ローカルニッポン

都市と農村に今までにない交流を 横浜~鴨川間高速バス実証

書き手:根岸 功(KUJIKA)
千葉県南房総市在住。編集者、ライター。南房総の里海・里山の自然、つながる人々の豊かさに、胃袋ともども感謝する日々。目下、小規模有機オリーブ栽培に奮闘中。サーファー。2 児の父。

2020年 1月末まで、横浜駅東口と千葉県の鴨川市街地をつなぐ新たな高速バスの実証運行が行なわれています。外房地域から西の内房地域までを貫く主要道路、長狭街道沿いを高速バスが走ることによって、海沿いだけでなく農村地帯や中山間地域に住む市民の交通利便性が高まるとともに、そこに潜在する鴨川らしい観光資源をより多くの人々に体験してもらうきっかけにもなりそうです。多くの可能性を秘めた今回の実証運行を、地元市民、都市住民双方の視点からご紹介します。

市民有志の積年の思いが形に

豊かな里海、里山を抱く鴨川は、保養シティと位置付けられる

豊かな里海、里山を抱く鴨川は、保養シティと位置付けられる

縦方向に長い千葉県房総半島のなかでも最南部に位置する南房総地域は、長年「陸の孤島」などと揶揄されてきたりもした交通利便性が乏しい地域でした。ミレニアム前後になってようやく、君津以南の高速自動車道路の整備が始まり、1999年に一部が開通して以来、当地域の玄関口である富浦ICができるまでには、8年という歳月がかかりました。

しかし、いまだ内陸部の住民にとっては、半島南部の山間部を縦断する国道410号線を使って君津ICまで上がるという比較的難儀なルートが一般的です。山のなかを走る国道は曲がりくねった箇所や道幅が狭くなる箇所もとても多く、冬には凍結の恐れもあるなど危険もともないます。

そして、東京方面を目指す既存の高速バスもそれと同じルートを進みます。しかも、市沿岸部の一部にバスの乗降場所があるだけで、市のもうひとつの主要ポイントである農村地域や中山間地域が広がる主要県道、長狭街道沿いは通りません。ここに住民のジレンマがありました。

そのような背景から、主に長狭街道沿いに居を構える住人たちの有志が中心となって、2012年に「長狭街道高速バス応援団」というものが発足しました。なかでもその活動の先頭に立って尽力してきたのは、街道沿いで1980年代より大場蘭園を営む大場良一さんです。

大場さん:
「今回の実証運行に至るまで、かれこれ7年という歳月がかかりました。最初の頃は、活動をすればするほど高速バス運行に対する予算の壁なども見えてきて、実現はむずかしいのではないかと思っていました。そんな最中に地方創生の波がきて、どうにか実証運行まで辿り着くことができました。

東西に長い鴨川市では、それを横断する長狭街道沿いにも都市部へ向かう高速バスを走らさなければ、市民全体に交通インフラの恩恵が回らない状態です。

そして都市部の、車に乗れないお年寄りや車を持たない若年層に対して、日本の里山の原型が色濃く残る鴨川の素晴らしい風景をアピールしようとするとき、現状ではJR鴨川駅あたりで下車いただいてから本数の極めて少ないローカルバスに乗ってもらい、目的地にまで足を運んでいただかないとなりませんでした。私自身、この街道沿いで蘭園を営んでいるので、『交通の便が悪くて大場さんの所へは行きたくても、なかなか行けない』という声もたくさんいただいています。このあたりには大山千枚田大山不動尊など、さらにブラッシュアップを試みれば、都市住民にとって魅力的な観光スポットもたくさんあるのですが、アクセスインフラが整備されていないという大きな壁があります。今はまだ社会実験レベルですが、何としても成功させて実行運転に結びつけられればと願っています」

この長狭街道に高速バスを走らせるという事業計画は実際、以前から行政サイドの頭のなかにもあった懸案であり、地方創生事業を皮切りに本格化しました。市民活動で少しずつ盛り上がってきたところに時代のニーズが重なり一体になった感があります。

鴨川市 農林水産課 田中さん:
「鴨川と都市部を多角的につなぐ総合交流ターミナル『みんなみの里』の機能拡充を計る地方創生事業として、良品計画と連携して2017年よりさまざまな取り組みを行なっているなかのひとつが、この高速バスの運行需要調査と実証運行でした。

『無印良品 みんなみの里』へのリニューアルに伴う施設の増築や改修などハード事業がひと段落したあと、それを最大限に活用するためのソフト事業のひとつに、みんなみの里にも停車する高速バスの誘致と活用があります。」

鴨川市 まちづくり推進課 藤代さん:
「『みんなみの里』の機能拡充計画では、同施設の集客力の強化を大きな目的のひとつとしています。これに向け、さまざまな事業を展開することに加えて、スムースに現地に来ていただける移動手段を確保する必要がありました。一方で、以前からの『長狭街道高速バス応援団』の方々の切なる願いもあって……。双方の思いがうまく重なって実現したプランなんです。

また、高速バスに関するアンケートのなかで、『バス停周辺に十分な駐車場の整備を』という要望も多く寄せられています。この実証運行をきっかけに長狭街道を通る高速バスの路線化が実現し、みんなみの里の更なる機能強化により、この課題解決に繋がれば……と期待しています」

