ローカルニッポン

就農22年、10年、2年生の生産者が見据える農と食のこれから

書き手:根岸 功(KUJIKA)
千葉県南房総市在住。編集者、ライター。南房総の里海・里山の自然、つながる人々の豊かさに、胃袋ともども感謝する日々。目下、小規模有機オリーブ栽培に奮闘中。サーファー。2 児の父。

日本のローカルに視線を移すとき、まず目に飛び込んでくるのが地の食文化です。
例えば、旅をより豊かなものにするために真っ先にリサーチする事柄のひとつでしょう。
今回は、このように私たちの多くが興味を抱く“ローカルの農と食”をテーマにしたトークセッションの模様をお伝えします。

参加者は通常を大きく上回る60名ほど。やはりローカルの食は興味深いテーマのひとつ

参加者は通常を大きく上回る60名ほど。やはりローカルの食は興味深いテーマのひとつ

南房総2拠点サロン Vol.10が開催

『南房総2拠点サロン』は、南房総に関わっている、または関わりたい、という双方の立場の人々が気軽に集い、交流できる場。東京・新宿と南房総に拠点を持つ合同会社AWATHIRDが主催する取り組みで、毎回南房総エリアとその現場で起こっているホットな事象との掛け合わせを切り口に、南房総のいまをシェアするイベントです。リラックスした雰囲気の会場で、同イベントを主催する合同会社AWATHIRD代表の永森さんにお話しを伺いました。

会合の進行役を務める合同会社AWATHIRD代表の永森さんは南房総市公認プロモーターの肩書きも持つ

会合の進行役を務める合同会社AWATHIRD代表の永森さんは南房総市公認プロモーターの肩書きも持つ

合同会社AWATHIRD代表 永森さん:
「実際に2拠点や移住を考えたときには、段階的に物事を進めたほうがスムーズですよね。その土地に興味があるなら、いまはそうでなくても、もしかしたら数年後に移住したいと思うかもしれない。そのときにあらかじめ知っていることがあるといいのかも、と。
これからの人たちのために、さまざまな切り口で南房総を紐解いていければと思っているんです。」

昨年6月に始まって以来、記念すべき10回目の今回は、『南房総×食【農産物編】~安房野菜はおいしい(プチマルシェも開催!)』と銘打たれ、積極的かつ挑戦的に活動する就農22年、10年、2年の生産者3名がそれぞれ描く、南房総の農と食のストーリーをうかがいました。

応援してくれるメディアと人が広げる農業の可能性
安西農園 安西淳さん

登壇ひとり目は就農22年、南房総をはじめ、全国的な農業の遷移を身を以て体感してきている安西さんです。

南房総の農業は、生産物ごとに細かな地区で分かれています。例えば、酪農が、果樹が、花卉栽培が盛んな地域はこの辺り……というようにです。そのなかでも安西農園がある館山市南部は、濃厚で甘みのある野菜の生産が特徴です。

軽快なトークで参加者を引きつける安西農園の安西さん

軽快なトークで参加者を引きつける安西農園の安西さん

安西さん:
「例えば、通常メロンは糖度が14~15度なのに対して、当園のトウモロコシは16度を超えてきます。また、ピュアホワイトという白色トウモロコシの品種にいたっては過去に19度という数値が出たほど。なぜか? それは、この地が海沿いのミネラル豊富で砂まじりの土壌だからです。砂地は水はけが良く、植物が一生懸命根を張り、広範囲で栄養分を集めてきます。加えて、水分の少ない野菜が育つので、風味や甘みが野菜自体に濃縮されるというわけです。」

この土壌的優位性を武器に、また前職が百貨店勤務だったということもあり、南房総で地元野菜のブランド化にいち早く取り組んできたのが安西さんです。彼は就農後まもなく、当時では珍しかったイタリア野菜なども栽培導入し、レストランとの契約栽培や、インターネットを通じた直売、観光収穫体験、地域の直売所開設など、さまざまな販売チャネルを独自に構築してきました。そして、安西農園、ひいては館山市南部地域の野菜に注目してくれるメディアとのコミュニケーションも積極的に取っていくことで、南房総野菜のブランド化に貢献していったのです。

