ローカルニッポン

町に寄り添う、まるごと津和野マルシェ

古風な城下町に突然現れる異国情緒

石畳の通りの脇に、色鮮やかな鯉がたゆたう。白壁の伝統的な建築が並び、古風な庭園がチラホラと。「小京都」と形容される島根県津和野町の町並みを歩いていると、タイムスリップしたような気分に浸らせてくれる。

そんな風光明媚な町中に突如現れる、異国を思わせる空間。
優しいベージュの木製ラックに、色とりどりの旬野菜が陳列されている。ロゴマークをはじめとしたポップな可愛らしい紅白の色合いのデザイン。心地良い音楽が流れ、新鮮な野菜を目当てに集まる人々は「あら、久しぶり」と会話を弾ませている。みんな楽しげで、赤いエプロンの衣装を着るスタッフたちまでおしゃべりを楽しんでいる。田舎の城下町に、都会的な雰囲気の空間。

『まるごと津和野マルシェ』と呼ばれる野菜の市場(マルシェ)、月に4~6回程開催されているイベントだ。ただの野菜の市場に見えるけれど、これが町の人々にとても愛されているのだ。

町がまるごとぎゅっと集まる

『まるごと津和野マルシェ』はその名の通り、津和野の農作物を津和野中から集めて販売する野菜のマルシェ。ノンカフェインでちびっこからおばあちゃんまでが嗜んでいるまめ茶(かわらけつめいのお茶)や、清流日本一の高津川や澄んだ空気ゆえ天文台が存在する豊潤な自然の恵みである「わさび」などは、町の人たちだけでなく観光客にも楽しまれている。

▲マルシェの接客風景


▲マルシェの新鮮野菜

「しゃれたデザインでええね」と町のおじいちゃんにも親しまれるデザインは、東京のデザイナーの手によるもの。デザインに関するコンペティションである、第48回SDA賞では『空間・環境表現サイン部門 入選』『中国地区 地区デザイン賞 受賞』し、DSA空間デザイン賞2014では『ショーウィンドウ&ヴィジュアルデザイン空間 入選』も果たしている。

このマルシェ、たくさんの町の人たちに愛されている。イベントの開始前から人が並ぶほど。それはもちろん「新鮮な野菜を購入できる」からだ。そして、重要なのは、「なぜこのマルシェが生まれる事となったのか」という背景。

農業のまわりの悪循環

このマルシェが2013年10月から始まったきっかけを探ると、話は“いまの津和野町”がうまれた日まで遡る。現在の津和野町は2004年に“旧津和野町”と“旧日原町”という2つの町が合併して誕生した。年間100万人以上が訪れる観光地として知られる旧津和野町。そして、本州で二番目に美しい夜空が見られ、清流日本一にも輝いた高津川が流れる自然豊かな旧日原町。

▲城下町の旧津和野町と自然豊かな旧日原町の天文台

両地域の標高差は500m以上で、日照条件など気象条件も異なる。こうした違いを持つ両地域を合わせると、非常に種類豊富な野菜が手に入る。だが、両地域の野菜は流通し合う事がほとんどなかった。

観光地にある飲食店の料理人も、地元食材を振舞いたくても手に入らず、観光客にとって津和野の食材は遠い存在となっていた。また、町の高齢化が進んでいく中で、地元商店では後継者不足などを原因に閉店する店が年々増加。町の中心地にあった商店の数は以前の半分ほどまでになっていた。このため、中心地に住む一人暮らしのおばあちゃんなどは、食材を買いに行くにもタクシーを使わなければならないなど、負担が大きくなってきていた。

一方で、生産者に目を向けると、市場価格は年々下落しており、所得も減少傾向にあった。町内に目を向け、「地元住民や町外から訪れる観光客にもっと津和野産の食材を手にとってもらう」ということは、生産者にとっても「下火になっている市場取引に変わる新たな起爆剤になるのではないか」という期待を込めたものとなっていた。なにより、地元の人から認められることが生産者にとっての誇りとなり、「◯◯さんの野菜だから買う」という人がいるから、もっと安全で、美味しい作物を実らせたいと思うのだ。

風通しのいい交差点

そんな状況下で始まったのが『まるごと津和野マルシェ』。

新鮮な野菜が欲しいという町の人々にはうってつけ。イベント当日に農家の方々が出荷する野菜は、その日採れたてで新鮮そのもの。さらに「旧津和野町」の野菜も「旧日原町」の野菜も一同に集まり、これまで一カ所では手に入らなかった野菜が町の人々の手に届くようになった。それも、ご近所さんたちと楽しい会話が楽しめる空間で。「新鮮な野菜がこんなに近くで手に入るなんて嬉しいねぇ」とおばあちゃんたちは感想をこぼす。

農家の方々にとっては新しい売り場を提供しているとともに、買う人の顔が直に見れ、作る喜びにつながっている。販売機会が増えたことで、生産量をもっと増やそうという意欲が湧いた農家さんも少なくない。また、このマルシェに合わせて、オリジナルの商品を作る農家さんも出てきている。「やったことの反応がすぐに返ってくるから、毎回ワクワクしながら開催を待ってますよ」と、ある農家さんは話してくれた。『まるごと津和野マルシェ』は津和野中の農家に対して販売を呼びかけ、今では80人の農家とともに運営している。

そこには単なる農産物の販売以上に、地元住民同士・観光客・農家さんの交流の場所があり、農家の顔が見える距離間での地域の経済循環の営みがある。

津和野農家のオールスターによって成立する『まるごと津和野マルシェ』は、津和野町に「あって当たり前のようでなかった」野菜の市場。町の人々と農家の方々に対して耳を傾ける事によって生み出された空間だからこそ、愛される市場となっている。

2年目を迎えた『まるごと津和野マルシェ』はまだまだ発展途上。これからも生産者とともに、農業も観光もともに発展する未来を描き、町の人々だけでなく観光客にとっても親しみあるマルシェであり続けるだろう。夢を持って前進していこうとするまるごと津和野マルシェを、これからも見守りたい。

文:井上 寛太