新年あけましておめでとうございます。清々しく希望に満ちた新年の空気は、幾つになっても味わい深いものです。やり残したことを終わらせ、身の回りをきれいにし、新たな年を迎える準備をする。かつて其処彼処にあった日本の里山の暮らしでは、その年収穫できた稲藁で神様を自宅へ迎え入れるためのしめ縄飾りをつくることで明くる年への五穀豊穣や平和を指先に込めたのかもしれません。
お米づくりを次の年へ繋げる集大成、しめ縄飾り
里山文化の中心にあるお米づくりは、田植えに始まり、稲刈り、収穫祭、そしてしめ縄飾りをつくって次の年に想いを繋げることも含まれます。そのため、しめ縄飾りづくりの体験がきっかけでその繋がりを感じ、お米づくりに興味を持った、参加し始めた、というかたも多くいらっしゃるようです。
今回、鴨川里山トラストで実施したしめ縄飾りづくりのワークショップで講師を務めた畑中亨さんは、大山千枚田にほど近い鴨川市大山地区で棚田でのお米づくりに取り組む農家のひとり。
鴨川里山トラストを現地で支える林良樹さんとともに、地元の長老より授かった手仕事を万人につくりやすいサイズと方法にリデザインした張本人です。畑中さん曰く、しめ縄飾りづくりとお米づくりの間には昔からの深い関係が見て取れると言います。
畑中さん:
現代の米づくりは稲刈りから脱穀までを効率的に行なうコンバインという複合機を使って収穫されます。脱穀したときに残る稲藁は、田にすき込みやすいよう収穫と同時にコンバインで細かく切り刻まれてしまうので手元に残りません。ですので、はざに掛け、天日干しする昔のやりかたで稲刈りを行なう田んぼでしかしめ縄飾り用の藁を得ることができないんです。
しめ縄飾りは昔は農家のお父さんの仕事でした。収穫したあとのきれいな稲藁を大切にしまっておいて、新しい年を迎える前につくるのが恒例だったんですね。
効率か、伝統か。どちらが良いかは抜きにしても、昔ながらのやりかたは、もともと私たちの奥深いところを流れる日本の自然観や宗教観と相性が良さそうです。
道具と神事用で綯(な)いかたが異なる稲藁縄
それでは実際の作業がどんなものかを見ていきましょう。
主な材料は、稲藁一束とマオランと呼ばれる葉の繊維、それに仮止め用の麻紐2本ととてもシンプルです。加えて最後に飾りの植物などが付け加えられます。ちなみにですが基本的に縄は三つ縄で、農作業などに用いる通常の縄は右撚り、しめ縄など神事に用いるそれは左撚りです。そして、その年に収穫された稲藁を用います。
今回つくるのは輪飾りタイプのしめ縄で、まずは輪にするゴボウじめをつくっていきます。
手元の束のなかから同じくらいの長さの藁を24本選び、8本ずつ3束に分けます。次に、綯い易くするため藁を柔らかくする藁打ちをします。藁打ちは藁に霧を吹きかけながら槌を使って叩いていきます。やりすぎると藁にしなやかさが消えてしまうので注意が必要です。
ちなみに林さん、畑中さんたちは、過去に縄の綯いかたを村の長老たちに教わった際、藁を叩くための槌など道具づくりから始めたというから驚きです。その知恵のすべては、彼らが制作した「里山の教科書」という小冊子にまとめられています。素晴らしい内容なので、鴨川里山トラストに参加して林さんのお宅を訪れるようなときは、ぜひ手にとってもらいたい一冊です。
藁打ち後、今度は3束にまとめたうちの2束を床にクロスして平置きし、麻紐で仮留めします。仮留めした部分を足の指に体重をかけて押さえながら縄を綯っていきます。藁の束の先端まで仕上げたら、撚りが戻らないよう麻紐で仮留めします。
次に、仮留めした足元の麻紐を解いて3束目の藁を根元を揃えて添えて、再度仮留めします。先ほどの2本の束に沿わせるようにして一本のしめ縄にしていきます。
仕上げは、できたしめ縄を角材を使って、床の上で力をかけて転がして撚りを均等にならします。そして、藁を小さく折り畳んで縛った「こすり」と呼ばれるタワシでしめ縄を上下に擦り、出てきたケバをハサミで丁寧に落としたらゴボウじめの完成です。
心を潤す里山の手仕事
神棚などにも飾るしめ縄は、神域と外界を隔てる境界線、結界の役割を持ち、厄やわざわいを祓ったりする意味があります。