安西さん:
「この時期ですとソラマメが旬を迎えます。南房総では歴史のある作物で、昔は大相撲の夏場所は南房総のソラマメを摘みながら……という慣習があったほど。就農後まもなく、僕はイタリアの生食用ソラマメのひとつであるファーべという品種の栽培に着手しました。少し青臭いので、本国では濃厚なヤギのチーズなどと合わせて食べます。ここの土壌で育てるものは特に美味しく、このソラマメをきっかけにメディアで取り上げていただけるようになりました。そして、いまでは少し名の知られてきた地元『かんべレタス』も、味は良いのに当初は市場に出してもまったく響かなかった。だから、生産者組合をつくって名称の表記を統一し、加工品をつくり、地元飲食店のみんなと協力しながら食材としての提案も続けてきました。10余年経ったいま、メディアに多数取り上げていただけるようになり、南房総のブランド野菜のひとつとしてひとり歩きし始めたと感じています。」

館山市は近年、食のまちづくりを推進しており、次世代の農業の担い手を確保する等、農業がバックグラウンドにあるまちづくりを目指しています。市民である安西さんも数年前、新規就農支援と農業教育、都市農村交流、次世代の子供たちへの食育などを主な柱に、『NPO法人 南房総農育プロジェクト』を地域の仲間とともに立ち上げました。そこには、長年農業者として人生を歩んできた安西さんの秘めたる熱い想いがありました。

安西さん:
「僕が就農した20年前よりもいま、農業の情報は得やすく、また販路はつくりやすくなってきています。ただ、ないのが人手なんです。ですから、これまで世襲制家業だった農業をひとつの職業として捉えられるような仕組みをつくっていかなければと思っています。そして新しい知恵や知識、文化を運んできてくれる、志のある移住者に、機械や土地、技術を受け継ぎながら、農業を基盤に地域を存続させていけるように。まちづくりは結局、人づくりなんです。」

農の悦びさえ収穫できる体験農園のカタチ
館山パイオニアファーム 齊藤拓朗さん

登壇ふたり目は就農10年、企業を退職後、館山にUターンし、果樹農家での研修を経て、イチジクに特化した観光農園というスタイルを確立してきた齊藤さんです。

自分らしい生き方やふるさとに貢献できる働き方を模索した先にあったのが、食の悦びを提供する果樹農園のカタチでした。

言葉の端々に農業愛、地元愛を感じた館山パイオニアファームの齊藤さん

言葉の端々に農業愛、地元愛を感じた館山パイオニアファームの齊藤さん

齊藤さん:
「組織の一員として働き続ける生き方はどうなのか? そんな疑問を消せずに退職して地元に戻ってきました。帰郷後すぐ、ビワ生産者のお手伝いをするなかで、太陽の光と風、鳥たちのさえずりなど、自然を感じながら働ける環境が非常に心地良く、これをなんとか自分の仕事にしたい! そう思ったんです。そのままビワ農家さんと交渉し、20本の木をお借りして就農しました。1年目の目標である年商60万に対して、結果5万円(笑)。でも、どうしても農業を仕事にしたくてビワ栽培を続けつつ、さまざまな生産者のもとでバイトをして、技術やご苦労も聞かせていただきながら学び、それと同時に広い農地も探していきました」

就農後、数年が経って農地も見つかり、当初は野菜などを育てて直売所に出荷していましたが、天候に左右されやすく、またライバルも多いため、「このままだと失敗するな」と薄々感じていたという齊藤さん。果樹果物に目線を変えて栽培品目を模索していくなかで出会ったのが、成長するまで比較的時間がかからず、また栽培経験があまりなくともつくりやすいイチジクでした。そしてこの果物はまた、南房総ではあまり導入例のない農産物でもありました。

齊藤さん:
「ミカンやブドウ、モモやナシに比べて栽培難易度が低く、また世界的生産地であるトルコと館山が、気候は違えど同じような緯度にあることも分かりました。そして、南房総エリアを特産フルーツの旬で見たときに、1~5月がイチゴ、4~6月がビワ、10月下旬からミカンが始まるのですが、イチジクが収穫できる時期は、ちょうど8~11月。夏から秋にかけての隙間をイチジクで埋めることで、年間を通して何らかの果物で収穫リレーができる可能性が見えました。仮に産地化できたら必ず地元のプラスになると確信したんです。日本は桝井ドーフィンという品種が一般的で、市場の約8割を占めています。が、世界を見渡すとその数は約700品種。当園でも栽培している西洋イチジクは甘みや酸味、色彩や食感もさまざま。差別化にも繋がっています」

