ローカルニッポン

「みんな食堂」で集落を越えて住民が集い、廃校となった母校から地域の未来を考える

千葉県南部の内陸に位置する大多喜町の旧老川(おいかわ)小学校で第一回「老川みんな食堂」が開催されました。「みんな食堂」とは、高齢者から子どもまで誰でも利用できる食堂のこと。通例食事は300円ほどの安価で提供され、大勢で食事をしながら親交を深めます。今回は初回のため参加は無料。食事のあとはカラオケやお菓子作りを楽しみました。それではどんな目的のために「老川みんな食堂」がはじまったのでしょうか。旧老川小学校を保全する地元団体「やまゆりの会」と施設を運営する株式会社良品計画の担当者へお話を伺いました。

地域の中心地である旧小学校で続けられてきた高齢者と園児の交流活動

千葉県大多喜町の旧老川小学校は、2000年に新築工事を終えたものの児童の減少が急激に進んだため2013年に隣の小学校へと統廃合になった施設。閉校になって間もなく始まった校舎を保全する活動が地域住民主体の「やまゆりの会」につながりました。

旧老川小学校は大自然に囲まれたデザイン性の高い施設(写真:旧校舎2階からの眺め)

やまゆりの会副会長 米本郁徳さん:
“この学校は建て替えて新しい施設ですが、その前身は中学校で、今日集まった多くの住民が通っていた母校でした。そこで閉校になったあとも学び舎をいつまでも綺麗にしたい、守りたいという思いが集まってやまゆりの会が立ち上がりました。主な活動は年三回の敷地内の草刈りや建物の補修です。しかし施設は使わないとすぐに痛んでしまいます。そんな中で良品計画さんが施設を担ってくださることになったんです。”

株式会社良品計画では、2016年3月に鴨川サテライトオフィスを開設。地域課題の解決を目的として活動をスタートしました。そんな中、2016年夏に旧老川小学校の存在を知り、地域資源の活用と地域課題の解決を目指した施設として、地域住民の方と一緒に運営することとしました。旧老川小学校の運営を担うことになったのは2017年5月。その後「やまゆりの会」の協力で様々なイベントを行ってきましたが、「老川みんな食堂」は米本さんの経験からしても意義深い活動ではないかということ。

やまゆりの会副会長 米本郁徳さん

“この老川という地区は400世帯ぐらいで8つの集落に分かれていましてね。高齢化した住民は情報交換する機会をほとんど失っていたわけです。そこで地域の社会福祉協議会でこの小学校のホールを使って高齢者と保育園児の交流イベントを行うようになると好評で、もうかれこれ10年以上継続しています。このイベントでみんなお互いの安否を確認し合うわけです。しかし、年にそう何回も運営できることではありません。今日の「老川みんな食堂」が定期的にあれば、地元住民の交流が増し、特に高齢者の活力が増していくことでしょう。”

第一回「老川みんな食堂」

旧校舎内にカレーの美味しそうな香りが漂い正午も過ぎた頃、続々と地元住民の方々が集まってきました。募集定員を上回って締め切るほどの応募があり、スタッフも驚いたとのこと。席についたところから「老川みんな食堂」の担当者でもある佐藤一成さんが一つ一つ机を回ります。

良品計画 佐藤一成さん

“こんにちは!今日はお越しいただきありがとうございます。カレーやソラマメポタージュ、リンゴのタルトをご用意したので、どうぞゆっくり召し上がってください。コーヒーかお茶かあとで聞きにきますね。こんな形でこれからも定期的に「みんな食堂」を開催したいと思ってます。皆さんとこの場所をどう使っていくか一緒に考えていきたいので、お食事のあとぜひアンケートにお答えくださいね。”

