ローカルニッポン

池袋のまちを変えていく、nest marcheの現在地

緑の芝生が広がる南池袋公園とその近くにあるグリーン大通りを舞台に毎月第三土曜日に開催されている『nest marche(ネスト マルシェ)』。今や池袋の風景のひとつとなっています。その生みの親である『nest』のメンバー・飯石藍さんと宮田サラさんに今年3年目を迎えて感じるマルシェとまちの変化についてうかがいました。

月に一度つくられる「理想の日常」

この日はかき氷も販売する石窯ピザ屋さんも登場 / 真夏以外は南池袋公園が会場になり、人でにぎわう

気持ちのよい青空が広がる夏真っ盛りな8月の土曜日。そう、この日は毎月第三土曜に開催される「nest marche(ネスト マルシェ)」の日。池袋駅東口を出てまっすぐ歩けば、ほどなくグリーン大通りの街路樹の下にずらりと並ぶ店が見えてきます。そこには店主とお客さんが楽しそうに話す姿も。なんともピースフルな光景。誤解をおそれずに言うのであれば、ここが「池袋」であることを忘れてしまうくらいです。

このマルシェを企画・運営するのは、4人のメンバーで活動する『nest』という会社。そのなかで、公共空間の活用に関するさまざまな交渉やプロジェクトをより円滑に進めるために作戦を考える役割を担うのが飯石藍さん、マルシェの前日までの準備から当日の運営を組み立てるのが宮田サラさんです。それぞれ別の角度からnest marcheを育ててきた二人ですが、「マルシェをやりたくて『nest』を立ち上げたわけではない」といいます。

右が飯石藍さん、左が宮田サラさん。南池袋公園の目と鼻の先にある事務所にて。

飯石さん:
「今の時期は暑いのでグリーン大通りがメインですが、夏以外は南池袋公園も一緒に使ってnest marcheを開催しています。この2つの舞台を含めた池袋のまちの価値をあげていくことが私たちnestの役割です。

池袋にはチェーン店が多くあります。でもそれ以外の、人の顔が見える場所でものを買えたり体験ができたりすることがこのまちに存在する意味ってあると思うんです。長い目で見たときに池袋に住みたいとか、いいところだなと思う人を増やすことにつながっていくと思うから。だから私たちはnest marcheで『こんな日常っていいよね』ということを表現し続けています。

海外のマーケットの場合、毎日食べる野菜を買いに行くところだったりして、暮らしのそばにいつもあるものなんですよね。そんな、暮らしを自分の手でつくっていると感じられるような理想の風景を月に一度ここでつくり、多くの人に見てもらいたいんです」

宮田さん:
「藍さんは今も豊島区に住んでいますし、私も池袋の近くに住んでいたこともあります。このエリアで生活していた基盤は大きいかもしれません。だからこそ、ここでの暮らしでこういうものがほしいとか、もっとよくしたいという思いがあるんです」

nest marcheがつくる“日常”は、借りものの理想の風景ではなく、実際に暮らしを営んでいた二人の思いが重なったものでもあるのです。

出店者を含めてひとつのチーム

音楽の生演奏など、訪れた人と一緒に楽しめるコンテンツもある。

真夏の厳しい暑さでも、真冬の過酷な寒さでも、雨が振らないかぎりnest marcheは毎月開催されています。それは、「続けること」がどんなに大切かを知っているから。

飯石さん:
「月ごとの開催だと、たとえ雨天で中止になっても来月には開催することができます。たとえばそれが年に2回の場合、半年後の話になってしまう。nest marcheは、大きい花火をボーンと打ち上げる“ハレの日”をつくるのではなくて、細く長く続く“ケの日”の状態をつくること、つまり毎月この日にここに行けば開催しているという状態を絶やさないことが一番大事だと思っています」

