海をきれいにする地域通貨「ビーチマネー」広がる
千葉県館山市在住のライター。2011年都内の大学卒業後に未就職で移住する。イベントの企画や無農薬の米作りなど地域活動を実践しつつ、ライターとして独立。Think Global, Act Localがモットー。
ガラス片が長い年月をかけて海を漂流し、岩や砂で宝石のように磨かれた「ビーチグラス」。このビーチグラスを地域通貨として海をきれいにする「ビーチマネー」という取り組みがあります。ビーチクリーンで見つけたビーチグラスを加盟店にもっていくと様々なサービスが受けられる仕組みで、2007年湘南ではじまってから日本だけでなくアメリカや台湾にも波及し、加盟店は150店舗(2018年)。2018年に南房総初の加盟店となったASA館山、田中惣一商店の2店舗からビーチマネーの広がりをご紹介します。
海の美しさに導かれ南房総へ移住
ASA館山は館山駅から徒歩5分ほどの距離にある新聞店。93年もの間、地域に親しまれてきた吉田新聞店の閉業から、これを引き継ぐ形で2016年にリニューアルオープンしました。一見すると海と関わりのない新聞店がビーチマネーに加盟したことには、2017年に移住した店長松田さんの思いがきっかけとなっています。
“人手が足りないと現所長から連絡があり、一度南房総を訪ねにきた時のことです。南房総市千倉の浜辺にテントを張って朝起きてサーフィンしたのですが、海の透明度に驚きました。ここは沖縄か?と(笑)。この感動がなかったらきっと移住しなかったですね。その後も館山の沖ノ島でスノーケリングして、水族館のような魚の群れとリアルに戯れて、うわぁいいところだなぁと毎週のように海に入っていました。”
環境保全のために、自分でできることを探して
南房総の海に惚れ込んだ松田さんは、NPO法人たてやま・海辺の鑑定団が開催する「海辺の達人養成講座」と里山散策に参加して、人の生活と海との関係についてたくさんの気づきを得ることに。
“家を探しているときに、浄化槽とか汲み取り式とか色々ありまして、都会暮らしの下水処理に慣れていた自分にはわからないことも多かったんですね。そこで里山散策に参加すると、下水工事が進んでない地域ではいまも生活排水が直接海に流れていることを知りました。海が好きで移住した自分としては衝撃でしたね。”
“そんな時に手に取った雑誌『BE-PAL』でビーチマネーの取り組みを知ったのです。海に優しい洗剤を販売する「がんこ本舗」という湘南のお店が発端で、エコサーファーの堀直也さんという方が普及のため活動していると。自分も何かできることはないかと思っていたので、これだ!と思いました。”
新聞紙で創作したエコでチャーミングなノベルティ
しかし、ASA館山は新聞販売店のため飲食店や雑貨店のようにビーチグラスを地域通貨として交換するわかりやすいノベルティがありません。そこで松田さんがスタッフと考えたのが「ペーパーログ」「ペーパーエコバッグ」「ペーパーエコ鉛筆」です。
“ペーパーログは昔ヨーロッパで普及しているとどこかで見て知っていたんです。新聞紙で作る「薪」のようなものですね。薪ストーブにもBBQの着火剤にも使えて、新聞紙は基本環境に配慮された素材を使っているため害が限りなく少ないんですね。一つで2時間ほど燃え続けるので、非常時にも有効です。試作を重ねて良質なペーパーログが完成しました!”
