埼玉県東部の中央に位置する宮代町は、人口3万人ほどのちいさな町です。都心から東武スカイツリーラインで揺られること約50分という距離でありながら、背の低い建物と田園風景が広がるのどかな環境です。そんな宮代町では、そこに暮らす人々にスポットを当てながら、訪れる人、住みたい人など、人と人をつなぐ新たな取り組みが動いています。今回は、市民参加の思想が根付く宮代町の、行政・地元企業・町民の結びつきではじまった新たな取り組みについて3名の方に経緯や葛藤、想いを伺いながら「宮代町らしさ」について探ってみましょう。
参加者が無作為に選ばれるワークショップ
宮代町では初代町長の齋藤甲馬さんの思想を受け継いで、時代が移り変わっても市民参加と少数精鋭を主軸にまちがつくられてきました。トップダウン式ではなくて、まずは「人の話を聞く」という姿勢で物事が進みます。宮代町役場、役場前の広場にある公共トイレまでも市民が一緒に考えてデザインが決まりました。2010年からは、年齢や性別を問わず、無作為に抽出された町民が、宮代町に対して感じていること、やってみたい!と思っていることを表出する、ワールド・カフェ形式のワークショップを行っています。
今や約17000人も訪れる「宮代トウブコフェスティバル」はなんと、2014年に行われたワークショップが原点だそうです。2014年のワークショップでは商工会活性化のために何か事業が生み出せないかという観点から、「マルシェをやりたい!」という市民の声を拾い、地域住民が主体となり「宮代マルシェ実行委員会」を結成しました。そのワークショップに参加していたことで、今は宮代マルシェ実行委員会もつとめることとなった町民のひとりが佐々木敦子さんです。
佐々木さん:
「ワークショップに参加したから今があります。あの時、自分が参加していなかったら、今とは全然違う生活をしていたんだろうなぁと思うと考えるところはありますよね。」
日頃から気になるイベントには積極的に参加していた佐々木さんですが、この時のワークショップをきっかけに、一町民として宮代マルシェの実行委員とトウブコフェスティバルの企画・運営に関わるなど、意欲的に活動しています。
この無作為抽出のワークショップを始める以前も、公募によって町民の意見を聞く場づくりは行われていました。ではなぜ、手法を転換したのでしょうか。
榎本さん:
「公募だと毎度決まった人が自発的に来て下さりますが、良くも悪くもいつも同じ展開になりやすいです。なにか新しい形がないかを当時、模索していたのだろうと思います。」
宮代町役場の榎本恭一さんはこのように語ります。無作為の持つ偶然性が、ワークショップ参加者の固定化を防いだり、年齢や性別、立場の垣根を越えるカギになっています。このように、ある種の平等性を担保しているかもしれません。地元企業であるアンカルク株式会社の代表赤井美津江さんからは、次のような声がありました。
赤井さん:
「自分では参加しようと思っていなかった人も、この手法でスイッチがはいったりしますよね。」
無作為という作為は、佐々木さんのようなまちの中に眠っているキーパーソンを掘り起こします。自分のまちへの想いを可視化し、自分事へ捉え直しながら、それを形にするためにアクションを起こしてもいいんだと背中を押してくれるきっかけになっているようです。
個々人の「たのしい!」が表現できるイベントの数々
ここ宮代町には秋頃に開催される「世界のすうぷ屋さん」や毎週月曜日に行われている「Monday marche」のような町民の動きから始まったマルシェがいくつかあります。
そのひとつ、毎年秋に行われる「宮代トウブコフェスティバル」は、今年で5回目に突入しました。
「子ども」をテーマに、コーヒーや焼き菓子・アジアン料理などの食べ物はもちろん、作家さんのクラフトショップやワークショップ、イベントが充実しています。出店者も来客者も若いファミリー世代が中心となりました。当初は、なんとか参加者を集めているような状態だったのが、最近は他県からも役場へ直々に出店したいと言ってくださる人が増えているそうで、ぐんぐんと知名度が上がっているのだとか。
佐々木さん:
「年齢もバラバラのいろんな人が集まってゼロから作ることが本当に楽しいです。そこで生まれた意見が形になっていき、来た人も喜んでくれる。このことにすごくやりがいを感じているから今も続いているのかなって思います。」
