ローカルニッポン

シラハマ校舎~廃校に再び人が集まるまで~

書き手:多田佳世子
安房郡(現・南房総市)白浜町出身。東京―白浜の二拠点&別居婚生活を経て、2013年に白浜へUターン、夫と同居を始める。母校である長尾小学校を利活用し、2016年よりファミリー・ビジネスでシラハマ校舎を運営している。

千葉県最南端の白浜町。花と海女で一時代を築いたこの町も過疎化の波を免れることはなく、2006年に南房総市に編成されると 、学校の統廃合が進み、商店も次々にシャッターを閉めていきました。ところが2016年、ここに新しい商業施設が誕生するというニュースが町を賑わせます。「シラハマ校舎」と名付けられたその施設は、閉校していた長尾小学校を使用すること、そして無印良品とのコラボレーションという点でも人々の大きな期待を背負いました。

オープンしてもうすぐ3年、シラハマ校舎は荒波に揉まれながらも、いくつもの機能を纏うことで複合施設に発展することができました。では「泊まる」「働く」「住む」「食べる」「学ぶ」の多目的施設はどのように出来上がっていったのでしょうか。

この施設の運営者の一人として、今までとこれからを紹介していきます。

53㎡の客室に置かれたプレジデントデスクは、1950年代にNYで使用されていたもの

53㎡の客室に置かれたプレジデントデスクは、1950年代にNYで使用されていたもの

泊まる

さかのぼること4年前、建物の改修は2015年に始まりました。不用品の処分、水回りの刷新、壁面の塗り替え、建物の補修等、気の遠くなるような作業をひとつひとつ手作業で行っていきます。おおよそ1年が過ぎた2016年夏、ようやく宿泊棟が完成しました。

そうはいっても宿泊施設として営業できるのは、離れにあった旧コンピュータールーム棟のみ。全国的な廃校利用の宿といえば、大部屋に布団を敷き詰めて子供たちの体験合宿を受け入れるのが定番ですが、ここでは少々容量不足。そこで、団体利用とは逆へ向かい、2分割した客室にそれぞれ違うコンセプトを持たせ、映画のセットのようなデザインルームを作り上げることにしました。

吹き抜けの天井や大きなガラス窓といった学校時代の特徴はそのままに、壁はエレガントな無垢、床はクラッシックなヘリンボーン、そして古材を使ったハリウッドミラーをはじめとする拘りの調度品を利かせます。すると、若い世代がこの空間をSNSに投稿したことが反響を呼び、客足は右肩上がりに。また、自然と触れ合える白浜の特性上、ファミリー層の利用も視野に入れ、共同キッチンや洗濯機を備え付けることで、家族旅行のリピートも着々と増やしていったのです。

たなごころ治療院の院長も、治療+サーフィンのワーケーション

たなごころ治療院の院長も、治療+サーフィンのワーケーション

働く

2016年8月からは、教室を改修して作ったシェアオフィスの入居募集が始まりました。ウェブサイトを作り、SNSで告知をし、地元で活動しているアーティストやフリーランサーに片っ端から声をかけてみますが、誰からも引き合いがありません。

焦りが募る中、入居第一号となったのがクローバージャパン株式会社。液晶パネルの輸入販売をしている会社で、特に取引関係にもなかったわけですが、同社には仕事と余暇を組み合わせるスタイルが定着していました。加えて、経営者がリノベーション好きということもあり、あっという間に仕事と釣りとBBQができる環境が整えられたのです。これは国内で大手航空会社がワーケーション(ワーク+バケーション)を導入する1年ほど前の出来事でした。

2017年からは待望の店舗参入が続きます。まずは、白浜と横浜で二拠点生活をしていた松田悌(やすし)さんが「SUP&SURF KAIPOOH (カイプー)」をオープン。少し遅れてガラス工房「グラスドロップ」と雑貨店「エルコルテ房総」が白浜町内から移転してきました。その後はコワーキングスペース・アワセルブズ 、千葉工業大学、地域プロモーションを手がける(株)ココロマチ、フリーランスのレコーディング・エンジニア、と次々に入居が決まり、最後は全国に患者を持つ「たなごころ治療院」の分室が入って満室御礼となったのです。

