ローカルニッポン

「関光地」を目指す移住者のアクションが、館山駅前エリアリノベーションへ風穴を開ける

「シャッター通り」という言葉が出回って久しく、地方のみならず都会でも、活気づいていた街中を思い出して寂しい思いをする人が増えています。千葉県館山市で、この状況に奮起を促すようなイベントが開催されました。その名も「大家の臨海学校」。エリアリノベーションの全国的な旗手でもある青木純さんを招き、「大家の学校」卒業生がテーマとしたのはJR館山駅東口前の房州第一ビル。仕掛け人は館山市内の元官舎をリノベーションしてクリエイティブな賃貸物件を創り出し、さらに駅前エリアで元診療所を買い取りゲストハウスに変えようと立ち上がる漆原秀さん。地域内外の参加者が集った本イベントから、どのようにして街が賑わいを取り戻すのか考えてみたいと思います。

大家の学校スピンオフ企画「大家の臨海学校」

今回8月24日JR館山駅前で開催となったのは都内で開講されている「大家の学校」卒業生による臨時企画で「大家の臨海学校」。海水浴シーズンでもあり本来は海に入りたいところですが、ダイブするのは海ではなく「まち」。午前と午後の2部に分けられたイベントは、午前に4人の登壇者によるプレゼンと房州第一ビルの見学を行い、午後に事前申し込みの参加者による「まち歩き」と房州第一ビルの活用方法発表会が行われました。それではまず午前中のプレゼンからご紹介していきましょう。

プレゼンの会場は房州第一ビルの2階フロア

漆原秀さん

マイクロデベロッパー/大家/VMV合同会社 代表社員/チューングループ有限会社 代表取締役

漆原さんは約2年前までは東京に住みながら埼玉と千葉に賃貸マンションを1棟ずつ所有するサラリーマン大家で、埼玉の物件1階に週末通うスペースや、両親の老後のために館山に建てていた戸建と木造アパートを含めて多拠点居住をしていました。館山の物件の目の前にある元官舎が売りに出て2017年に生まれたのが館山ミナトバラックス。これを機に一家で館山市に移住します。(詳しくは記事末ローカルニッポン過去記事をご覧ください)

ミナトバラックスを起こし、家族で移住したことにより、地域の新たな課題や可能性が見えてきたと言います。館山は都心から近いようでも、実際に二拠点居住や週末頻繁に通う地としては二次交通の課題があるということ、一方で駅前であれば交通の課題は緩和されること、旧くから南房総の中心地であったJR館山駅東口に魅力を感じたということなどです。そこで館山駅前の元診療所を購入しゲストハウスTUNE<常>を立ち上げることに。TUNE<常>は観光で訪問する「交流人口」とは異なり、いわゆる「関係人口」を育む「まちやど」を目指しているとのお話がありました。

青木純さん

(株)nest 代表取締役/(株)まめくらし代表取締役/(株)都電家守舎 代表取締役/他取締役多数

前日まで4日間連続で東北地方での講演を終えて館山へお越しになった「大家の学校」主宰でもありエリアリノベーションを日本各地に広める青木さん。豊島区にて実家の大家業を引き継ぐことになった2011年に大震災の影響で空き部屋が増え、入居者と一緒に部屋をリノベーションする仕組みを導入したところ1年ほどで満室に。「親子で利用できるシェアオフィス」や「放課後の幼児教室」などマンション住民が喜ぶコンテンツの追求は建物にとどまらず「まちづくり」に拡大し、(株)都電家守舎では、親子で安心して利用できる飲食店を駅前の空き店舗で運営。このアクションが街に物件活用の当事者を増やし、一時消滅可能性都市にも数えられた豊島区は2017年日経DUALの調査で「共働き子育てしやすい街ランキング」で1位に選ばれる結果に実を結びました。(株)nestでは現在、豊島区と連携し南池袋公園を含む地域の賑わい創出とエリアリノベーションを進めています。

宮田サラさん

(株)まめくらし/(株)nest 取締役

2017年から「高円寺アパートメント」の運営を担う宮田さん。元JR社宅だった建物をリノベーションして住民がコミュニティとなって暮らしを楽しむ賃貸物件が生まれました。宮田さんが初めに企画したことは「同じ釜の飯を食う」こと。料理を一品持ち寄って釜で炊いたご飯を楽しみ、餅つきをやったり、流しそうめんをしたり、顔合わせる機会を増やすことで交流が増えていきます。そのうちに住民の中から自主的にフリーペーパーを制作する人が現れ、庭ではヨガが行われるなど「自分たちの暮らしを自分たちで楽しくする」輪が広がっていきました。「高円寺アパートメント」では半年に一回住民と地域に向けたマルシェを開催。また2018年夏からジェイアール東日本都市開発とともに企画した「高円寺×阿佐ヶ谷 映画祭」が実現することに。こうしたイベントの企画は自らが当事者として暮らしを楽しむため、と語る活き活きとした姿が印象的でした。