自分たちのこんなことがしたい!という意見でまちを変えられる。その「実感」がイベントを続ける原動力となったり、人々の輪が広がっていくエネルギーになります。
地元企業ならではの「暮らし」を発信するwebページ
宮代町には公式HPの他に、トウブコフェスティバルのようなイベントや地域の人・暮らしに焦点をあてた情報発信のwebサイトがあります。その企画・運営は公募で選ばれた地元企業のアンカルク株式会社が行っています。宮代での暮らしがどんなものわかる「みやしろで暮らそっ」、子育て環境や制度がわかる「みやしろで育てよっ」、働きたいけど…という時のための「宮代で働こっ」の3つです。
アンカルク代表の赤井美津江さんは、幼少期を宮代で過ごし、現在4人の仲間と宮代町に事務所を構えています。まちの色んな人に出会って話をしながら活動をするうちに改めてこの場所を好きになり、子どもの頃は意識しなかった宮代の魅力の虜になっているそうです。
赤井さん:
「町からの業務委託で作っているサイトですが、目的を共有したうえで私たちが思う「宮代のいいところ」を盛り込んで伝えていけるのでスタッフが魅力をどんどんキャッチしています。」
当初は、定住促進のために「宮代町には3つ駅がある」「都心から近い」といったインフラの利便性を主張し、どこにでもあるようなサイトだったそうです。そのような内容では宮代の魅力が充分伝えられない違和感と限界を感じていました。
榎本さん:
「町の広報誌とかウェブサイトは硬い印象や手前味噌になりがちで、本当は自然と魅力を伝えられたらいいのですが手応えも感じにくく、そういう足りないところを変えていきたいと考えていました。」
赤井さん:
「“定住促進サイト”という名前を使っているけれども、外向けだけではなく、地域の人にどうやって見てもらうか、それを意識することが大切です。」
このような思いから、榎本さんと赤井さんはwebサイトの見直しを行うことになりました。
榎本さん:
「町に何があって、どんな暮らしがそこにあるのかまで踏み込んで、初めて共感を得られるんです。まだまだ知られていないけれど、様々な住み方の提案があります。例えば農に親しむというテーマも作るなど、これからも多様な切り口でいろんなコンテンツを作っていきたいです。」
顔の見えるまち宮代。小さいからこそ光り輝く町のこれから
駅の名のとおりレジャーランド東武動物公園が位置し、トラスト保全地域に指定されている山崎山と豊かな田園風景、そして動く蒸気機関車がある工業大学や多くの見学者が足を運ぶ貴重な建造物など、この町には自慢できるスポットがたくさんあります。
一方で、地域のみなさんにとっては、あの人もいるこの人もいると「顔」が浮かんでくる町だそうです。宮代町の地域資源は、あくまで「人」であって、ひとりひとりが居なくてはならない存在であるということがひしひしと伝わってきました。外から見て目を引くようなまちづくりというより、内から見て、暮らしてみていいと「実感」できる町です。
赤井さん:
「“守る”ことは時代の変化に合わせていく部分があるからこそ、できること。新しい感性を拒まないからこそ、昔からあるものが本当に素敵だからこそ、今も活かしていけるのではないかと思います。」
榎本さん:
「“いい町だな”と感じてくれる人をどうやって増やしていくか、を考えデザインしていかないといけないと思います。そしてそれを、行政だけではなく、例えば散歩の途中にいただく声も含めて、地域のみなさんと一緒に作っていけるのが宮代町なのではないかと思います。」
立場の違うお三方にお話を伺いましたが、みなさんが見ている方向は同じでした。それぞれが自分らしくこの町のために常にアクションを起こしています。ひとりひとりを大切にしているからこそ、独特の寛容さが滲み出ているのでしょう。「次々生み出されていくし、増えていく。どんどん引きずり込まれていく。」と宮代の魅力は尽きないと語るみなさんの表情には、心からのウキウキが溢れ出していました。小さいからこそ丁寧に、一人一人と向き合っているこの町の挑戦は続きます。
*トウブコフェスティバルと世界のすうぷ屋さん等のイベントは今秋に開催予定です。
随時ホームページで情報を更新していますので、ぜひご覧ください。
文 ・写真 隂山愛・安達祐輔(日本工業大学)