高台に母屋と小屋が点在する様子は、まるでマチュピチュ村

高台に母屋と小屋が点在する様子は、まるでマチュピチュ村

住む

シェアオフィスにやや遅れて始まったのが「無印良品の小屋」の建設。これは6畳ほどの建物で室内にバス・トイレはなく、至ってシンプルな造り。通常の建売住宅とは違い、購入者が区画を選んでから着工するため、買う人が出てくるまで建設は始まりません。シラハマ校舎は長尾小学校を借り受ける際「旧校庭部分にたくさんの小屋が立ち並びます!」とプレゼンテーションをしたわけですから、後には引けません。

手始めに見学用の展示小屋を建てると「家族全員で寝られるかな」「水回りはどうするのかしら」など、訪れた皆さんはここでの滞在がなかなか想像しにくい様子。しかし、小屋暮らしや二拠点居住がなじみのあるキーワードになるにつれ、都心からの近さが見直されるようになりました。さらに、南房総の豊かな自然や食がクローズアップされる機会が増え、徐々に興味を持つ人が増えていきました。

そうして2018年末までに13棟が竣工、利用者たちの間にも少しずつ交流が生まれ、今はその延長にシラハマ校舎が思い描いたコミュニティが見えつつあります。

グッドデザイン賞

走り続けた2017年の秋、シラハマ校舎はグッドデザイン賞を受賞します。建物や事業単体ではなく、この町での社会貢献とコミュニティ・デザインが評価されたことによるものだったため、運営者だけでなく、利用者にとっても地域にとっても喜ばしい出来事でした。

食べる

最も苦戦を強いられたのがレストラン部門。当初から事業計画にあった為、幼稚園のプレイルームとして使われていた一番大きな部屋をダイニングに当てました。厨房も予算を投じて大改装、最新のスチーム・コンベクション・オーブンも入れましたが、ここでお店をやろうという人は出てきません。

最終的にはシラハマ校舎運営スタッフが兼務する方向へ発想転換。厨房器具メーカーのキッチンスタジオへ勉強に通い、「シェフはいらない、料理は科学」と背中を押されてホームメイド・レストランの道へ。地元の新鮮な食材を使うこと、温度管理を徹底することで、FARM TO TABLE/地産地消のレストラン「バルデルマル」が完成しました。

畑で行うワークショップ。少しハードルの高い工具にもチャレンジ!

畑で行うワークショップ。少しハードルの高い工具にもチャレンジ!

学ぶ

ここに「学ぶ」の機能をつけたのは外部の講師陣。2017年、最初にワークショップを始めたのヨガ・インストラクターの加島ハルナさんでした。既に白浜で講座を持っていたことから、生徒さんたちと共に合流してくれました。

翌年からは「エディブルシラハマ校舎プロジェクト」がスタート。これは長らく放置していた長尾小学校時代の畑を復活させて、菜園教育の場にしようという試み。白浜の無農薬栽培農家・岡水農園が講師を担当し、その年の夏野菜、ピーマンやナスの植え付けから始めました。このプロジェクトも順調に回を重ね、2019年2月現在は冬野菜のホウレンソウが旬を迎えています。

同じ年、シェアオフィスに入居している千葉工業大学も、地域の子供たちのためにオープンラボを開始しました。ハンドスピナーや電子回路といった理系の大学生らしいアプローチでモノづくりを教えています。

母校を訪れた新成人。閉校後の利活用は卒業生たちにとっても切なる願い

母校を訪れた新成人。閉校後の利活用は卒業生たちにとっても切なる願い

地域未来牽引企業

多機能化が加速した2018年は、経済産業省より地域未来牽引企業に選ばれたことで評価が形になりました。この年は遊休施設の有効活用例としてメディア露出の機会が多く、同じ課題を抱えた全国の自治体が視察に訪れました。

続く2019年は、旧長尾小学校の卒業生が晴れ着で訪問するサプライズからスタート。平成生まれの13名は、この校舎から卒業することができた最後の年代。彼らの華々しい門出は、始まったばかりのシラハマ校舎にも重なり、明るい未来への架け橋のように輝いていました。

シラハマ校舎のあゆみ

2015年 旧長尾小学校・幼稚園の利活用案に応募。改修作業開始
2016年 シラハマ校舎竣工。宿泊事業、シェアオフィス事業開始
2017年 「無印良品の小屋」の販売開始 レストラン「バルデルマル」オープン
              グッドデザイン賞受賞
2018年 経済産業省により地域未来牽引企業に選定される

次回以降は、実際に「無印良品の小屋」を利用しているみなさんにお話を伺っていきます。