本間裕二さん

(有)房州日日新聞社 常務取締役

館山市出身で都内の大学を卒業し、大手通信会社の営業企画を経て(株)ビズリーチに入社。営業、マーケティング、プロダクトマネージャーを経験したのち2017年にUターンした本間さん。学生時代も「まちづくり」を研究しており、Uターン後は70年の歴史がある安房地域(館山市、南房総市、鴨川市、鋸南町)の日刊新聞「房州日日新聞社」にてまちづくりを見据えたメディアのあり方を日々考えています。友人の紹介で本間さんがTUNE<常>を訪れた際、空き店舗の活用について「家守」が必要ではないかという点で漆原さんと意見が一致。房州日日新聞社の関連会社が所有する房州第一ビルにて本イベントの開催に結びつきました。エリアリノベーションをテーマとして実践者が語る本イベントで館山駅前もその一歩を踏み出したのではないかとの期待と、さらに多くの地元の人々が関心を高めてほしいとの思いが語られました。後半では房州第一ビルの歴史やスペックについて説明があり、プレゼンとディスカッションを終えた参加者は本間さんの案内で房州第一ビル・第二ビルを見学しました。

プレゼンの後は4人の登壇者でエリアリノベーションについてディスカッションが交わされた

<参考:房州第一ビル>
1968年に竣工した5階建て、地下1階、延べ面積2,950.199m²のビル。竣工後、長らくは地域最大級のデパートが主なテナントで、安房地域全体の憧れの場所だったという地元参加者の声も。現在は1、2階の一部を利用する居酒屋チェーン店と4階の警備会社以外が空いており、隣の房州第二ビルも最近まで証券会社が利用していた1、2階が空きテナントになっている。

JR館山駅東口駅前 右手のビルが「房州第一ビル」

まち歩きを終えた参加者による個性豊かな利活用案の発表会

午前中のプレゼンを終えて房州第一ビルを見学した参加者一同のうち、事前申し込みをした20名は昼食後本間さんが作成したマップを片手に館山駅前エリアのまち歩きへ。3グループに分かれた参加者は、順番に漆原さん所有の三輪自動車トゥクトゥクに乗って館山を周り、各々の関心に従って街を歩きました。17時頃にTUNE<常>に戻った一同は房州第一ビルの利活用案について一人ずつ発表を行いました。主なアイディアは次の通り。

TUNE<常>の一室で利活用案を紙におこす参加者たち

・南房総のグルメや工芸、体験が丸ごと集まるストリート
・マイクロシアター「popcorn」のサービスを活用した映画館
 →宮田サラさんが企画する「高円寺×阿佐ヶ谷 映画祭」が利用している仕組みでもある
・ちょっとした時間を潰せる駅前リフレッシュ施設
・館山市役所の出張所
・都内で疲れた仕事人がリフレッシュできるサテライトオフィスやシェアオフィス
・館山のソウルフードと言われる新宿中村屋(通称:中パン)の規模拡大店舗
・X JAPANのYOSHIKIとTOSHI生誕地であることを謳って、都市部利用者向けの音楽スタジオに
・海の風、空の色を一日中満喫できるデジタルデトックス拠点
・現在メインの利用者でもある高校生が気軽に集まれる溜まり場
・館山に遊びに来た家族が安心して子どもを預けられる場所
・高校生がまちづくりに参加できるスーパーハイスクール
・サイクルツーリズムの案内所

アイディアの発表会は館山の夕日をバックにTUNE<常>の屋上で開催となった

このほかにも数々のアイディアが出され「大家の学校」スピンオフ企画とはいえ地元の参加者も交えてリアリティある発表会に。中でも現在でも駅前を利用することの多い高校生に注目した事業について意見交換が高まりました。館山市内には大学もなく専門学校も少ないことから、高校卒業後地域外へ出て行く若者が大半です。高校生の時期に「まちづくり」に参加して社会への学びを深めること、そして一旦社会へ出て経験を積む高校生を応援しつつも、いずれUターンできる土壌を育むことは長期的に見れば地域活性化にとって重要な視点だと言えるでしょう。

