ローカルニッポン

酒田市日向地区の廃校利活用による地域活性化-日向里かふぇ-

日本の田舎の中山間地域では、過疎化・人口減少が進み、小学校の統廃合が数多く行われています。山形県酒田市の東北部、秀峰鳥海山の麓に位置し鳥海高原家族旅行村や玉簾(たますだれ)の滝が有名な日向(にっこう)地区の日向小学校もその一つです。2009年4月には八幡小学校と統合し、現在、旧校舎は地域づくりの拠点である日向コミュニティセンターとして形を変えて利用されています。そして、10年以上経った2019年7月26日「日向里かふぇ」がオープンしました。旧校舎の雰囲気を残しつつも、年配の方、若者や大学生、お子様連れの方など世代を問わず集まりやすい場所に変化を遂げています。

中心市街地から20分ほど離れた場所に位置する日向地区を川に沿って進んだところに、日向コミュニティセンターがあります。酒田市が管理業務を委託している日向コミュニティ振興会がこの場所を大事にし、地域住民とこの場所の活用方法を検討し様々な活動を行ってきました。日向コミュニティ振興会は、12の自治会からなる地域運営組織です。前身は生涯学習の拠点であった公民館でしたが、閉校した同年に地域づくりを担うコミュニティ振興会組織へと移行します。それから地域づくりとは「何ぞや?」の模索が始まったそうです。

そのひとつが居場所づくりです。
入り口すぐのスペースに卓球台やルームランナーなどの運動器具を置き、一通り体を動かした後はコーヒーをいただきながらおしゃべりを楽しむ居場所としてお母さん達が集うようになり館内に笑い声が響くようになります。その後二大イベントである運動会や文化祭、青少年活動や高齢者活動に加え、マルシェや買い物支援などの活動も行うようになりました。

日向コミュニティ振興会事務局長・工藤志保さん(左の写真の右の女性)

このように、地域のにぎわいイベントや生涯学習の場として、また広くまちづくりの拠点として、様々に形を変えてきたこの場所に深く関わるのが日向コミュニティ振興会事務局長の工藤志保さんです。

工藤さん:
「地域の方は、”自分の意見を聞いてもらえて嬉しかった”と言ってました。」

この一言で、個人を受け入れ互いに認めあうことがコミュニティを形成する一歩だと感じたそうです。それからは、ますます住民主体の場づくりが実践されていきました。

地域住民によるカフェづくりがはじまる

ファシリテーターを務める小関久恵先生/参加者で「日向里かふぇ」の運用をかんがえる

さらに、地域づくりの識者でもある東北公益文科大学・講師の小関久恵先生の手助けもあり、新たな知識を身につけながら、ワークショップでの対話にも深まりが出るようになります。地道にコツコツできることを行うことで、少しずつ地域のみなさんも“地域”を「自分ごと」として捉えて考えるようになっていきました。その後も、小関先生とは、酒田市の事業である地域あんしん生活支援研究事業や地域支えあい研修会を通して長期的に関わるように。このような繋がりから、現在も定期的なワークショップ開催に小関先生が継続して関わっています。

この日もカフェの運用方法についてワークショップが行われました。平日の夜にもかかわらず大学生から、ご年配の方まで40名近くが集まり、それぞれが「自分ごと」として主体的にこの場に参加する姿が。自分の住んでいる地域をより良くしようという気持ちが強く伝わってきます。

カフェが出来る前もそして出来たあとも、こうしたワークショップを定期的に行い、住民それぞれの立場からこの地域に対して何ができるかを考えています。当初は人集めに苦労した経緯や、いまは継続していく大変さもありますが、ここ日向では運営が中心となって育ててきた絆でゆるやかにしっかりと想いが繋がっています。

例えば、「日向里かふぇ」という名称は、まちの広報で公募をし、集まった約20のアイデアをもとに投票や会話を重ね決めていきました。住民自身で1つ1つこの地域のことを決めていく過程こそが、地域づくりであり必要なことなのではないでしょうか。

若者の存在・東北公益文科大学との交流

長期学外学修プログラムで地域と関わるようになった遠藤さん(左)と五十嵐さん(右)

こうしたワークショップのたびに、その柔軟な発想でこの場を盛り上げるのが東北公益文科大学の学生です。

遠藤さん:
「学内の希望者で、決められた2か月の間に週2日この地区に滞在して暮らす「長期学外学修プログラム」といわれる実習を行っています。2016年からはじまったこのプログラムで日向地区に入った私を当初から気にかけてくれる方々の存在が非常に大きく、現在ではかつて住んでいた町よりも、この地域の一員になれた気がするんです。」

五十嵐さん:
「市街地にはそうした密な居場所は見つかりにくいと思います。距離感の近さはこの中山間地・日向地区の良いところです。この場所には、学生と地域住民とのへだたりがなくて、友達がいるような感覚でいます。カフェをやりたいという話をしたら、周りが後押ししてくれました。そういう思いを応援してくれる場所に、自分も恩返ししていきたいです。」

