ローカルニッポン

開発工房に託された未来

書き手:東洋平
千葉県館山市在住のライター。2011年都内の大学卒業後に未就職で移住する。イベントの企画や無農薬の米作りなど地域活動を実践しつつ、ライターとして独立。Think Global, Act Localがモットー。

千葉県鴨川市に生まれた無印良品、Café&Meal MUJI、農産物・物産品の販売所、開発工房からなる総合交流ターミナル「里のMUJIみんなみの里」。中でも新設となった開発工房は、地域産品を加工して銘品づくりを担う施設として注目を受けています。開発工房とは何か、そして施設を運用する先にどういった未来を見据えているのか、良品計画高橋哲さんにお聞きしました。

開発工房とは

里のMUJIみんなみの里の入り口から向かって右手にある開発工房。施設は、大きく「テストキッチン」と「セミナー室」に分かれており、基本的にどなたでも利用可能です。

「テストキッチン」は主に試験的に加工品を製造する部屋。業務用の冷蔵・冷凍庫、様々な調理に使えるスチームコンベクションオーブン、大型の蒸気釜など機能性の高い機器があり、幅広い加工品の製造が可能です。「セミナー室」にも調理をするための道具が一式揃っていますが、こちらは主にセミナーや講習の用途。40人ほどの人数が収容できる机やイス、そしてホワイトボードなどが常設されており、あらゆるセミナーに対応しています。利用希望者は、みんなみの里の無印良品店頭にて申請書に必要事項を記入して申し込むことができます。(詳しくは記事末のリンクをご覧ください)

テストキッチンには本格的な調理をかなえる充実の設備がそろっています。

テストキッチンには本格的な調理をかなえる充実の設備がそろっています。

良品計画・高橋:
「開発工房では、これまで鴨川市農林業体験交流協会による農業や伝統料理づくりの体験や、市が移住促進で開催している帰農者セミナー、野菜ソムリエプロによる旬野菜講座など、様々な内容で利用していただいています。また月に一度、業務用厨房機器を販売するホシザキ関東株式会社が講師となって『テストキッチン』に整備されている数々の加工機器の使い方や衛生管理を学ぶ講習も開催しています。」

近隣のお母さんパワー全開

この1年間でセミナーや体験講座を多数開催し、開発工房の本格的な稼働に向けて様々な可能性が検討されてきました。特に地元の女性たちの培ってきた技術や伝統に驚いたと高橋さんは語ります。

良品計画・高橋:
「みんなみの里は、1999年に開設されてから地元の農家や業者が会員となって直売所に出品してきました。私たちが運営を担ってからも、以前の会員さんにそのまま出品いただいています。そこで地元農家さんや近所のお母さんたちと触れ合う機会があるのですが、作物を栽培する現場で伝統的に培われてきた料理や加工品には何度も目を見張る経験をしてきました。」

「現在MUJI passportというアプリ内でみんなみの里から毎日情報発信をしています。その中で、郷土料理のレシピを紹介しているのが『おっかさんのまんま』。お母さんの作るご飯という意味です。その昔から房州の女性はたくましいと聞いていましたが、このお母さんたちがパワフルで明るくて、何より農村のあらゆる技に精通しているんです。よく地域の独自性は何かと問われますが、まさにこうした『人』に凝縮されているのだと感じました。開発工房における商品開発も、地域の『人』を応援し、ともに作り上げることを原点にしたいと思います。」

加工機器の使用方法や衛生管理について学ぶ講習

加工機器の使用方法や衛生管理について学ぶ講習

2016年に鴨川市に移住した高橋さん。その後みんなみの里の運営とともに計4人の社員が移住し、直接農村部の魅力や課題を地元の人からヒアリングしてきました。こうした経験をもとに、開発工房ではどのようなことが始まっていくのでしょうか?

