ローカルニッポン

道楽としてのまちづくり / 岸田一輝さん

「まちづくり」は、道路や建物といった空間をデザインすることから、伝統文化の保全や社会経済の循環まで「まちに暮らす人々の住みよい環境」を実現するための活動全般を指す幅広い言葉。そのため各地域によって課題や内容、また取り組み方も様々です。今回は古い町並みが残る館山市長須賀地区にて、この「まちづくり」に根本的な発想転換を提案している岸田一輝さんをご紹介します。

館山に移住してまちづくりに取り組む岸田一輝さん

岸田さんは、前回ローカルニッポンニュースで紹介した千葉大学大学院岡部研究室のOBで、在学中から数々の館山における「まちづくり」課題に取り組んできました。その後卒業とともに地方都市の都市計画を担う会社に就職し、建築学の研究を生かして各地のまちづくりに尽力します。しかし同時に大規模再開発とは異なったアプローチのまちづくりを模索する岸田さんは、館山市長須賀地区にて「まちなか再生支援事業」が立ち上がるタイミングで千葉大学の特任助教に就任、この事業を主導することになりました。現在は長須賀地区に移住し館山市の「地域おこし協力隊」の一員として、また独自に建築デザイン事務所を構えて地域活性化に取り組んでいます。

長須賀での活動は、大正時代に建てられた旧商家をリノベーション、児童を対象にした「まちなか塾」、また著名なまちづくりの専門家を招いてシンポジウムを開催するなど多岐に渡ります。その中でも大学生が「長須賀の商店、空き家、空き地でできる2時間だけの道楽」を提案したイベント「ナガスカ半日道楽」は、大学生の斬新な発想によってウィットに富んだ空き地、空き家の再利用が実現し、珍しい取り組みとして注目を浴びました。

旧商家をリノベーションし、地域のお年寄りの
会「ふれあいサロンプリンセス」の拠点が誕生

実はこの「道楽」こそ、岸田さんが今後のまちづくりの鍵としているコンセプト。もう1つのコンセプト「シナリオ・プランニング」とセットで、紐解いてみたいと思います。

道楽としてのまちづくり

道楽には様々な意味がありますが、ここでは「他人のためにする仕事」が「職業」であるのに対して「自分のための仕事」を「道楽」と呼ぶ夏目漱石の定義を応用していることが興味深いところ。

例えば「釣り道楽」というのがありますが、この道楽には誰のためでもなく釣りについて熱心に研究して、朝早く起きて釣りに出かけるという、「楽しみ」だけではなく、一種の真剣さと苦労が含まれています。これを「まちづくりの道楽」におきかえれば、まちづくりに関する調査・研究をして、自分の時間を使って取り組むことになるでしょう。それではなぜ、今「まちづくり」に「道楽」が必要なのでしょうか。

唐棧織展示会「齊藤裕司の道楽」

1. 単純な「まちづくりを楽しもう」という従来のスローガンからの転換

「住民参加型のまちづくりは「仕事」ではないので、「楽しむことが第一」と掲げられやすいのですが、仮に何らかの壁に遭遇すると継続できないケースもあります。楽しむことは大事ですが、特に現代は高齢化や、社会資本の老朽化が切実で、容易に解決できない問題ばかりです。そこで、「道楽」を提案しているのは、頭から「誰かのために」地域貢献を考えるのではなく、自分のために、少々の苦労も乗り越えられるほどに楽しいことから取り組もうという意味を込めています。」

2. 「まちづくりは多くの住民と一緒にやらなきゃいけない」という従来の考え方からの転換

「従来のまちづくりは「合意形成」をもとに行われてきました。より多くの人々の意見を取り入れることは当然望まれることですが、これを計画段階で意識しすぎるとまとまりがつかず、効果の薄いものになるか、企画倒れになるかです。これに対して、道楽としてのまちづくりは、まず実践し、街のことを再発見することで企画するという順序を辿ります。このサイクルを回す過程で、多くの人々の意見を取り入れることによってコンセプトがぶれずに、サイクルをより強化していく仕組みが出来上がるのです。」

―従来型のまちづくり―

《会議→問題・課題の抽出→企画→計画→実践》

―道楽としてのまちづくり―

《実践→問題点・課題を実感する→企画・計画→実践(→機運が高まった段階で会議)》

昭和30年代の長須賀地区祭礼での一場面 岸田さんの道楽としてのまちづくりのイメージとなっている。

シナリオ・プランニング

道楽が、各住民による主体的なまちづくりを行う方針であれば、シナリオ・プランニングはその具体的な研究・調査の方法にあたります。シナリオ・プランニングとは企業経営や公共施策に用いられてきている手法で、将来の環境を様々な観点から分析して、いくつかのシナリオを提示するものです。

「例えば長須賀地区を例にすると、このまま何もしなければ宅地化が進み、古い町並みは失われてしまうかもしれません。またこれに対して、古い町並みを生かした大正レトロ観光が実現することも可能性ゼロとはいえないですよね。シナリオ・プランニングはこうした地区の特性を様々な観点から分析して、いくつかのシナリオに分け、将来の人口の推移や町並みのイメージを具体化させるものです。」

長須賀地区のシナリオ・プランニングに基づく2050年のイメージ

岸田さんがシナリオ・プランニングをまちづくりに応用していることには、時代の流れや都市構造、消費行動の変化を予測しづらいという状況が背景にあります。流行も早く、ライフスタイルも急激に変化しつつある現代において、仮に理想としたまちの未来を描いても実現しないかもしれません。こうしたリスクをはらむ「まちづくり」だからこそ、安易に多額のコストをかけるのではなく、どのような未来がきても有効な選択・対応ができるよう準備を行う手段としてシナリオ・プランニングを利用しようというのが岸田さんの考えです。

数々のまちづくりの現場を見てきた岸田さんならではの新しい提案「道楽」と「シナリオ・プランニング」についてお聞きしました。予断を許さない地方都市のまちづくりですが、課題が増せば増すほどに議論の収拾がつかないことも。そんな時は是非、岸田さんの発想転換を参考にしてみては如何でしょうか。できることから着手して、できる限り準備をする。今後のまちづくりに活用できる考え方ですね。

文:東 洋平

参考文献:「道楽でまちは変わる」地域開発2014年4月号