そして南房総の立地を俯瞰したとき、農業の分野においても「体験」というキーワードが大きな可能性を秘めていることにも気づきます。

齊藤さん:
「もともと観光地でもある館山です。農園をやるにも体験を押し出していかないともったいないのでは? と思ったんです。県内からも都心からも気軽に訪れることのできる立地の南房総エリア。収穫体験をし、少し汗をかいたあとはご褒美のイチジクスイーツを楽しんでもらう。一生懸命つくっていても、規格外の果物は出てしまうので、加工品として無駄なく食べていただける形をつくれているのは嬉しいことです。僕たちは、農薬と化成肥料を使わないオーガニックで栽培していますが、こういう形態を安心・安全だと思われる方も多いと思います。でも、僕のなかではさらに、農園をお見せできること、その場で説明できること、その場で体験できること。それってすごく安心・安全を感じてもらえることなんじゃないかなって思っているんです」

就農から10年経ったいま、観光農園という形で6次産業化を実現してきた齊藤さんの次なる目標は、後継者の育成です。昨年から、年間を通じた全5回のイチジク教室を開講し、すでに受講生のなかからはイチジク農家になるために奮闘している卒業生も現れ始めています。

齊藤さん:
「僕には自分がつくっている農産物の師匠がいませんでした。ですので、始めた当初は栽培に関して困ったことも多くありました。だから、自分がそういうニーズをくみ取り実践して、ひとつのビジネスモデルになっていけるような農園をこれからは目指していきたいと思っています。世襲でなくとも後継者を育てられる仕組みを。その入り口は収穫体験ですが、できればその先に、ちょっとイチジクでも育ててみようかな、と少しでも農業の世界に興味を持ってもらえたら嬉しいですね」

生産と経営のあいだを行き来する農業税理士の役割
すぎな舎 川合淳一さん

登壇3人目は就農2年、半農半税理士として近隣農家の経営を税務で支えながら、南房総の里山で独自のポジションを築こうと奮闘中の川合さんです。

平飼い有精卵に特化した養鶏と、スペイン・バレンシア地方のパエリア専用米を栽培し、農業のむずかしさを身を以て感じながら、その一方で、税理士としての冷静な視点で日々の体験を少しずつ農業経営ノウハウに落とし込んでいます。

農法はもとより、農家経営の重要性を説いたすぎな舎の川合さん

農法はもとより、農家経営の重要性を説いたすぎな舎の川合さん

川合さん:
「もちろん自分も含めなのですが、就農後、周りの農家さんと仲良くなって税務相談を受けるなかで、やはり中山間地域での農業というのは条件が非常に厳しいと感じます。ちなみに中山間地域とは、農業生産にあたり平野部より生産性の不利な山間部やその周辺の地域を指します。日本は国土の約70%が中山間地域であり、農林水産省のデータによれば、平野部と同じ量の作物をつくるために約2~3倍の労働時間が必要だとも言われています。平野部でも大変だと言われている農業ですから、中山間地域は今後衰退していくのが目に見えているのも事実です。しかし、全国の耕作面積の実に40%を占め、現在政府が目標にしている食料自給率50%を達成させるためには、この中山間地域こそ日本の農業にとって重要なポジションにあると思います。地理的条件が悪いので、法人による大規模機械化もむずかしいですが、裏を返せば小規模農家に有利な地勢であると言えます。ここで私たちが協力し合い、いままでになかったビジネスモデルをつくり上げることができれば、日本全国の中山間地域に適応できるビジネスチャンスになると思って、この地で就農しました」

生産性の不利な中山間地域の小規模農家が生き残るには、生産で忙しい農家を影で支える経営のプロと二人三脚で農業を営んでいくこと。そして、農業経営を俯瞰して見ることができる農家税理士がハブとなり、時間的かつ経済的に無駄を省いた効率化を実現することだと、川合さんは語りかけます。