宮田さん:
「そうですね、お客さんはもちろんそうだし、出店者も今月は出られないけど来月は出ますと言ってくれる人たちがいます。そこは結構大きいですね。また、季節に合わせてこれをやってみようとか、次回は商品やディスプレイをもっとこうしてみようとか、自分たちで工夫もしてくれるんです。一緒に盛り上げようとしてくれるのは、やっぱり続けているからこそだと思います」

「継続は力なり」とは、まさにこのこと。毎月開催し続け3年目を迎えた今、その成果はnest marcheと池袋エリアに明るい変化をもたらしています。

宮田さん:
「まず、マルシェの規模が変わりましたね。最初はお客さんが少なかったし、マルシェのノウハウもなかったので知人に声をかけたりしながら8店舗くらいの出店数からはじめました。それが毎回30店舗前後出店してくれるようになり、区内だけでなく区外からこの日を楽しみにして来てくれる人も増えてきています。

さらに出店者同士のつながりがこのマルシェで生まれています。什器の組み立てから片付けまで最初は私たち運営だけで行っていましたが、今では、什器の一部を出店者が組み立てたり、隣同士の出店者が協力し合って準備することもあったり。だんだんと出店者のみなさんと協力し合いながら一緒にマルシェをつくり上げていく形に育ってきているのかなって」

飯石さん:
「私たちは、出店者を含めてひとつのチームであると意識しています。だから出店者に向けての事前説明会を開き、『なぜこのマルシェをやるのか』の部分を共有して目線を合わせるようにしています。そうすると、当日お客さんが出店者に『ここで何をやっているんですか?』と聞いたときに運営チームではなくてもきちんとnest marcheの説明をしてくれたりして、とてもうれしいんですよね。

『池袋のまちをおもしろくしたい』という部分に少しでも共感してくれた人が出店者として来てくれているし、これからもそうありたいです」

nest marcheをともにつくる出店者たち

生花、野菜、菓子、靴下、アクセサリーをはじめ出店者が扱うジャンルは実に多彩。

大勢いる出店者のなかでもマルシェがはじまった1年目のころから『nest』の思いに賛同し、ほぼ毎月出店しているのが『KENHOL.SHOP KENDAMA PLACE』の東郷猛さんと『make me me』の山田裕加さんです。

東郷さんは、豊島区在住のけん玉プレーヤー。マルシェでは、けん玉とオリジナルブランドのけん玉周りのプロダクトを販売する場、そしてけん玉をのびのびと楽しめる場を併せて展開しています。

東郷さんの10歳になる息子の真ノ助くんは、なんとプロのけん玉プレーヤーで世界大会へ出場するほどの実力を持つ人物。毎回店番をしながら、けん玉の技を披露してくれます。真ノ助くんと一緒にけん玉をするために訪れる人も少なくなく、この日は沖縄からはるばる来ている人もいました。

けん玉の無料貸し出しがあり、初心者もチャレンジできる /老若男女が真ノ助くんのまわりに。

東郷さんが出店することになったきっかけは、南池袋公園がリニューアルオープンした際、遊びにきていた東郷さんと真ノ助くんのけん玉さばきを見た『nest』のメンバーが、後日声をかけたことから。地元の池袋エリアへの思いが強かった東郷さんにとってこの出来事は、願ってもないことでした。

東郷さん:
「『待ってました!』という感じでしたね。僕らが遊びとして楽しんでやってきたけん玉が、やっと認めてもらえて大好きな池袋にも関わることができる。一緒に盛り上げていこうよ、と言ってもらったときはほんとうにうれしかったです」

そこからほぼ毎月出店をしていた東郷さんに今年、新たな展開が舞い込んできました。

東郷さん:
「nest marcheでの出店の様子を見た『東急ハンズ池袋店』さんから、1階でポップアップショップをやってもらいたいと話をいただいたんです。この7月に10日間開催しました。すごく光栄でしたね。こうして池袋に“遊び”がたくさんある場が増えて、僕がこうあってほしいなっていう池袋像に近づいているとすごく感じています。息子も新しいけん玉プレーヤーに会えたり、同世代の友達が増えていたりするので喜んでいます。よっぽど大きなイベントや用事がないかぎり、このマルシェの出店が最優先ですね」