今までの高速バスの在り方を変える「乗り換え」という発想

半島沖を流れる温暖な黒潮の影響で、鴨川では一足早い春の空気を感じることができる

半島沖を流れる温暖な黒潮の影響で、鴨川では一足早い春の空気を感じることができる

鴨川から都市部へ向かう地元住民の立場から今回の路線をのぞいてみると、ひとつ、今までの高速バスの概念にはなかった高い利便性を伴う特長が見えてきます。都市近郊のハブになるバスタミーナルでの「乗り換え」という発想です。

今までの高速バスの在り方は、A地点からB地点へとダイレクトに向かうというものでした。しかし今回の路線は市内の要所で客を乗せたあと、アクアラインの手前、袖ヶ浦バスターミナルを経由します。このバスターミナルは、県内の各地域から対岸の東京や横浜を目指す数多くの高速バスが停車する、いわばハブターミナルです。実際に具体的な数字を挙げると、川崎間が30往復、横浜間が44往復、羽田空港間が37往復、品川間が61往復、新宿間が36往復、東京間が30往復、渋谷間が23往復と、かなりの便数が対岸の主要地域に向かっており、今回の路線はその初めてのケースです。ですから、「乗り換え」という発想を持つことで過疎の地域にもさまざまな可能性が増えてきます。

大場さん:
「例えば、みんなみの里に長狭地域に住む市民が車を駐車しておける大規模なバスターミナルをつくって、そこを核として高速バスを走らせて地域の活性化の一助を担えればいいのではないかとイメージしています。というのも、この地域の主要な小学校の来年度の新入生がなんと10名を切ってしまうんです。実は今それくらい子供がいません。どこの田舎も同じような感じでしょうが、ここで生まれ育っても都市部に就職するために地元を離れていってしまう。働き口がないからです。

でも、南房総地域が他の田舎と違う点は、アクアラインができて、東京駅まで100km圏内、約2時間で行けるような距離になったという所です。ここからでも首都圏に便利に通勤できれば、この問題は解決できる可能性があります。そして、大人が残れば子供も増えるし、そうなることで地域で長い間受け継がれてきたさまざまな行事やお祭りなども維持できます」

藤代さん:
「この実証運行では、袖ヶ浦バスターミナルで乗り換えができ、東京駅、羽田空港、品川、新宿など多方面へのアクセスが可能となります。横浜行きはもとより、この乗り換えによる幅広いご活用方も視野に入れていただけたらと思っています。現時点での利用実績を見ると、『袖ヶ浦バスターミナルで乗り換える』という使い方をしている方は少ない状況にありますで、市の広報等を通じてこのご利用方法を広く周知していきたいと考えています」

田中さん:
「いままでの高速バスは直通ありきっていうイメージがありましたが、『乗り換えができて、好きなところへ行ける』というのを周知できたら、すごくいい実証になるんじゃないかって思っています」

現在実施されている実証実験段階では、鴨川市民と都市住民が通勤や観光でもっともメリットを享受できる時間帯に絞って運行が行われています。実証の成果が評価され、実際の運行が始まってさらなる協議が行なわれれば、停車駅の見直しやさらなる増便も検討され、より利便性の高い高速バス路線への成長が見込めます。

それに伴い、長狭地域周辺住民のハブになるような大型バスターミナルの整備や、観光客が楽しみながら良好なアクセス性も享受できる、E-bikeなど二次交通の整備も充実してくるかもしれません。
通勤と観光、地域と都市双方に、今までにない可能性をもたらす今回の実証運行が、南房総地域の新たな発展に寄与することを望んでいます。

先の台風15号を皮切りに、台風19号、そして10月25日に千葉県を襲った集中豪雨で、立て続けに甚大なダメージを被った南房総地域。復興の歩みはまだ途中ですが、日々の暮らしは途切れることなく続きます。観光がひとつの主な産業であるこの地域は今、何よりもみなさんのお越しを心より望んでいます。

日本の渚百選にも選ばれている前原・横渚海岸での初日の出に始まり、早春に10,000坪の菜の花畑が登場する圧巻の『菜な畑ロード』、おなかが減ったら各周辺食堂で個性を詰め込んだ鴨川名物『おらが丼』を頬張るのもグッドです。そして、無印良品 みんなみの里では1月後半に、節分を彩る太巻き祭寿司つくりのワークショップや、帰農者セミナーなどを開催する予定です。

高速バスは、年末年始も休まず運行します。
半島沖を流れる黒潮の恩恵で冬も温暖、太陽の光も眩しい南房総は例年、冬の時期も夏と同じくらい多くの人手で賑わう場所。一足早い南房総の春を感じにぜひお出かけください。

文:根岸 功
写真:鴨川市

リンク:
スポット情報▼
鴨川をもっと楽しむ!カモ旅
・手ぶらDeかもがわ(鴨川市商工観光課)
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高速バス実証運行について▼
日東交通株式会社
鴨川日東バス株式会社
鴨川市

イベント情報▼
太巻き祭寿司つくり体験(予定)
日時:1月26日(日)①11時~13時 ②13時~15時
場所:
無印良品 みんなみの里 開発工房セミナー室
参加費:1,700円
講師:花見結
お問い合わせ:無印良品 みんなみの里 04-7099-8055
*実施予定のため、変更の可能性があります。

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