのモチベーションともなる個性が備わっていました。これといって大きな特徴がなく、どこにでもありそうな民家という点です。ワードとしては定着しはじめた「二地域居住」ではありますが、NPOは布良ハウスでの活動を通して「二地域居住」の裾野を広げたいとのこと。
内山さん:
“日本全国いたるところに空き家はあるのに、「物件がない」という声が聞こえるのはなぜでしょうか。これは、実は借り手側のイメージが足りてないことにも起因しているんです。例えば、田舎暮らしをしたいという人の多くは古民家を求めています。しかし、当然古民家をDIYで改修することは簡単なことではなく、時間もコストもかかり、中には週末DIYを続けているんだけど数年かけてもまだ家族を呼べてないなんてことよくあります。そう考えると、二地域居住のリアルは、あまり手をかけずに経済的に住める空き家だったりするんです。それこそこの布良ハウスのような物件です。”
馬場さん:
“そう、いかにも昭和な感じで古くも新しくもない一般的な物件こそ今話題になっている空き家の多くを占めています。こうした物件をみて自分が暮らしているイメージが湧くようであれば、もっともっと二地域居住の幅は広がっていくはず。そのためには布良ハウスの利用者と私たちNPOでひと手間、ふた手間かけて家のイメージを変えていくことも重要な「トライアル」だと思っています。”
ここで内山さんは、イメージをガラッと変える手法として馬場さん宅のデッキを例に挙げました。馬場さんの南房総の家は、デッキの他は特に改修を加えていない一般的な古い民家。しかし、馬場さんの著書『週末は田舎暮らし』の表紙となったこのデッキは、南房総、ひいては二地域居住のイメージに大きな影響を与えたことは明らかでしょう。
内山さん:
“僕らは建築家が多く所属する団体なので、お金をかければいくらでも魅力的に改修できることはわかっています。しかし問題は、どの程度の改修であれば二地域居住したいと思うスペースになるのかということ。どれほどお金をかけずに、自らのライフスタイルを描けるかが問題だと思うんですね。それによって家選びでも、より本質的な「地域」とか「コミュニティ」に集中することもできるでしょう。こうしたことを入居者と一緒に検討するベースとして布良ハウスはぴったりの環境だと感じました。”
成果や課題を顕在化させ、地域の人々と協力して事業を実現させたい
こうしてオープンしたばかりの布良ハウスですが、入居者は継続して募集中。NPOは現在南房総市平群地区で廃校となった旧平群小学校群の利活用事業も同時に進めており、今後はより一層他団体や地域と協力しながら取り組みを進めていきたいと語ります。
馬場さん:
“ちょうど昨日、地域内外の応援者、協力者の方々との年に一度の大親睦会だったんですが、とても多くの方にご参加いただいて叱咤激励を受けました。南房総リパブリックも設立から8年が経って、始まりの頃にあった熱量100%で突き進んできた時期から徐々にフェーズも変わりつつあります。これまでは南房総の魅力を知ってもらうために都会の方々を案内することが多かった私たちですが、これからは地域の人と協力して連携していく必要があると考えています。布良ハウスにせよ、旧平群小学校にせよ、うまくいっている部分もあれば、そうでないこともある。だからこそ今後は成果や課題をなるべく顕在化させて、協力者の方々とともに事業を組み立てていきたいと思っています。”
内山さん:
“そうそう、いいところばかり見せるならNPOである必要はないと思うんですよ(笑)。本来ならこの事業に対してどれほどマーケットがあって、収益が見込めるかって話からはじまるんですが、そうではなくて、社会課題をどう解決するかという理念が先行して走ってこれたのもNPOだったからだったと思っています。そんな活動の中だからこそ出会えたたくさんの仲間との関係を大切にして、これからは一つ一つ仕組みに落とし込んでいくフェーズに入ったと言えるのかもしれません。我々と協力して新しい未来に挑戦する方々、ぜひ。”
NPO法人南房総リパブリックは二地域居住を推進する団体だからこそ都会と南房総の双方に関わりが深く、どちらに暮らすことの価値も客観的に見つめることを大切にしています。人口減少や高齢化、空き家の急増など、地方では都会の人々とも協力して地域を活性化する必要性に迫られる現代、NPO法人南房総リパブリックのように都会と地方とをつなげる活動は今後ますます求められるようになってくるでしょう。
二地域居住は都会の人にとっては、地方の自然豊かな環境やコミュニティを暮らしに取り入れたライフスタイルですが、地域にとっては受け継がれてきた伝統や文化、景観そして地域を思う心の担い手。千葉県館山市の西南に位置する布良は、神話時代に徳島の阿波を出発した古代氏族が黒潮に乗って到着したという浜があり、マグロ延縄漁という漁法が発祥し、画家青木繁が代表作『海の幸』(重要文化財)を描いた地。二地域居住に興味がある方は、「布良ハウス」からその道筋を立ててみてはいかがでしょうか。
文:東 洋平
※「東京在住者の今後の移住に関する意向調査」(まち・ひと・しごと創生本部事務局2014年)
TOP写真:布良に残る伝統的な漁村の町並み