一方の山田さんは、『make me me』の屋号で花とキャンドルを使って店や会社で飾るディスプレイ、ウェディングなどを手がける活動をしています。豊島区が地元ではありませんが、山田さんが南池袋公園にあるカフェ『Racines FARM to PARK』とその系列店の花のアレンジを担当していることから縁がつながりました。

『make me me』の山田さん。「おしゃべりをしに来てくれるおばあちゃんもいます(笑)」。

マルシェでは、生花の販売とアレンジをメインに出店している山田さん。これまで生花の販売はしていなかったそう。

山田さん:
「もともとお花がマルシェにあると景観が変わると思っていたんです。海外だと必ずお花が売っているのに、日本のマルシェだと花屋があんまりなくて、すごくもったいない。確かにお花は管理があるのでマルシェでの販売は難しいんですけど、nest marcheにもお花があるといいなと思ったのが出店することにした最初の理由です。だからあんまり売り上げがどうこうではなく、このマルシェにお花があることでいいイメージにつながるといいなと思ってます。

それに、一緒に盛り上げていこうという運営側の気持ちがちゃんと伝わってくる。ほかのマルシェと比べてコミュニケーションが多くて、すごく楽しいんです。細かいところをフォローしてくれて、ちょっとしたことにも気がついてくれますよ」

この日は、ドライフラワーを使った愛らしいミニブーケも。

少し前までは、山田さんが池袋のマルシェに出店していると伝えてもどこで開催しているマルシェなのか誰一人わからなかった頃もあったのだとか。けれどいまでは、知り合いの作家さんたちからnest marcheに出たいと言われることが増え、実際に出店している人もいるのだそう。

山田さん:
「池袋の雰囲気が変わってきたと思います。お子さん連れの方が増えたし、穏やかな空気が浸透してきている感じがします。それにはマルシェが大きな役割を果たしているんじゃないかな」

“ハレの日”の場、「IKEBUKURO LIVING LOOP」

実は、『nest』が手がける池袋のイベントにはnest marcheのほかに「IKEBUKURO LIVING LOOP」があります。 “ケの日”のイベントがnest marcheなら、年に一度開催されるIKEBUKURO LIVING LOOPは、“ハレの日”のイベントといえるでしょう。その規模も出店者数もnest marcheの倍以上ある大きなものです。

宮田さん:
「グリーン大通り、南池袋公園での出店者さん以外にも、周辺にある店舗さんも紹介しているマップを作成します。周辺のお店の紹介もしてこの一帯を巡れるようにします。また、ハンモックや椅子など外に置ける家具を用意して、来てくれた人たちがそこで休んだり、ゆっくりごはんを食べたりしやすい場所をまちなかにつくります。」

飯石さん:
「IKEBUKURO LIVING LOOPは壮大な社会実験だと思っています。まちの使い方や工夫をいろいろなところに散りばめて、理想とする風景を作ってみる場なんです。前回や前々回のIKEBUKURO LIVING LOOPで得た知識や経験は、nest marcheに落とし込まれ、その結果グリーン大通りの整備がまさに今進んでいます。イベントを単純に『よかったね』だけで終わらせず、ハード面を変えていくことも考えています。nest marcheとIKEBUKURO LIVING LOOPどちらかだけではだめで、両方の場で『未来の風景をつくる』ことが大切だと思っています」

今年のIKEBUKURO LIVING LOOPは、10月18日(金)〜20日(日)に開催。あるときは繊細に、あるときは大胆に行動しながら、『nest』はこれからも未来の風景をつくり続けます。その風景を未来のままで終わらせないために。

文 坪根育美 / 写真 坪根育美・nest