開発工房の役割①:郷土料理の商品化

一つ目は、「おっかさんのまんま」をはじめとして伝統的なレシピを発掘し、また現代的にアレンジして商品価値を高めていくことにあります。自宅では用意できない大型の機器などを利用することで、規模を拡大することも可能です。

良品計画・高橋:
「まずは、直売所やCafé&Meal MUJIと併設されている利点を生かして、伝統的なレシピを具体的な商品として販売することを目標としています。「おっかさんのまんま」には、「菜花の塩昆布和え」や「せりの海苔巻き」など、この鴨川ならではの海山の幸を使ったレシピがたくさんあります。観光客の方にも、地元の方に伝統を親しんでいただくためにも、早い段階で商品化に踏み切りたいですね。」

「おっかさんのまんま」の人気レシピの一つ、菜花の肉巻き

「おっかさんのまんま」の人気レシピの一つ、菜花の肉巻き

またこのお母さんたちは、すでに開発工房の機器の使用方法も熟知しており、ホシザキ関東株式会社の講習とは別に希望者がいた場合には平日でも機器の利用方法を学ぶことができるそうです。おそるべし、房州のお母さん!

開発工房の役割②:地域産品の6次産業化

次に農漁業の1次産業、製造業の2次産業、小売業の3次産業を掛け合わせた、いわゆる「6次産業化」は開発工房の目的から欠かせません。地域で栽培されている産品を利用して加工品を製造し、さらにみんなみの里や無印良品の店舗で販売することを視野に入れています。

良品計画・高橋:
「多くの地域でお土産品などを開発する時の課題は、地域内で開発をサポートして商品をテストする施設がないことです。その場合、企画を立ち上げて大規模な製造を可能にする全国各地の業者に委託することになりますが、これでは一つの商品に対する地域全体の売り上げが他地域へ分散してしまうことになります。」

「開発工房はこの課題を解決するために生まれた施設。この施設でできたら製造し、難しければ可能な限り地域内の業者と連携することで域内の収益性を高めていきます。また例えば、レモンやレンコンなど地域の特産品を利用することはもちろんのこと、これまで栽培はされていなかったけれど、この地域の気候や土壌の特性に合う産品については積極的に提案することも大切なこと。これが『銘品づくり』の基礎にあると考えています。」

レモンは地域の重要な特産品

レモンは地域の重要な特産品

開発工房の役割③:新規就農や空き家活用へ向けて

また開発工房の運営は、商品を開発するだけには留まりません。銘品づくりを中核に置いて、農村部に散在する課題を総合的に解決するための方策が練られています。

良品計画・高橋:
「例えば、鴨川市ふるさと回帰支援センターが行なっている「帰農者セミナー」という移住窓口には、希望者のニーズに合わせた柔軟な体制が整っており、年々人気が高まっています。昨年から開発工房をセミナー会場に利用していただいていますが、将来的に移住を考えている方とお会いする機会も増えてきました。そんな時に皆さんが口を揃えてお話になるのは、仕事や家の心配です。」

「特に帰農者セミナー経由の方は、就農も視野に入れて移住を検討しているので、後継者不足の地域にとっては願ってもない展開です。しかし、現実的には生計が立てられる就農を提案することはそう簡単なことではありません。既存の産品だけでなく土壌やニーズに適した生産物を掘り起こし、生産した後の商品づくり、そして販売がセットになってはじめて移住後の「新規就農」という選択肢が定着していくと考えています。今後その中心的な役割を担うのが開発工房です。」

「商い」で地域に役立つ中核拠点

農地の担い手不足を解消する「新規就農」や、人口流出や高齢化で年々増えていく「空き家」など、農村地域には課題が山積しています。しかし、日本全国の人国が急速に減っている中で、こうした課題を一つ一つ個別に検討しているだけでは解決につなげることは難しいのが現状です。

こうした課題の有機的な解決に向け、開発工房は誕生しました。「商い」で地域に役立つことをコンセプトに掲げる良品計画が、地域の魅力を再編集し、活かし、元気にする取り組みの拠点とも言えるのではないでしょうか。この場所から生み出される銘品、そしてその先の未来に期待は高まるばかりです。

文:東 洋平

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