ローカルニッポン

民間運営のアンテナショップ「岐阜ホール」が取り組むローカルの編集と発信。

書き手:杉田映理子
1994年東京生まれ。編集者・ライター。大学時代を過ごした長野で地方の魅力に気がつき、2017年春に就職を機に岐阜市に移住。岐阜のローカルメディア「さかだちブックス」で、365日岐阜の魅力的な人・もの・ことを中心に情報発信している。

2019年7月26日、東京上野桜木にローカルを発信する新たな拠点が誕生しました。JR上野駅から上野公園を抜け、美術館や大学など文化の香りを感じながら歩くこと15分。こんなところにお店があるのだろうか……やや不安になった頃、閑静な街並みの中に現れるのが今回ご紹介する「岐阜ホール」です。

東京藝術大学のすぐ北側の物件の2階が岐阜ホール

東京藝術大学のすぐ北側の物件の2階が岐阜ホール

カフェ・物販・イベントを通して岐阜を東京から全国へ

岐阜ホールは建物の2階。急な階段を上がった先に、30坪ほどの空間が広がります。店名に「岐阜」とあるように、ここは岐阜県を発信する民間運営のアンテナショップ。アンテナショップといっても、行政が運営する従来のアンテナショップとは違い、物販、カフェ、イベントを通して岐阜の魅力的な人、もの、ことを全国に広めようと始まったプロジェクトです。(※岐阜県が都内に設置したアンテナショップは10年前に閉鎖)

リトルクリエイティブセンターのメンバー。岐阜市にある本社前にて。

リトルクリエイティブセンターのメンバー。岐阜市にある本社前にて。

プロジェクトの発端は、岐阜ホールの運営会社である岐阜のデザイン事務所リトルクリエイティブセンターが2年前に青山にあるアパートの一室を借りて東京事務所を構えたことでした。県内を中心にグラフィックデザインやWEBメディアの運営を手がけ、普段から仕事を通して岐阜の魅力に触れる機会が多かったメンバーは、東京でそれらがほとんど周知されていないことにショックを受けました。そして、つい岐阜県出身ではなく名古屋出身だと言ってしまうことも。

「岐阜にはたくさんの素敵な人や場所、文化があるのに、知られていないのはもったいない。全国に岐阜のことをもっと広めたい。」

そんな想いで、東京に事務所兼ショップを立ち上げることを決意しました。

東京に出店することを決めたのはよいものの、普段のフィールドとは全く違う環境の大都会に店を出すというのは想像以上にハードルの高いことです。最初は「東京といえば渋谷」という短絡的な考えで、2018年秋頃から東京の中心部で物件を探していました。しかし、探せども探せども家賃は想像をはるかに超えてきます。岐阜では物販店舗の経営や、カフェの共同運営の経験があるリトルクリエイティブセンターでしたが、東京という環境ではその感覚はほとんど通用しません。毎週のように東京と岐阜を行き来し、一向に物件が決まらず、交通費だけが嵩む日々に途方に暮れていた頃、上野周辺で不動産業を手がける「まちあかり舎」さんと出会い、現在の物件を紹介してもらいます。駅からは徒歩で15分ほど離れますが、よい意味で東京らしからぬ落ち着いた雰囲気に惹かれ、家賃や改装費といった現実的な課題をクリアできることから即決。改装の設計は同じ物件の1階に入居する設計事務所「MARU。architecture」に依頼し、一気に1ヶ月足らずの改装工事が始まりました。

 “乗組員”は400人以上。船は岐阜らしく屋形船。

“乗組員”は400人以上。船は岐阜らしく屋形船。

クラウドファンディングで“乗組員”を募集

岐阜ホールの店内に入ると、まず目を引くのが壁掛けの大きなイラストです。岐阜ホールのプロジェクトが始まった頃からリトルクリエイティブセンターには「みんなで一緒に岐阜ホールをおもしろくしていきたい」というイメージがありました。イラストには会社のメンバーだけでなく、岐阜を発信したいという想いのある仲間を船の“乗組員”に見立て、400名以上を乗せた船が描かれています。