当事者意識が伝播して実現するエリアリノベーション

それにしても「大家の学校」卒業生による地域外の参加が多かった「大家の臨海学校」。漆原さんと本間さんの出会いで突発的に始まったにも関わらず、これほどまでの人が集まった理由はどこにあるのでしょうか。「大家の学校」主宰者でもある青木純さんに伺いました。

館山ミナトバラックス1階のコミュニティスペースにて(写真右:青木純さん)

“人口減少で空き家、空き店舗が急激に増加しているこれからの日本は、誰もが大家になる可能性があります。つまり大家は決して特殊な職業ではなくなってきました。そこで大事なのは物件の利回りとかスペックではなく、大家がいかにコンテンツメーカーになれるかということ。本来大家とは人の暮らしを支え、人生をつくることのできる素晴らしい仕事です。愛のある賃貸住宅や店舗が増えれば、それだけ幸せな人々が増えていきます。スキルやノウハウではなく、愛のある建物とは何かを実践者に学ぶ講座が「大家の学校」です。”

館山市内の築100年の国登録有形文化財がカフェになった「TRAYCLE Market & Coffee」にて

“今回参加した卒業生の面々は単にウルさん(漆原さん)を応援しに館山に来たわけではありません。自分も一箇所の当事者であるがために、自分の場所へ活かそうとして参加しているんです。この「当事者意識」がエリアリノベーションの原動力ですね。エリアといってもその一歩は一軒の当事者からです。その思いが伝播して、自分にも何かできることはないかと新しい当事者が生まれ、結果的にエリアが再生されていきます。TUNE<常>をスタートしたウルさんから、この地域はすでに大きな刺激を受けていると感じました。街を自分事として捉える住民が一人でも増えることにかかっています。”

館山南房総を「関係が光る地」に!

それでは最後に「大家の臨海学校」を主催した漆原さんから、TUNE<常>をどういう場所にしていきたいのか聞いてみましょう。

館山ミナトバラックスの外観と漆原さん

“南房総地域は海も山もあって空気もきれいで、移住する前から2地域居住とか週末暮らしにはぴったりの場所だと思ってきました。そこでミナトバラックスを始めたのですが、蓋を開けてみるとU・Iターンの移住者が実生活で利用する賃貸物件になりました。ここで気づいたことがいくつかあります。一つはミナトバラックスの立地は、館山自動車道の富浦ICから車で7分ではあるものの、車がない都市部の人にとっては館山駅からは徒歩25分はあり、年に1、2回の旅行ならレンタカーでもいいですが、ほぼ毎週のように行き来するには無理があるということです。”

今週から改修をはじめTUNE<常>をオープンする予定の元診療所

“そこで駅前の物件を探していたところ元診療所に出会いました。現在の館山駅東口は景観的に寂しさを感じますが、かつては南房総全体における中心商店街であり、歴史の深さと文脈に溢れています。エリアが衰退したのは、客のニーズが変わったということ。でもやはり駅から至便な場所なので新たなユーザーと、ニーズは絶対あるはず。TUNE<常>でやりたいことを曼荼羅のような絵で表したんですが、そこで生まれた言葉が「関光地」です。関係が光る地という意味をもっています。まずはTUNE<常>にて人と人、人と地域の関係がキラキラと光る「まちやど」を起こし、エリア全体が盛り上がるようにつなげていきたいと思います。”

漆原さんは生まれてから20回もの引越しを繰り返しており、旧い建物をリノベーションしエリアの再生を目指すのは、自らのホームタウンを作りたいという思いがあるということ。そして賃貸ではなく購入という形であえてリスクを背負ったのは、TUNE<常>をこの地域におけるエリアリノベーションのトリガーにしたいと思ったから。

モータリゼーションによって鉄道利用が減少し、さらにバイパスなどのロードサイドへ大型チェーン店が台頭することで商店街の人通りが減ってシャッター通りが形成されていきました。しかし、事業内容によっては新しいニーズに応えることもでき、エリアリノベーションによってエリア全体が活性化する事例は全国各地に現れてきています。これを実現するためには、シャッターを閉じている大家の協力も不可欠。「大家の臨海学校」のインパクト、そして漆原さんのアクションによって館山駅前にどれほどの当事者が生まれエリアが変わっていくのか、これからも見守っていきたいと思います。

文:東 洋平