川合さん:
「小規模農家は製造業の一人社長と同等で、生産、管理、販促、会計、税務などをすべてひとりでこなさないといけません。生産で多忙な農家にとって、これらすべてをバランス良く保つためには、経営の指導ができる第三者が必要だと感じています。そして、経営継続を考えたときに、いちばん重要なのは資金繰りと投資です。社長はすごく忙しいので、税理士がしっかりサポートしてあげられれば、キャッシュフローのインのパート、つまりブランディングや売上の方をじっくり考えていられるのです。加えて、僕のような税理士が農業経営のなかにいれば、各農家のパイプ役になり、ロットの確保や共同経費を設定することで個々の費用削減ができるような仕組みづくりも可能です。例えば、有機農家で年間80品目以上の作物を育て、良質なものを収穫して、個装して、ECで個別販売しているとします。売り方は非常にいいが、手間も時間も非常にかかるので、たくさん需要があってもそれ以上供給することができない。つまり、利幅を稼ぐことができません。そんなときは、同じ志やシチュエーションを持った農家を4軒束ねて、20品目ずつ手分けをし、1品目ごとの生産量を増やすことでロットを確保できれば、新規開拓などでも大きな企業に強気で営業することができるようになります。また、B級品を大量に集めて売ることもできるので、売上アップと余剰の損失を少なくできます。さらに、共同経費で大きなロットの一括輸送ができればコストも下がります。農業機械についても、毎回、毎日使うわけではないので、使用の際の時間割をしっかり設定できれば、複数の農家で一台の機械を共有でき、コスト削減にも繋がります。そして稀に、農家同士の意見の相違があったとしても、第三者の税理士が入ることで意見調整をしながら物事を円滑に進められるなど、協業者たちのパイプ役として重要なポジションを担うことができるのではと考えています」

「就農後間もない自分にとって、いま話しているモデルが成功するか、失敗するかは、どうか見守っていて欲しい」と謙虚にも会場に応援を乞うていた川合さんでしたが、彼のように手に職を持つ半農半Xな生き方を望む人々と連携し、農業経営のプロ集団をつくり、成功モデルとそのマニュアルを完成させるのが当面の目標のひとつだとも、川合さんは最後に熱く語ってくれました。

コミュニティの熱を共有するこれからのメディアのあり方
房TUBEプロダクションズ

今回、プレゼンテーションの各冒頭ではまず、安西さん、齊藤さん、川合さんそれぞれの活動が非常にわかりやすくまとめられた数分間の映像が流されました。そして、会場にいる参加者が、その人となりを理解するのに一役も二役もかっていたように感じます。

これらの映像は、南房総エリアの各市町に属する地域おこし協力隊4人が集まり、結成した地域メディア製作チーム『房TUBEプロダクションズ』が手がけたものでした。

これからの地域メディアのあり方を解説する清水さん(中央)と岡氏さん(右)

これからの地域メディアのあり方を解説する清水さん(中央)と岡氏さん(右)

メンバーの岡氏さんと清水さんは語ります。

岡氏さん:
「都市部からの通いではなく、実際に現地に住み、現地の人々と直に関わることではじめて、その思いをしっかりと伝えられるメディアになるんじゃないかと思っています。自分たちが手がけた動画を通じて、房総への理解がより深まる。そういう映像をこれからもつくっていきたいです」

清水さん:
「『房TUBE』は新しい形態の地域メディアです。コミュニティの活性化につながるような情報をみんなで共有することが今後のメディアのあり方だと思っています。スタッフはみんな房総在住です。現地にいればこそわかる空気感だったり、人の温もりだったり、そういったものを映像でお届けしながら、地域とともに歩んでいけるメディアを目指しています」

ディレクター兼プロデューサーの岡氏智美さんは、館山市の食のまちづくり推進業務を担う地域おこし協力隊として活動する傍ら、前職で長年培ってきた映像制作のスキルをもって、地域メディア『房TUBE』を展開しています。また、メンバーのひとりである清水多佳子さんも、鋸南町の地域おこし協力隊として南房総の活性化に貢献しています。

ミニマルシェで並んだプレゼンテーターたちが手塩にかけた農産物や加工品たち

ミニマルシェで並んだプレゼンテーターたちが手塩にかけた農産物や加工品たち

農業のこれからを垣間見た夜

予定していた時間を押しながらの熱いプレゼンは幕を閉じ、質疑応答、そして今回登壇いただいたそれぞれの農園が丹精込めて育て上げた野菜や米、卵、そしてスイーツ、フルーツの苗までを取り扱う、ミニマルシェを開催しながらの交流タイムは夜遅くまで続きました。

三者三様、熱のこもったプレゼンから見えたもの。それは、ネガティブに受け取られがちな第一次産業の現状を、既存の形態や価値にとらわれない自由な発想で打開していこうとするポジティブな視線と姿勢でした。

そして、個々の思いが重なり合うことで、そのうねりはひとつとなり、世の中の景色をまた少しずつ新しいものに変えていく力になるということを、あらためて感じた夜でもありました。

文・根岸 功(KUJIKA)

リンク:
南房総2拠点計画
シェアオフィス/イベントスペース HAPON新宿
NPO法人 南房総農育プロジェクト
館山パイオニアファーム
すぎな舎
房TUBE