乗組員を集めるために使った手法はクラウドファンディングです。オープン2ヶ月前の5月20日から1ヶ月間、「岐阜を発信するカフェを東京に。岐阜ホール号の乗組員、募集中!」と題してプロジェクトを実施しました。メインのリターンは船のイラストに似顔絵を描いてもらえること。物理的なものではなく、岐阜ホール号という船に乗ることをリターンとするユニークなプロジェクトでした。運営メンバーの中では始まる前、支援してくれる人が現れるのか大きな不安がありました。

クラウドファンディングの設計中には、リターンはコーヒーチケットやグッズなどわかりやすい「もの」のほうがよいのではないか、そういった迷いもあったといいます。しかし、岐阜ホールのクラウドファンディングを通して集めたいのは資金ではなく、プロジェクトに共感してくれる「仲間=乗組員」。最後までその軸をぶらすことなくクラウドファンディングをスタートしました。

すると、スタート前の不安とは裏腹に、なんとプロジェクト開始2日間で目標金額150万円を達成。最終的には支援額3743,777円、人数にして432名が「岐阜ホール号」という船に乗ったのです。クラウドファンディングやSNSを通じてたくさんの寄せられた多数のコメントからは、その反響の大きさが伺えます。こうして物件の改装費とプロジェクトの仲間を同時に集めることに成功した岐阜ホール号は、無事東京への出航に漕ぎ着くことができました。お店がオープンしてからはわざわざ岐阜からイラストを見に、岐阜ホールに足を運ぶ方も少なくありません。

船のイラストによって表現されているように、岐阜ホールが大切にしていることは「みんなでつくる」ということ。例えば店内の什器は岐阜県大垣市の建築事務所や関市の家具メーカーが手がけていたり、カフェのディレクションはリトルクリエイティブセンターと普段から付き合いのある岐阜市内の飲食店ティダティダさんの力を借りています。

看板メニューの蒸しぱんはお土産にも最適。

看板メニューの蒸しぱんはお土産にも最適。

カフェの看板メニューは岐阜県産の小麦粉を使った「岐阜蒸しぱん」。常時3〜5種類を揃えており、練りこまれている具材も岐阜の素材です。コーヒーや季節限定のドリンクも岐阜生まれ。岐阜出身でなくても、メニューひとつひとつからカウンターでの会話が弾みます。

棚に並ぶ商品も岐阜にまつわるもの。それぞれの商品には説明が添えられており、商品の背景にあるストーリーがわかるようになっています。県外の方々に岐阜のことを発信するだけでなく、県内の方々にも「岐阜ってこんな素敵なものがあったんだ!」と感じてもらいたい。たくさんの人を巻き込むことで、様々な面から岐阜を発信することが狙いです。

オープン翌日に開催されたトークイベントの様子

オープン翌日に開催されたトークイベントの様子

東京に岐阜のコミュニティをつくる

物販とカフェだけでなく、岐阜ホールはこれからイベントの企画運営にも力を入れていきます。週末を中心に、岐阜にまつわるテーマでトークショーや食事会、企画展などを計画中。イベント会場や会議室としてのスペース貸しも積極的に行い、岐阜にまつわることだけではなく、ここに来るとおもしろい人に出会える、興味深い情報が集まっている、岐阜ホールはそんな場所づくりを目指しています。

しかし、岐阜県民にとって、東京との心理的距離はまだまだ遠いのが現状です。イベントは東京に岐阜のコミュニティをつくることが目的。少しでも岐阜と東京、そして全国との距離を近づけ、例えば東京から岐阜に働き手を呼び込んだり、反対に岐阜の企業が東京に拠点を持つことへのハードルを下げられればと考えています。

ローカルを全国に発信するという大きな目標を掲げ、船を漕ぎ始めた取り組み。岐阜ホールを通して全国のなかの“岐阜”はこれからどのように編集されていくのでしょうか。航海はまだ始まったばかりです。

文・写真:杉田映理子/さかだちブックス

岐阜ホール
東京都台東区上野桜木1-4-5-2F
月火定休
12:00-21:00(変更の可能性がありますので、最新情報はSNSをご確認ください)

リンク:
岐阜ホール
リトルクリエイティブセンター
さかだちブックス
ティダティダ

Facebook:
岐阜ホール

ローカルニッポン過去記事:
街のキーマンに聞く岐阜・柳ヶ瀬の“ローカル”とは?
地方百貨店が地域の魅力を再発見