カレーは8種類のスパイス、飴色玉ねぎ、燻製した豚肉で作っており、ポタージュに使ったソラマメは近くの畑が育てたもの。できる限り地場産の素材にこだわったオリジナルメニューは良品計画スタッフの発案です。初回ということもあって当初畏まったように見えた会場も質問すると「とても美味しい」との返答で食事に集中していた参加者も、カレーとポタージュを食べ終えてリンゴのタルトとお茶またはコーヒーが出る頃には賑やかな会話が始まって、あっという間に14時を迎えました。

地元住民に求められる廃校活用を

その後は1階の食堂がカラオケルームに、そして2階の調理場が当日食べたリンゴタルトのお菓子作り教室となってたくさんの方が食事の後も校舎に残って交流が進みました。イベントを終えてやまゆりの会スタッフの中村喜久江さんや良品計画の佐藤さんはどのような手応えを感じたのでしょうか。

元体育館だった施設に残る旧老川小学校の校章

やまゆりの会 中村喜久江さん:
“今日のイベントは、料理も美味しかったですし会話も弾んで、とてもいい空間でしたね。明日には地域中に噂が広まって、また次の開催を待ちわびるような声も出てくるのではないでしょうか。ただ、まだまだ声をかけても外には出てこない方も多くいます。回を重ねるごとに、そうした方たちも参加してくれるようになるといいですね。継続は力なりで、より多くの地域の方が積極的に参加してくれることを願ってます。”

お菓子作り教室で完成したリンゴタルトを手に調理室で撮影した集合写真

良品計画 佐藤さん:
“「みんな食堂」は地域のみなさん自身がこの場所をどう活用したいかを考える、いいきっかけ作りになると思ったんです。突然この施設をどう利用したいですか?と聞かれても答えられる人は少ないでしょう。しかし食卓を囲み、みんなで賑やかに食べる時に何かしらアイディアも生まれてくるはずで、まずは会って話すことが大切なのかと思います。今日も太巻き寿司を教えることが出来る方がいたり、漬物の達人がいたりと、持ち回りで食堂や教室を担当する案も早速出てきました。地元の方の自主性をサポートする形で施設の利活用を進めていきたいです。”

この地域ならではの魅力を活かしてワクワクする場を作っていきたい

このように盛況な初回を終えた「老川みんな食堂」ですが、旧老川小学校の活動は食堂だけではありません。これまで「地元大多喜町産のイノシシ肉を使ったジビエ料理ワークショップ」や「遊休山林・竹林の活用による地方創生を考えるシンポジウム」などの地域資源の活用、地域課題の解決を目指したイベントを開催し、2017年11月には施設内にコワーキングスペースがオープンしました。最後に施設の運営を統括する良品計画の中川正則さんから施設活用の今後についてお話を伺いましょう。

良品計画 中川正則さん

“施設の運営がはじまってからこの地域に住んでいるんですが、いいところですね。秋の紅葉、春の新緑など自然の表情がとても豊かです。近くに養老渓谷温泉郷もあるので、仕事をしながら心身をリフレッシュするには最適な場所ではないでしょうか。東京からも車で2時間弱という距離ですので2拠点居住も可能です。特にローカルで起業を考えている方は大歓迎です。地域資源を活かしたビジネスを一緒に考えていきたいと思います。また、いずれは老川に住みたいという方が増えることにもつなげていきたいですね。”

旧老川小学校内のコワーキングスペース

学校というのは教育だけでなく、住民の交流や防災、歴史や文化など様々な観点からどの地域にとっても中心的な存在です。児童数の減少により日本全体で年間約500校もの学校が閉鎖している状況ですが、廃校は地元住民にとって一つの施設の閉鎖にとどまらない様々な影響をもたらしています。そこで千葉県大多喜町で開催となった「老川みんな食堂」。地域住民が主体的に施設を利活用するアイディアの場でもあり、また地域の活力のためにコミュニティが交流する重要性を改めて確かめる機会にもなりました。旧老川小学校を拠点とした地域活性化活動は今はじまったばかりですが、良品計画と地元住民とのコラボレーションから施設が再び地域の中心として活用されていくことを願います。

文:東 洋平