静かにこの地域への想いを語る2人からは、日向という場所が本当に好きだという気持ちが伝わってきました。それくらいに外から来た人をも惹きつける人や自然などの様々な魅力がここにはあるのだと感じます。

さらに、2018年にはこれまで関わってきた学生たちが地域に恩返しをしていきたいという想いから、地域課題に対して「大学生にできること」を実践するサークル「Praxis」を立ち上げました。地域の課題をとらえて、「地域の文化伝承・自然資源の利活用・関係人口の創出」の3つの活動を軸に、サークル運営をしています。その具体的な内容は、カフェ運営やキャンプ、映像作品や雑誌にグッズを作ったりと、多岐に渡ります。こうした若者の活動が地域を盛り上げ、元気にしています。

デザインの力で都心部との繋がりを

デザインで地域を盛り上げる、地域おこし協力隊・中島友彦さん

最後に登場するのは、新たに地域おこし協力隊として着任した中島友彦さんです。中島さんは、前職の経験を生かし友人のデザイナーとカフェのロゴを作成したり、カフェが完成するまでをまとめた動画を制作しグランドオープンの際に花を添えました。

中島さん:
「今後の展望としては、都心部とこのカフェをデザインの力で繋いでいくことで地域を活気づけていきたいです。障がい者によるアート作品を生かした地域おこしをしたり、児童養護施設の子供たちと一緒に地域を巻き込んだフィールドワークも実施したいです。障がい者福祉や児童福祉の問題も地域の課題として考えていかなければならないと思っています。このカフェを起点に、地域の課題を地域の方自身が解決できるコミュニティをつくれれば、どこにも負けない場所にできると思っています」

カフェの看板にも使用された中島さんの友人が制作した「日向里かふぇ」のロゴ

このように様々な立場で行う「自分ごと」の活動の延長に、空間そのものも自らの手でつくるDIYによる共同作業が生まれました。

「日向里かふぇ」はDIYをワークショップ形式でおこなうことで完成を目指すことになったのです。例えば、これまで使っていた椅子にペンキを施し、座面は残布を集めタッカーで張り替え、完成品の裏には製作者のサインも入れました。この大変な作業の途中では、自分の出来が1番だと自慢し合ったり、互いに教えあったりと参加者同士の会話に自然と花が咲きます。会議用テーブルやソファなどの「もったいない」を愛着あるものへとアップサイクルするプロセスも。参加した地域住民や東北公益文科大学の学生たち、そして市役所職員や無印良品のスタッフなど延べ166名(6日間)は満足感・達成感でいっぱいの様子でした。

日向里かふぇのコンセプトは、「記憶を紡いで伝えて行く場」でありそこには「ありがたい」とか「もったいない」「おたがいさま」の精神があります。もっとも重要なことは、「居心地がよく、帰りたくなるお家のようなカフェ」になること。この地域を離れた人も帰省された際に気軽に入れるカフェであることを目指しています。

こうして2019年6月から、週末を中心にDIYで作業を重ね、地元向けのお披露目会やプレオープンを通じて運用を検討し、7月「日向里かふぇ」のグランドオープンを迎えました。グランドオープン当日は来場者が100名を超え、このお盆には、卒業生がお子様連れで来てくれたり、友達と訪問されたりと「きれいになってうれしい」「子どもを連れてこれて良かった」などのコメントも寄せられています。地域のコミュニティセンターはそこに暮らす人以外にはなじみにくい場所だけれども、カフェとなり誰もが気軽に足を運びやすいスペースとなりました。

ごちゃまぜの地域づくり

今、「日向里かふぇ」では、月に1度大学生が「おしゃべりカフェ」の運営を担っています。カフェ運営をしてみたいという大学生の想いを実現すると同時に、日向地区に外から若者が足を運ぶきっかけとなるなど地元を盛り上げる1つの大事な場になりました。

日向里かふぇ/東北公益文科大の学生で運営を行う「おしゃべりカフェ」

オープンから1ヵ月が過ぎ、ここ最近では利用者の地域内外の比率は半々で、多くの子育て世代の利用も増えているそう。子連れで来たときに地域の年配の方が面倒を見てくれたり、学生と地域住民など自然な世代間交流が生まれてきています。

この地域内外捉われず、幅広い世代が関わる地域づくりを行っていくことが、このカフェで大事にしている「ごちゃまぜの地域づくり」です。

今後、日向コミュニティ振興会ではさらに広い目線で地域のビジョンづくりを行っていくそうです。まずは、「自分ごと」としてそれぞれの立場で出来ることを考え実践していくことで、地域づくりの大きな一歩を踏み出しました。この拠点が地域内外のたくさんの人にとって、より居心地の良い場所となっていくのが楽しみです。

文:ものかきや 伊藤秀和 (三川町地域おこし協力隊)