“続いて調べると「しまんと新聞ばっぐ」にたどり着きました。「新聞紙で地球を包もう」というコンセプトでデザイン性の高い新聞バックを制作して環境保全に取り組んでいる活動です。これにヒントを得てスタッフの方々と試行錯誤して我々もオリジナル新聞バックを作りました。地方だと野菜のおすそわけなどの習慣もあるので、こうした時にも使ってもらえたらと。ペーパーエコ鉛筆もお子さんに人気なんですよ。”
お店の魅力化とコミュニケーションを育むビーチマネー
このようにノベルティを用意してビーチマネーに申請したのは2018年7月。新聞販売店の加盟はビーチマネー初とのことでした。加盟について所長の澤田さんはどのようにお考えだったのでしょうか。
“実は、館山に来る前に担当していたエリアでは地域とほとんど接点が見出せない苦い経験をしていました。そこで館山では93年もの歴史ある新聞店を引き継ぐこともあって、何か地域に貢献できないかと模索していたんですね。そこで松田が発案したビーチマネーへの参加だったんですが、素晴らしい取り組みだと感じています。”
“ビーチマネー加盟店になったことで、普段新聞のお客様以外の方がお店に来ることが増えました。またASA館山は駅前の立地もあって通常の事業所よりも来店する人が何倍も多いんですが、ノベルティのおかげでお客様とのコミュニケーションも活発になりました。新聞を読む人が少なくなった現代ですが、押し売りする時代ではありません。海のまち館山ならではの地域貢献を通じて、自然と新聞に関心を持っていただけるといいですね。”
ASA館山の加盟に勇気をもらった
続けて2018年9月にビーチマネーに加盟したのは館山市内でもうすぐ創業70年を迎える田中惣一商店の田中明美さん。
“実は以前からビーチマネーの活動は知っていたんですよ~。ただ、これまで南房総には1店舗も加盟店がなかったので、うちのように小さなお店だけで使えても海をきれいにする本来の趣旨に添えるかどうか今一歩踏み込めないでいました。するとASA館山さんが加盟したというニュースを新聞で知って勇気をもらったんです。”
田中惣一商店は、先代の父田中惣一さんが戦後まもなく福井の越前手打刃物の行商で館山を訪れ、アジ切り包丁やカーネーション鋏など地域に根ざした農漁業道具を開発して創業。その後明美さんの主人芳雄さんも親切な対応で地道にお客様を増やし、明美さんがフェアトレード商品や全国から選りすぐりの商品を取り寄せてセレクトショップのようなコーナーが生まれました。
ビーチマネーの活動費にもなる洗剤「All things in Nature」
そんな田中さんとビーチマネーの出会いは、ビーチマネーの発起人でもある「がんこ本舗」代表の木村正宏さんが開発した洗剤でした。
“海洋タンカー事故で海に流れ出た大量の油を処理する研究からヒントを得て、1週間で洗剤が100%生分解される洗剤ができたことを知りました。この洗剤がビーチマネーをサポートする商品となったのが『All things in Nature』です。私も2年ほど使ってみたのですが、海に優しいだけでなく洗剤としての使いやすさや効能も高いのでお店で置かせていただくことに。この洗剤からビーチマネーの活動を知ったんですよ。”
がんこ本舗の木村正宏さんが開発した洗剤「All things in Nature」の売り上げの一部はビーチマネーの活動費として募金されています。
ゴミ拾いを楽しくさせる地域通貨ビーチマネー
そこで田中さんが奥の部屋から持ってきてくれたのは、たくさんのビーチグラスや陶器が入った木箱。
“ビーチグラスだけでなく、陶器のかけら、貝やイルカの耳骨など、浜辺にはたくさんの珍しくて可愛いものが落ちています。ゴミ拾いというと気乗りしなくとも、ビーチグラスを見つけようとゴミを拾えば、きっと可愛らしい漂流物との出会いが待っています。ビーチクリーンとビーチグラス採集を組み合わせた発想は本当に素晴らしいですね。”
ビーチマネーではビーチグラスを加盟店に持っていくと店舗ごとに定められたサービスを受けることができますが、ビーチグラスをお金のように使用することが目的ではありません。あくまで浜辺をきれいにする活動が前提となっており、「ゴミ拾い」のイメージを刷新する仕組みといえるでしょう。
海をきれいにする意識や活動の輪を広げたい
それでは田中さんはビーチマネーに加盟してみて今後どのような展望を感じているのでしょうか。
“地元紙も応援してくださって、ビーチグラスをもったお客さんが訪れるようになりました。私も加盟までは時間がかかりましたが、ノベルティを用意するだけで特に大変なこともありませんし、ビーチグラスから様々な話題に発展して楽しいですよ。今後は季節に応じてノベルティを変えるなど工夫をしていきたいとも思っています。南房総でもビーチマネー加盟店がもっと増えて、海をきれいにする意識や活動の輪がさらに広がっていくといいですね。”
海岸には放置されただけでなく、長い間海を漂い続けたゴミがどこからともなく流れ着きます。少しでもゴミを海に捨てないよう努力することが前提ですが、漂流したゴミは誰かが清掃していることも忘れてはいけません。このゴミ拾いを気軽に、クールに行うために生まれた「ビーチマネー」という地域通貨。様々な人の想いや活動が伝播して全国、世界に広がっています。ビーチマネーには入会費や年会費は一切かからず、海と隣接しない地域でも加盟が可能です。これからも海の宝石とも呼ばれるビーチグラスが、美しい海を守り、地域の交流をつなげていくことを願います。
文:東 洋平
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