ゴボウじめやダイコンじめなど真っ直ぐなしめ縄を飾るとき、向かって右側が根元の方向になるように設えますので、輪飾りの場合も考え方は一緒です。右側に綯ったしめ縄の根元が来るよう手に持ち、クルクルっと大小二重の輪を描いて美しいバランスを見つけたら輪の上部を固く結びます。正月時期には大麻の紐が市販されていますが、ここではマオランと呼ばれる植物の葉を裂いて紐状にして使います。マオランの紐は輪の形状をキープさせるのと同時に、完成したしめ縄飾り自体を括るための紐としても使うので、固結びした先は長く取っておきます。
ちなみにマオランは、この辺りの農家の畑の隅に必ずといっていいほど植えられている繊維作物で、個体によっては葉が2m以上にもなります。この辺りの里山ではいちばん強い繊維とされ、収穫した大豆の茎を縛ったり、海外では籠を編んだりされるそう。自宅の周辺で得られる土に還る素材を使って暮らしのものや道具をつくり出すことも里山の大きな知恵なのです。
仮留めしていた麻紐を解いたら親の輪飾りは完成で、次に子と呼ばれる3本の足の部分を親の輪飾りと合わせていきます。
12本の藁を3セットに分けたあと、輪飾りのセンターを決めてそこに一束、その左右に一束ずつ、輪飾りのしめ縄のあいだに挿し込みます。束の方向は上が藁の根元で下が穂先で、稲穂がついたままの稲藁を使うとさらに美しいビジュアルが期待できそうです。綯った縄は撚った方向と反対回しに力を加えると隙間ができるので、そのあいだに子を挿し込みます。3束とも挿し込んだら藁の根元の部分をマオランで固く結んで切り揃えます。
最後に、けがれを祓い清めるという和紙でできた紙垂(シデ)を竹べらで輪飾りのセンターに挿し込んだら、南天などの赤い実の付く植物や松の葉などを美しく添えて、しめ縄飾りの完成です!
しめ縄飾りは12月13日の正月事始めから28日までに飾るのがしきたりで、29日は「九松=苦待つ」、31日は一夜飾りと言って、それらの日に正月の準備をするのは縁起が悪いとされています。そして、外すのは正月7日の七草粥のあと、もしくは15日の小正月のあととされています。飾る期間も意識すると、日本に長く伝わってきた「季節を大切にする心」もより潤うかもしれませんね。
しめ縄で繋がりを綯う
イベントの度に楽しみな鴨川里山トラストのランチタイム。今回はあわ里山ごはん『るんた』の米山美穂さんが丹精込めて仕込んだ御膳でした。たくさんの雑穀と新鮮な季節の野菜をふんだんに使った料理は、身土不二(しんどふじ)の考えに基づいたまさにここの里山の恵み。旬の菜花を使ったご飯と根菜をたくさん使った献立は、年越し前に相応しく心身もきれいにしてくれそうな一皿でした。
ランチ後は、炭焼きを終えたばかりの炭焼き小屋の見学へ。かつて里山の貴重な物資であった炭にまつわるストーリーを林さんからうかがいました。
林さん:
エネルギーが石油や電気にとって変わる前、里山において炭は煮炊きや冬の暖を取るための貴重な燃料でした。当時は、集落の周りの里山で毎年少しずつ炭窯を移動させて、その場の広葉樹を適度に伐採しながら炭をつくっていました。同時に、人間が手を付けない奥山と集落のあいだのスペースである里山を整備して、獣と人間との緩やかな境界をつくっていたんです。そして里山の周りを一周した炭窯が元に戻ってくる頃には、十数年前に切った広葉樹の切り株から“ひこばえ”が生えて、炭焼きに適した太さの幹が育っているという循環がありました。里山に人が入らなくなってしまったいま、獣と民家の境界は電柵になってしまったし、炭焼きの技術はアジア圏の他国に輸出されて、僕らはホームセンターに売られている外国産の炭を購入してBBQを楽しんでいます。ちょっと皮肉な話ですが。僕らもそのまま昔に戻ることはできないけれど、その技術を未来に残しておきたくて活動をしています。房総ではまだ炭で暖を取っているおばあさんや、茶湯を沸かす際に使用するお茶の先生もいらっしゃるんですよ。
最後は、棚田の斜面にたわわに実った温州みかん狩りをして、お土産に。甘いなかに程よく酸味の効いた野性味溢れる果実を食べながら摘んでいきました。
年は明けて、2020年。すでに正月休みも終わり、気持ち新たにスタートを切ったことと思います。社会はますます変化の兆しを見せていますが、変わらないのはここの国の暮らしの文化に根付いている心持ちであり、その美しさが海外からも評価されています。
もともとあった人々の暮らし、里山の文化。一度絶たれそうになってしまった野生と人々のつながりを、人々がもう一度綯おうとしているその気持ちが、しめ縄飾りをつくるという行為に象徴されているように思えてなりません。
文・写真 根岸 功